天使と死神35
そうして迎えた夏祭り。
神社の周辺や盆踊りの会場を中心に、通りには赤い提灯が夜空を照らし、様々な出店が多くの人々を出迎えていた。活気のある声に笑い声、笛や太鼓の音色に混ざる掛け声が夜空に響けば、たまたま空を通りがかった死神が、車から顔を覗かせて祭りの様子を楽しげに見つめていた。
神様は、友達と歩く八重の後ろを、狸もどきと共に歩いている。八重は、いつもとは違う浴衣姿で、下駄をカラコロと鳴らしている。彼女の横顔を、灯る提灯明かりが照らせば、可憐の内側に隠された艶やかな魅力を引き出すようで、神様は途端に落ち着かなくなり、焦ったように視線を外すのもしばしばだった。
神様は人間には化けていないが、八重がいるのでいつもの子供の姿のままだ。神様の気配を消し、パトロールを装って歩いているが、八重を目にすれば、こんな風に胸を騒がせている。
天界では、一体、今の自分の姿はどう見えているだろうか、どんなに取り繕ったところで、天界の神達には全てを見透かされているのかもしれない。
それでも、こんな風に自由に過ごせているのは、きっと自分が神だからだ。だから天界の神達も、こんな風に猶予を与えているのかもしれない。
八重の為にも、もう姿を消すべき時がきたのかもしれない。これ以上側にいれば、その先をきっと望んでしまう。それはどんなに願ったところで、叶わないことだ。
「神、…妖様!八重さんが行ってしまいますよ!」
狸もどきの焦る声に、神様ははっと我に返り、八重の姿を探して顔を上げた。八重は変わらず友人達と行動を共にしながらも、立ち止まる神様に気づき、不安そうにこちらを振り返っている。目が合うとほっとしたように頬を緩めるので、神様は駆け寄りたい衝動を抑え、そっと歩を進めた。駆けてしまったら、愛しい思いが溢れてしまいそうで、胸がきゅっと痛い。
今夜だけ、今夜だけだから、秘密の恋に夢を見させてほしい。そうしたらちゃんと、本来あるべき姿に戻るから。
神様は天を仰ぎ、そう心を決め、八重の側へと向かった。
だから今夜は楽しもう、そう心を決めたとはいえ、八重との距離は保ったままだ。
出店の美味しそうな匂いに気を引かれ、食べ物をこっそり盗み出そうとする狸もどきをたしなめながら、神様は楽しそうな八重の姿を愛おしく眺めていた。八重は、時折こちらを振り返り、神様にその微笑みをくれる。秘密のアイコンタクトに、そっと胸は高鳴り、幸せが満ちていく。隣には並べなくても、こうして同じ時を過ごす事が出来る、二人の思い出がまた一つ増えた事が、こんなにも幸せをくれる。
ただ、どうにも、もやもやとさせられるのは、八重の友達の中に、男子生徒が混じっていることだ。隣のクラスの男子だと聞いていたが、なんだかその少年が、八重に気があるような気がしてならなかった。
そんな風に、出店の建ち並ぶ賑やかな通りを歩いていれば、その内に、花火が上がった。祭りの会場から離れている場所からの打ち上げにも関わらず、夜空に打ち上がる大輪の花は、その音を腹に響かせ、視界を鮮やかに染めていく。はらはらと散る最後の一粒まで切に訴えかけるその美しさに、神様は感嘆の溜め息を溢した。
「今年も見事だ」
ふと前方にいる八重に目を向けると、夜空に見惚れているようだった。そっと近づいて、それでも距離を保ちながら、その綻ぶ笑顔を覗き見れば、あの少年が、八重の手に触れようとしているのが目に入った。
その手が触れた訳でもないのに、想像してしまった。二人の手が重なり、少年を見上げて微笑む八重の顔を。自分には、決して出来ない時間を、未来を、あの少年は八重と共に歩む事が出来る。
八重を、取られたくない。
そう思ってしまったら、神様は思わず、その手を伸ばしてしまった。




