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06 沼巫女メイド


「御神沼から離れてください! そこは、沼神様がおわす神聖な場所です!」


 可憐な村の乙女とは思えないほど強い敵意を宿した声色で威嚇してくる村娘に、すかさずスィンが説得を試みる。


「お待ちを。私達はこの素敵な沼に興味があっただけです。怪しい者では……」


「沼神様の噂を聞き付けて、ご利益を盗みに来たんですね!」


「とんでも御座いません。私はむしろ沼に奉仕する立場。ほら見てください、メイド服です。沼メイドです」


「沼メイド……!?」


 凄いぞ。まるで説得力の無い言動だが、スィンの無駄に冷静で自信ありげな態度に村娘は困惑している。

 メイドでも何でも良いからこのまま適当に煙に巻いて、時間を稼げば目的達成だ。


「貴方が沼メイドなのは分かりましたが、そっちでコソコソしてる男の人は誰ですか? 沼から離れてください!」


「安心してください、彼はその……ただの、沼マニアなんです」


 勝手に沼マニアにされた。こんな汚水溜まりに何の思い入れも無いが?


「知りません! 早く退いてください! 人を呼びますよ!」


 沼メイドは許されたのになんで沼マニアは駄目なんだ。変態っぽいからか? どう考えても沼メイドの方が変態チックだろ。

 とにかく、まずは警戒を解かなくては。


「俺は、沼マニアじゃない。沼の化身だ」


「はぁ? 口からでまかせを!」


「本当だ。それとも沼神を信じているくせに、沼の化身は信じないのか?」


「証拠は? 証拠を見せてください!」


 村娘は疑いの目で俺を糾弾するが、立証を求めるということは、逆に言えば証拠があれば信じるという意味だ。意外とチョロいな。

 俺は即座にスィンと目配せをして、彼女に証拠を見せる事にした。俺が沼の化身である証明をしてやろうというのだ。


「そうですね、彼は沼の化身なので、仮に殺害されても沼パワーで蘇ることが出来ます」


「そんなの嘘です!」


「嘘? なぜ嘘だと思うのです? 沼神は実在するのですよね? なら沼パワーを宿した化身も信じられるはずです。見ていてください、こちら、何の変哲もない鉄の剣です。これで彼を斬首します」


「け、剣!? そんなの何処から取り出したんですか……!?」


 スィンは大抵のものはスカートの下からポンと出す。俺も問い詰めた事があるが“メイドとはそういうもの”という返答しか返って来なかった。

 そんな沼メイドのスィンは、底無し沼よりも濁った目で無感情に俺の顔を見下ろし、まるで屠殺作業のように平然と剣を構えると……。


「せーいっ!」


 その喉首を軽々と叩き斬った。






 ──目を覚ますと、俺は地面に寝かされていた。

 いや、よく感触を確かめると、頭の下に柔らかいモノが敷かれている……これは、膝枕だ。


「あっ! 目覚めましたか? 沼神様!」


「……うん?」


 俺を膝枕していたのはスィンかと思ったが、どうやら先程の村娘のようだ。

 あの親の仇を睨むような目はどこへやったのか、尊敬と崇拝に満ちた信者の目でこちらを見詰めている。


「流石ですねアガタ様、図らずも協力者を獲得することに成功しました」


「スィン、例の入口は?」


「完了しています。これでこの沼も私共のテリトリーです」


 おいおい、そんな直接的なこと村人の前で言ったらまずいんじゃ……?


「おめでとうございます! 沼神様!」


 村娘は怒るかと思ったが、むしろ目を輝かして俺を祝ってくれる。

 それは有難いのだが、沼神様ってなんだ? 俺は沼の化身って設定だろ? こんがらがってないか?

 俺は目線だけスィンに投げ掛けて、詳しく説明を求める。


「この村の人々にとっては、沼から発生した生命は全て“沼神の一部”だという言い伝えだそうです。そしてアガタ様は死亡すると自動的に“近くの沼”から湧き出るようにリスポーンしますので、その神聖な復活姿を見て、アガタ様が沼神そのものであると確信したそうです」


「そうなんだ」


 俺が生き返る時って、いつも沼から湧いて産まれてたんだ……そっちの方がショックだ。

 ──じゃあ元の死体は何処に行ったんだ? とは、怖くてちょっと聞けなかった。


「沼神様! 事情は沼メイド様から聞きました! 沼への貢ぎ物が足りないそうですね!?」


「話が早いなぁ」


「今までは願いを込めた石や木簡を奉納していましたが、それに加えて生け贄の献上もお約束します! その代わりと言ってはなんですが……私を是非、沼神様の“巫女”にして欲しいのです!!」


 膝に寝転がった俺に対して、村娘は前屈みになって粛々と頭を下げる。すると田舎育ちの豊満な果実が二つ、顔の上にモチッと降り注いだ。


「……いいよ」


「ありがとうございます!」


 二つ返事でOKしてしまった。スィンが遠くで“チョロすぎです”などと呟いていたが、これは俺たちに一切デメリットの無い取引だから受けたのだ。私情はない。


「……まぁ良いでしょう。しっかりと沼神様に仕えるのですよ。あとこれ、巫女服です」


 スィンが自分のスカートの下から綺麗に畳まれた衣装を取り出した。あれはどう見てもメイド服だ。巫女服ではなく、単に紅白色のメイド服だ。

 村娘は特に疑う様子もなく恭しい態度でメイド服を受け取っているが、本人が納得するならそれで良いのだろう。


「沼神様! このイサナ、血液を泥水にする覚悟で働かさせて頂きます! 新人巫女メイドとして!」


 独特な表現だなぁ……。

 あと一応、渡されたのが完全にメイド服なのは本人も認識していたようで安心した。


 ──こうして俺たちは新しい沼を手中に収め、新人巫女メイドの村娘、もといイサナを迎え入れた。


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