12 三匹の実験体
ごごごごご……!
不安を煽る地響きの音。沼ダンジョンの地面が、いや、この空間全てが揺れている。
ダンジョン内に避難したは良いものの、この原因不明の地震はいつまでも止まない。
「で、そろそろ説明してもらえるか? まずこの地震は? ダンジョンの外で何が起きてる?」
「あわわ揺れてる揺れてる! スィンちゃん頭守ってぇ!私の頭脳だけは死守しなきゃ〜!」
はぁ、これだよ……。事情を聞こうにも、肝心のコクレアは地面にへたりこんでしまって話にならない。
スィンもコクレアの頭を守ってあげるので忙しいようだ。
「地震くらいで大袈裟だな」
「姫様は天災全般が苦手ですので……むしろアガタ様は落ち着いていらっしゃいますね」
「故郷が地震大国だったから、飽きるほど揺らされまくって慣れてるのかも」
「恐ろしい国があるのですね」
スィンが冷ややかな表情で呆れ気味に言う。もしや彼女から見ると、俺は正体不明の異邦人として映るのだろうか。
平気で人間を沼に沈めまくる異常者たちに引かれたくはない。
「はぁ……やっぱり厳重に封印しとくべきだったなぁ」
コクレアが項垂れた頭を掻きむしり、ボソリと呟いた。
いつもヘラヘラとしている彼女らしくもない不安そうな声だった。
「封印って? あの家にまだ危ない物でも置いてたのか?」
「うん。三匹だけ、実験の失敗作を保管しておいたの。あの子らが復活しちゃうと、しばらく外は危険だろうなぁ」
話を聞く限り、どうやら俺と同じようにコクレアの実験で製造された生き物のようだが、あのコクレアにすらヤバいと判断されるとは余程の欠点があるのだろう。
「具体的には何が復活したんだ?」
「うーん? 多分ねぇ……カブトムシと、怪物と、あとメアリーが自由になったと思う」
「だから具体的には何なんだそれは。詳しく説明しろって」
コクレアは口を噤んだまま横にいる冷徹メイドに目配せする。
スィンは無表情のまま小さく溜息をつくと、目を閉じて少し考えてから、淡々と話し始めた。
「私も詳しくは存じ上げませんが、失敗作たちは姫様が口にするのも嫌がり、考えるのも放棄したレベルの問題児のことです。そして姫様は羞恥心が豊かですので、自らの失敗を赤裸々に語るのは基本的に拒否します」
面倒な女だな……今更か。
「代わりに私が知る限りのことをお伝えします。まず“カブトムシ”はアガタ様の前任者であり、“転生男”の試作品でもあるそうです」
「そいつは人間なのか?」
「恐らくそうです。確証はありませんが」
話を聞くに、俺と同じような境遇なのだろうか?
勝手に創られてムシ呼ばわりれた挙句に封印されるなんて可哀想に。
「次に“怪物”は、何処までも利己的でありながら極まった全体主義でもある矛盾の生き物であると聞いています」
「怪物って呼ばれてる理由は?」
「それは姫様だけが知る事です。しかしどうやら怪物は、姫様が“幸福そのもの”を創ろうとした時の失敗作だそうです」
──幸福の失敗作、つまり人を不幸にする存在ということか?
コクレアの口振りからして怪物も一個の生き物ではありそうだが。その時点で幸福“そのもの”ではないのだろうな。
「そして最後にメアリーですが、私は一度だけお会いした事があります。確認できる限りでは彼女は“全知の女性”でした」
「何でも知ってるってことか?」
「はい。ただ、“全て知っているだけ”のようでしたが」
何とも珍妙な表現だ。全てを知っている事なんて有り得ないし、それを“だけ”で片付けるなんてもっと有り得ない話だ。
会ってみたいような、みたくないような。
「その三体の中でも特に今回の復活を喜んでいるのはメアリーでしょう。彼女は外出が大好きでしたから」
「──ううん、それは違うよスィンちゃん。一番喜んでるのはね、間違いなく“怪物”だよ。あの子は今、世界で一番幸せな気持ちになってるはずだよ。私には分かるんだ〜……そういう風に作ったから」
話に割り込んできたコクレアは意味深に呟くと、また黙ってしまうが、肝心の怪物がどんな存在なのか知らされていない俺とスィンは困惑するばかりである。
「はぁ、そうなのか。ちなみにカブトムシって奴は? そいつも外に出られて喜んでるのか?」
「カブトムシくんの気持ちは私には分からないかなぁ〜……っていうか、世界の誰にも分からないと思うよ。そういう風に作ったし」
さっきからこいつの実験体、どいつもこいつも胡散臭いな……。
「本当に何を作ったんだよ」
「あはは、それを言うのは恥ずかしいかな〜って」
こいつの迂闊な発明やら実験のせいで俺たちは寝床を失ったのに、一々こうして勿体ぶられるのも腹が立つな。
たまには文句でも言って反省させた方が良いのでは? と俺が思い始めたその時……落ち着きを取り戻したコクレアは唇に指を当てて、ダンジョンの内部を見渡していた。
「ところでさぁ。このダンジョン、なんか前よりみすぼらしくなってない〜? 運営は順調なんだよね? なんでこんな穴蔵になってるのかな〜?」
「「……あ」」
俺とスィンが同時に声を出し、あんぐりと口を開けたまま顔を見合わせる。
──俺たちも文句を言えるような立場では無いのかもしれない。




