09 住めば都、住まなくても都
すみません。軽く作品に馴染んできたところで申し訳ないのですがイサラちゃんの名前をイサナに変えさせて頂きます。某ゲームのキャラと被って気になるというご指摘がありました。
イサラ←細く小さな川などのこと
イサナ←小魚のこと
と、由来も響きも似ているので違和感は少ないかと思われます。お騒がせしました。
──都。言葉の意味としては人口が多く、とりわけ栄えた街のことだ。
しかしこの世界において“都”と呼ばれるものは一つしか無い。もはや都とは、一個の固有名詞なのだ。
その都は突出した技術力を保有する強大すぎる都市であり、もはや国家というシステムからも逸脱し、“朝廷”と呼ばれる組織の勅命に基づいて運営される。
そして都は“世界最大のダンジョン”でもある。
「すみませ〜ん! 都に入れて欲しいんですけど〜!」
尊大にして冷酷な都の黒き城壁。未知の金属で建造されたソレに向かって、ちっぽけな一人の人間が叫ぶ。
それは紅白色のメイド服を着た、田舎臭い少女であった。
城壁に反応は無い。その代わり、彼女に声を掛ける者が居た。
「お前、都に入るつもりなのか……?」
それは錆びたシャベルを担ぎ、くたびれたボロ布を纏った物乞いだ。都の周囲には彼のようなハイエナ的な人間が多く存在する。
「はい! 巫女は沼神様のために都で布教活動をしに来たんです!」
巫女メイドのイサナは屈託なく答えるが、物乞いの男はその返事に困り果てたような溜め息をつく。
「やめた方が良いな。俺も長いこと都の外周に住んでるが、壁の内側からは毎日のように人間の死体や、得体の知れない物品が遺棄されてくる。俺はそれを売って生計を立ててる訳だが……まぁ、自分から中にまで入ろうとする奴は馬鹿だな」
「都に入るにはどうしたら良いんですか?」
「話を聞かねぇ女だな。……入場チケットならある、一方通行の片道切符だが」
男は服の中からしわくちゃになった古い紙切れを取り出す。チケットの有効期限は無限と書かれていた。
「わぁすごい! おじさん、それ巫女にください!」
「別に良いぜ。こんなもの何処でだって買えるんだ。都は“ダンジョン”だからな、人が入ってきて壁の内側で死ぬ分には、大歓迎なんだろうさ」
「ありがとうございます! それじゃあ行ってきますね! あっ、このチケット、どうやって使ったら良いんですか!?」
「その黒い壁にチケットを貼り付けろ。30秒だけ門が出現する。おい、もう一度だけ言っておくが、その安物のチケットは片道切符だ。中に入ったらもう出られねぇぞ。脱出用のチケットもあるにはあるが、とても高額で一般人には」
イサナは都の壁にチケットを勢いよく叩き付け、出現した門に飛び込んで行った。
「……おいおい。勇気があるのか、何も考えてない馬鹿なのか。まぁいい。もしあの子の死体がこっちまで流れ着いたら埋めてやるか」
物乞いの男は錆びたシャベルを地面に突き立て、乾燥した土を掘り返す。
その傍らには、四人分の死体が転がされていた。
「しかし、最近は世間知らずな田舎者がよく来るな……。このホゴ村から来たとかいう連中も、武器も持たずに都に近付くなんてバカ丸出しだ。そんなだから俺みたいな死体漁りに襲われて、身ぐるみ剥がされちまうってのに」
ざくっ、ざくっ。男は熱心に墓穴を掘る。それは供養のためではない。彼は荒れた土壌に“肥料”を撒いているのだ。
男は荒野で農業の真似事をする狂人であった。
土に死体を埋めたからと言って、土が潤い蘇るわけではないだろう。だがそれが何十年と続いたら? 死体を埋め、種を撒く、その繰り返しを狂気的に行い続けた人間が居たらどうなる?
答えは本人しか知り得ないだろう。
だから彼は今日も肥料を埋める。
「それにひきかえ、あの嬢ちゃんはしっかりしてたなぁ。俺と話してる間もずっと拳銃から手を離さなかったし、襲う隙がまるで無かった。皆があんなに用心深かったら、俺の日課も大変になるだろうなぁ」
死体の頭を蹴って転がし、墓穴の中に詰めていく。優しく土を被せたら、その上にパラパラと種を撒く。
「人間の血と肉で育てた野菜は大きくなるぞぉ。俺はよく知ってるんだ。何年も何年も、ここで死体を漁っては埋め、漁っては埋めてきた……あの嬢ちゃんは、良い肥料になりそうなんだけどなぁ」
──都に住む人間は狂人しか居ない。
ならば都の周りに住み着いている男はどうなのだろうか。
勿論、正気なわけが無かったのだ。