05 沼神様
「さて、先日はアガタ様の咄嗟の閃きにより窮地を脱した訳ですが、沼の管理は依然として火の車です。いえ、一切回っていないので車ですらありませんね。ただの火です。ひたすらに燃え続け、いつかは燃え尽きます」
「いきなり何でそんな気の滅入ること言うの……」
だがスィンの言うことにも一理ある。現在この沼ダンジョンは供給がゼロに等しい。
偶然たまたま沼に足を踏み入れ、ダンジョンに落ちてしまい、そのまま餓死した生き物を吸収することでしか新規に呪力ポイントを補給できない。
このまま何の対策も施さないと、俺がダンジョンで死にまくるか、コクレアの資材をコッソリ切り崩し続けるしか存続の方法は無い。
「この沼に継続的に生き物を沈め続ける必要があるな。出来れば、知能が高くて情に厚い生き物が良い」
「何故ですか?」
「仲間が死んだら恨むだろ? そしたら後続が延々に続くから暫くは供給に困らない」
「……やはり獲物は人間が適任ですね」
悲しいがそういう事になってしまう。
人を沼に沈めるのは気が重いが、こちらもコクレアを失望させたら何をされるか分からない。少なくとも脳に針を刺されるのは御免だ。
「人間はこの沼に近付くのか?」
「姫様は幸いにも特A級思想犯として指名手配されておりますので、命知らずな賞金稼ぎは時折訪れます」
たしかにコクレアも最初の自己紹介でそんなこと言ってたような……。
「そして侵入者が来るたびに、私がちょいっと背中を押して彼らをダンジョンへと御案内し、番犬に食べさせてポイントを回収していました」
「あの妙に強い毛むくじゃら、番犬だったのか」
「もうその番犬も食べてしまいましたけどね。他に食材が無かったので仕方ありません」
「本当に限界じゃないかこの沼」
だが色々と合点がいった。
何故あんなにも強い猛獣を配置する必要があったのか、何故あんなにもスィンは俺を沼に突き落とすのが上手かったのか、そして──
「何故こんなにダンジョンが痩せ細ったのか、分かったぞ」
「それは解決可能な問題でしょうか?」
「今すぐにでも解決できる問題だ。このダンジョン、“入口が一個しかない”。つまり侵入者は必ずこの家に訪れる必要がある」
ターゲットが不定期に現れる賞金稼ぎか、マヌケにも沼に落ちた野生動物の二択では、余りにも供給源が細すぎる。
もはや管理方法以前の問題だ。まずは獲物の捕獲経路を増やさなくてはならない。
「という訳でダンジョンの入口を増やしたいんだが、可能か?」
「適当な深さの沼を直接訪れてマーキングすれば、ダンジョンと接続して新しい入口にできます」
「この付近に沼はいくつある?」
「詳しくは分かりませんが……一つだけ、私に心当たりが」
──ファムドンナ南部、ホゴ村。
「おぉ沼神様、沼の神よ! この村を御守りくだされ! 今月も我らに豊穣をお恵み下さいませぇ!」
巫女服を着た老婆が、手馴れた仕草で泥沼に祈りを捧げ、祈願を込めた石ころを沼の中心に投げ入れる。
そうして祈りを捧げ終えると、素早い足取りでそそくさと撤収していった。
「……なんだ今の?」
「この村の風習です。あの沼に神が宿っていると信じているようで、毎日多数の村人が祈願に来ます」
近くの岩場に隠れて様子を見守っていた俺とスィンは、額を付き合わせてコソコソ話し合いながら、去っていった老婆の背中が見えなくなるのを確認する。
「よし、あの沼にマーキングすれば良いんだな?」
「その通りです。見たでしょう? あの真剣な祈りを。呪いは人間の感情から生まれます、沼にとってあれほど活きの良い餌は他にありません」
スィンの言う通り、老婆は明らかに念の籠った小石を沼に投げ入れていた。
もしあれをダンジョンで回収できれば、“強い感情が宿る物品”の定義にはピッタリだ。分解すれば必ず呪力を抽出できるだろう。
「よし、それじゃあ早速いくぞ」
俺とスィンは素早く岩場から飛び出し、ダンジョンの操作端末を開く。
「ダンジョンの入口増設には500詛も必要らしいけど、コクレアの魔石コレクションを分解して抽出したポイントを使えば余裕で足りるな。早速マーキングするぞ」
「沼のスキャンに時間が掛かるはずです。この小さな沼なら恐らく数分程度で──」
と、俺たちが沼のマーキングを始めた、その時。
「あれ? あなた達、村の人じゃありませんよね……? そこで何してるんですか? 沼神様に御用ですか?」
素朴な茶髪の村娘が、警戒の目で俺たちを見ていた。
さっき老婆が去ったばかりだというのに、もう次の村人だと? いくら何でも参拝のスパンが短すぎる。
慕われすぎだろ、沼神様……!