07 侵入者数、史上最多
──後日。コクレア邸に戻った俺たちは相変わらず沼から採れた食材で何とかやりくりしながら、またコクレアのご機嫌を取る生活を過ごしていた。
「アガタ様。どうやらホゴ沼での活動に進展があったようですよ」
「ホゴ沼?」
……ホゴ沼って、なんだっけ?
明日コクレアに出す夕飯メニューの事しか考えてなくてド忘れしてしまった。
「巫女の村にあった沼のことですね!」
「うわっイサナ」
元気いっぱいの大声で、イサナが会話に割り込んでくる。ちょっとびっくりした。
しかし何だか変なことを言っていなかったか……? 巫女の村だとか。
「あぁ、アガタ様、どうやらイサナちゃんはこれから一人称を“私”から“巫女”に変えるそうです。少しでも巫女としての自覚を備えたいのだとか」
今度はスィンが割り込んでイサナの奇行の解説をしてくれた。
それと、どうやイサナは沼神のことになると少し周りが見えなくなるタイプのようだな。
「……じゃあこいつが言ってた“巫女の村”っていうのは、翻訳すると“私の村”って意味か」
つまりイサナの住んでいた村のことだ。あの寂れた田舎村、そういえばホゴ村なんて名前だった気もする。
そんなホゴ村で崇められていた沼だから、ホゴ沼……安直だな。
まぁファムドンナ(地名)の中心にある沼だから“ファムドンナ沼”の我が家も大概だが。
「はい! では現在のホゴ村の状況を、巫女がご報告させて頂きます! まず巫女は沼神様の巫女としてファムドンナ沼に正式に住む事になりましたが、ホゴ村の人々はそうではありません。何故ならこの巫女とは違い、彼らは真の巫女として選ばれていない衆愚だからです! なので巫女は定期的にホゴ村に赴き、哀れな村人共に生贄の奉納を呼びかける事にしました!」
ダメだ何言ってるのかサッパリ分からん。
文中に“一人称としての巫女”と“名詞としての巫女”が同時に出てきてもう滅茶苦茶だ。
解読してみると、どうやらイサナは非常に上から目線の巫女として村の人間から生贄と物品の徴収を強要しているようだが……。
「そんな事して大丈夫だったのか?」
「勿論です! 巫女は本物の巫女ですから! 確かに最初のうちは村人共も怪訝な顔をして、巫女を狂信者だと罵りました……しかし、巫女は諦めずに説得を繰り返しました! すると村人共は徐々に改心していき、ついに生贄を捧げることに“協力”してくれたのです! それが、ついさっきの出来事です! 私はそれを報告する為に参ったのです!」
「それは、すごいな」
「素晴らしいですね」
イサナが目をバッキバキにしながら演説する様子に冷や汗が流しながら、俺とスィンはなるべく彼女を刺激しないような言葉遣いで褒めてつかわす。
この子はコントロールは誤ると面倒な事になりそうだ。
「それじゃあ、まさに今、沼ダンジョンには沢山の捧げ物が貯まってるんだな」
「楽しみですねアガタ様、早く見てみましょう」
俺とスィンが額を突き合わせ、手元の沼タブを覗き込むと、そこには……。
【ダンジョン内部情報】
【敵性存在を確認】
・人間(農民)×五十八体
「「人間……?」」
「はい! 愚かにも“生贄なんて狂っている”と私を責め立てた不信得者を全員ひっ捕まえて、沼に捧げてやりました! 今朝捕らえたばかりのホヤホヤ生贄です!」
太陽のような笑顔でイサナは笑い、巫女メイド服のスカートをひらひらと振って、“褒められ待ち”をしている。
どうやら既にコントロールを誤り、面倒なことが始まったようだ。
「イサナ、ホゴ村の総人口は?」
「六十二人です!」
「生贄にしたのは?」
「五十八匹を突き落としました!」
「……残りの四人はどうした?」
「感涙に咽び泣きながら都のある方へと走って行きました! きっと布教活動を始めたんだと思います!」
絶対に違う。そいつらは都とやらに通報しに行ったんだ。
ヤバい女に村を壊滅させられた、どうか助けてくれ、と。
「アガタ様どうします?」
「どうしよう」
「沼神様? どうかしましたか?」
「どうにかしよう」
どうにかするしかない。取り敢えず、ダンジョンの中に詰め込まれた大量の村人をどうするか……今から解放しても、沼神にせっせと貢ぎ物をする生活には戻らないだろうしなぁ。
「アガタ様、捕らわれた村人たちが脱走を図っています。このダンジョンにはまだ出口が設定されていませんので、彼らは無差別に壁を殴り付けて破壊するつもりのようです」
そうこう考えている間にも次から次へと面倒事は進行している。早めに手を打たないと面倒どころじゃ済まなくなりそうだ。
「ダンジョンが壊されるとどうなる?」
「壊れた事が無いので分かりませんが、恐らく姫様が激怒します」
コクレアが激怒するところ見たくないなぁ……。あの長身ヤバ女、脳に針刺すとか言うし。
「よし、村人を皆殺しにしよう」
「さすが沼神様! ご英断ですね!!」
狂信者はちょっと黙ってて欲しい。
──ダンジョン内部
「おい! ここから出せー!」
「イサナぁ! 許さねぇからなぁ!」
「男衆は集まれ! この壁ぶっ壊すぞ!」
ホゴ村の村人たちはダンジョンの白く四角い部屋で様々な反応を見せる。
怒り狂い壁を殴りつける者、未だ困惑から立ち直れず呆然とする者、非日常的な恐怖に泣き崩れる者。
そして、乱心したイサナを信じ抜く者。
「イサナはきっと誰かに操られてるんだ! あいつは昔っから虫も殺したことが無い優しい奴だって、俺が一番よく知ってる! あいつは心が綺麗で悪人に騙されやすいから、俺が守らないといけないんだ……! 守るはずだったのに……くそっ!」
正義感に溢れる青年が人一倍強い力で壁を殴り付ける。拳から血が滲んでも、何度も何度も。
彼は狭苦しいホゴ村の中で、イサナと共に育った幼馴染である。村で一番の腕っぷしを誇り、日頃からイサナを守ろうと、有り余る情熱を燃やしていた。
「ここから出て、イサナを操ってる黒幕を倒すんだ! 今度こそ、俺がっ!」
決意と勇気を胸に抱いた青年の声は、荒んだ村人たちの心に熱いものを与えた。
皆の目に生気が宿る。脱出と、黒幕の成敗。その目的のために皆が心を一丸とした、その時──
『ゴルルルルルッ……!』
村人たちの湧き上がるような気迫、精力、生命力。それを貪り啜ろうと、毛むくじゃらの獣は唾液まみれの牙を剥いた。