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天使と死神  作者: 茶野森かのこ


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天使と死神43



狸もどきの後を追いかけ急いで川へ向かえば、見慣れたものとは随分変わってしまった川の姿があった。

いつもは穏やかなその川は、嵐により水かさが増し、今も濁った水がその勢いを保ちながら、両岸に水を溢れさせていた。


「こっちです!」


狸もどきが示したのは、草木が生い茂る繁みの奥だ。

県境に流れるこの川は、散歩だったり川遊びで訪れる人も多い場所だが、人が訪れるのは、広く開けた手入れの行き届いた場所で、狸もどきが神様を連れてきたのは、手入れの行き届いていない雑草が生い茂る繁みの奥だった。

子供なら、すっぽりと隠れてしまうような背の高さの草が辺りを覆っている為、危ないから近づくなと言われている場所だ。その為、人が寄りつかず、ここを根城にしている妖もいる。


八重(やえ)…!」


その草を掻き分けた先に、八重がいた。

川岸から離れた場所だ、狸もどき達が掻き集めたのか、柔らかなタオルや布切れ、葉っぱ等を敷き詰めたそこに、八重の体は横たえられていた。その周りに、小さな妖の姿が二つある。兄妹だろうか、化け猫の子猫のようだ。子猫達は神様に気付き、兄妹の内、一回り体の大きな子猫が、泣き出しそうにしながら神様に駆け寄った。


「神様、この子を助けて!僕を助けてくれたんだ!ずっと目を覚まさないんだ!」


その必死な訴えに、神様は言葉を失った。こちらを見つめる妖達は気づいていない、空から死神が姿を現している事を。




八重が川の側に居たのも、自分もこの町の為、神様の為に何か力になりたいと思ったからだろう。

大きな嵐の後だ、妖だって力がある者ばかりではなく、怯え惑う者もいる。狸もどきがいつもひとりだったように、仲間との関係が希薄な者も妖には多い。それを知っていたからか、八重は普段から妖がよく身を隠している場所をこっそりと見て回っていた、そのお陰で、助けを呼ぶ声を聞きつけたのだろう。八重は一人、声のする方へ向かった。


川に流されそうになっていたのは、化け猫の子猫だった。体の大きな妖がいれば、或いは、助けられる能力のある妖がその場にいれば良かったが、そこにいたのは化け猫の兄妹、その妹だけだった。

川に落ちた兄の猫は、妹を庇って落ちたという。川の中腹で岩場に手を掛け、流されるのをどうにか堪えていた。この川は、八重にも馴染みのある川だ、水嵩が増して流れも速いが、それでも八重の腰の高さ程しかない。季節は冬、その川の冷たさを想像すれば怯みはしたが、その冷たささえ堪えられれば問題ないと思ったのだろう、八重は川に進み入った。肌を突き刺すような水の冷たさを我慢して、一歩一歩、川の中を慎重に進んで行く。必死に川の流れに耐える兄猫に、八重は「大丈夫だよ、もう少しだからね」と声を掛け続け、その腕に兄猫の体を抱き抱えた。八重の腕にもすっぽり収まる大きさだ、初めて人間の腕に抱きしめられた兄猫は、戸惑いながらもその腕の温かさに身を寄せ、泣き出しそうな瞳をきゅっと瞑って八重にしがみついていた。


そうして兄猫を助けられたまでは良かったが、八重は岸に上がる時に足を滑らせ、その体は川に飲まれてしまったという。


兄妹猫は八重を助けようとしたが、力もなく体も小さい自分達では八重を助けることが出来ない。兄猫は助けを呼びながら川から土手に上がった時、八重を探していた狸もどきと出会った。


「桜の家の子を助けたいんだ!僕を助けたせいで川に落ちて、」


それを聞いて、狸もどきは血の気が引いた思いだった。


八重は、鞍木地(くらきじ)町の妖には有名な存在だった。神様とよく一緒にいるし、神様のお気に入りの人間として噂されているのもあるが、妖や神様といった、本来人間が見える筈のない者が見えるというのも、八重の存在を知らしめるに十分な要素だ。


狸もどきは悪魔が現れたのを見て、八重は無事だろうかと、嵐の中も、嵐が過ぎた今も、八重の家と町を行ったり来たりしながら駆け回り、やがてこの川に行き着いたという。


狸もどきが急いで川に降りると、妹猫が泣き出しながら八重に声を掛け続け、その姿を見失わないように追いかけていた。


八重の体は、川岸の木が折れたのか、大きな木の木片の上に、その半身を乗り上げていた。狸もどきは急いでそれを追いかけ、大きく膨らました尻尾を川の流れに横たえさせた。器用に二本の尻尾を操り、八重の体を包むようにして、どうにか岸まで引き寄せると、三匹で力を合わせて八重の服を口に咥えて引っ張ったり、体を頭や尻尾で押し上げたりして、ようやく八重を岸に上げる事が出来たという。


だが、その時は既に八重は意識を失っており、いくら呼び掛けてその体を揺すろうとも、八重は目を開ける事はなかった。八重を助けるには人間の力がいる、そう考えた狸もどき達は人間の助けを呼ぼうとしたが、嵐が過ぎた後も町は混乱に揺れ、妖の訴えに気づく者はない。木々を揺らしてみても、猫や狸に化けて鳴き声を張り上げ、更には人間の足元で訴えてみても、誰も相手にしてくれなかった。皆、自分達の事だけで、いっぱいいっぱいなのだ。そしてようやく神様に会えた時には、八重の命は消えかけていた。



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