03 枯れ沼のダンジョン
──さて、意を決して猛獣に挑んだは良かったものの、気付けば俺はファムドンナ沼の浅瀬で倒れていた。
「お帰りなさいませアガタ様。狩りの成果は如何でしたか?」
「よく覚えてないけど多分、喉笛を食いちぎられて殺されました」
人を死地に追いやっておいてあっけらかんとした態度のスィンに、俺は簡潔に真実のみを伝える。
槍を持っているとはいえ戦闘経験のない常人である俺は、謎の毛むくじゃらの猛獣に呆気なく食い殺されてしまったのだ。
気付いたら沼のそばで倒れていたので恐らくまた復活させて貰えたのだろう。
「アガタ様のご勇姿と死に様はこちらからも観測していました。しっかりと喉笛を噛みちぎられていましたよ」
「じゃあなんで一々聞いたんだ」
「次はこちらをお持ち下さい」
死にたての俺の文句を無視して、スィンは細身の剣を押し付けてくる。
「……また行けと?」
「コクレア様の起床が迫っております」
嫌だ。俺は受け取らない。スィンに冷えきったジト目で見詰められようとも、決して。
「狩りって、俺が戦う以外の方法とか無いの?」
「あります」
あるんだ。もっと早く教えて欲しかった。なんで聞くまで黙ってた?
「では剣は一旦捨て置き、代わりにこちらを」
スィンは物騒な剣をその辺に放り捨てて、スカートの中から黒い板状の物体を取り出した。
それは、俺が最初に死亡する以前によく馴染みのあった電子機器であった。
「……液タブ?」
「ご存知なのですね」
「電気通ってるんだな、この家」
「いえ、電気の代わりに呪術で動きます。そしてこちらを操作すれば先程アガタ様が死亡した空間、“沼ダンジョン”の運用管理を行えます。名付けて、沼タブ」
そんなの勝手に名付けて良いのかな……と疑問に思いながら、俺は沼タブを受け取って操作していく。
ダンジョンには現在、一つの入口、一つの大部屋、そして一つの猛獣が設置されているようだ。ここに俺は投入され、あえなく死亡したのだろう。
画面の右下には“呪詛P”と記された数字が浮かんでいる。これがダンジョンのリソースか?
「……手馴れていますね」
「元の生活だとこういうの結構触ってたし、操作方法も直感的で分かりやすいから。多分この“呪詛P”っていうのを消費したらダンジョンを改築できるんだな」
「チュートリアル抜きでそこまで理解する沼ダン管理者は初めてです」
「また大袈裟に褒められた」
「いえ、今回ばかりは本心から感心しています」
逆に言うと今までのは本心じゃなかったようだ。
とにかく、これを使えば自分で沼に入らなくても猛獣を捕獲できそうだ。さて、奴をどう無力化したものか。
「呪詛Pを消費して罠を設置したいな」
「ふふ、実は画面右上にはダンジョン編集用のホットバーが……」
「あ、やっぱり色んな罠がある。しかも罠だけじゃなく、友好的な生き物まで生み出して配置できるのか。……良く見たら、あの毛むくじゃらの猛獣もこのコマンドで製造できるんだな。つまりこれを上手く運用すれば幾らでも食材が手に入るって事か」
「私の案内は必要無いようですね」
今まで説明不足に喘いでいたのが嘘のように軽快に沼タブを操作していく俺にスィンは若干の引き気味だ。
しかし現代人はタブレット機器を渡されたらこれくらいテンションが上がるものである。唯一にして一番の得意分野と言っても良い。
「……あれ? これ、罠がどれも高くないか? 今の呪詛Pじゃ何も生成できないぞ」
「コクレア様が管理を怠っていましたので、現在ダンジョンは消滅寸前です。リソースもありません。じきに沼は枯れ、コクレア様は沼地の姫君から、枯れ地の没落姫へと成り果てるでしょう」
メイドなのに雇い主のこと結構ボロクソに言ってる……。実は結構良い性格してるな、この子。
「この呪詛Pを増やす方法は?」
「ダンジョン内部で生き物を“殺す”か、強い感情の籠った物品を“分解”すれば生成できます」
「……さっき俺ダンジョンで死んだけどポイントは増えた?」
「増えましたね。5詛だけ増加しました」
現在の貯蔵ポイントは15詛、そして最安値の罠を作るのに必要なポイントが20詛だった……俺があと1回死ねば足りるな。
「ちなみに、スィンがダンジョンで死ぬといくら貰える?」
「呪力ポイントの回収量は本人の生命力に比例します。私の場合は17詛ほど回収できるかと」
すごい。俺の三倍以上だ。つまりスィンは少なくとも俺よりも三倍強い生き物ということか……? いやいやまさか。こんな女の子が。
「ちなみに私はアガタ様と違って死んでも復活できませんし、仮に次のメイド……つまり私と同等の生命体を沼タブの機能で生産する場合は、回収量の倍の34詛が必要です」
「ふーん、なるほど。つまり『生き物を殺して回収できる呪詛P』より、『生き物を創るのに必要な呪詛P』の方が多いから、ダンジョンで味方が死にまくるのは非効率ってことか?」
「そうなります」
欠陥構造だろ……それじゃあ、いつか必ず沼は枯れるじゃないか。この惨状も納得だ。
「しかしアガタ様の場合は、コクレア姫様の呪術により魂を連結され、死亡しても姫様の生命力を消費して蘇ります。なのでダンジョンのリソースは減ることなく“死に稼ぎ”が行えます」
「ん? えっ? もしかして今、俺が死にまくる事のメリットを説明されてる?」
「デメリットがありましたでしょうか」
「あるぞ。俺が嫌な気持ちになる」
「それでは行ってらっしゃいませ」
スィンは無表情のまま、無骨な鉄の斧を手渡してくる。結局これなのか。