10 帰り道
イサナがコクレア邸を出立してから二週間が経過した。
その間、俺とスィンは必死に節約生活をしてダンジョンの消耗を防いだ……が、それも限界に近付いている。
「アガタ〜? 最近のご飯ずっと豚肉ばっかりじゃない〜?」
「豚肉が一番安いんだ(呪詛P的に)」
「ダンジョン運営は順調なんでしょ? ちょっとくらい贅沢させてよ〜」
コクレアの無遠慮な物言いには腹が立つが、そもそも彼女の財産をコッソリ食い潰してダンジョンを運営してるのはこちらなので文句を言うことも出来ない。
「……何が食べたい?」
「フカヒレ〜」
「調達不可能な理由が100個くらい思いつく食材を挙げるな」
うちのダンジョンに水場エリアは無い。あったとしても、鮫がいるなら侵入者への撃退に使いたいのだが。
「アガタ様、ダンジョンの事について御相談が」
良いタイミングでスィンが来てくれた。ありがたい、コクレアと話すのは無駄に神経を使うから早く連れ出してくれ。
「え、待って! 私まだ食べ終わってないでしょ? アガタを連れて行かれたら、誰がお皿の片付けをするのかな? うちにはスィンちゃんしかメイドが居ないんだけどね」
自分で片付けろ。という意味を込めて、俺とスィンは無言で部屋を抜け出した。
ぬぎゃーというコミカルな悲鳴が、閉じた扉の向こう側から響いてきたが気にしない気にしない。
「それで相談というのは?」
「沼ダンジョンの構造に関する事です」
スィンは沼タブを取り出し、ダンジョンのマップを開く。
すると殺風景な大部屋が一つだけ表示された。
「こちらをどう思いますか?」
「でかい部屋だと思う」
「はい。こんなものはダンジョンではありませんよね?」
そういえばそうだ。これからダンジョンらしく改築していこうとは思っていたが、現状維持でギリギリすぎて意識から抜けていた。
これは迷宮じゃない。ちょっと広い運動場だ。
「この大部屋。かつては沼ダンジョンの最深部にあるボス部屋でございました。しかしコクレア様が管理を怠り、沼が寂れ、呪詛が枯れる度に、少しずつダンジョンは削れ、解体されていき……気付いたらここしか残っておらず」
「なるほど、元々はこんな内装じゃなかったのか」
見てみたかったな、全盛期の沼ダンジョン。元はどんな施設だったのか気になる。
まさか今のような牧場にする為に造った訳じゃなかろうし。
「今まで削減を繰り返してきた沼ダンジョンですが、今日ついに、この大部屋も解体する事と相成りました」
「……え? 最後の部屋を解体するってことか?」
「はい。この部屋には高品質な照明器具や、経年劣化しない床材などを使用しているので、それらを分解してリソースを回収します」
部屋を分解してリソースを回収……つまり、呪詛Pを補充するという事か。
しかし、そんな事が出来るのか?
「呪詛Pを増やす方法は、生き物を殺すか、想い入れのある物品の分解だろ。ダンジョンの床材がなんで呪詛Pに変換できる?」
「ダンジョン内で生成された物体は、いわば呪詛Pで練られた粘土です。通常の物体とは原理そのものが異なります。つまり、呪詛で造られたモノを壊せば、呪詛に戻るという事です」
「へぇ……? よく分からないけど、それをするとリソースに余裕ができるのか」
「その代わり、ダンジョンは更にみすぼらしくなります」
今のこれ以下になるのか。既にダンジョンとは呼べないって話をしたばっかりなのに。
だが今は外観よりもダンジョンを存続させる事が重要だ。俺は迷わず、大部屋の解体を選んだ。
「白い床と壁、あと天井に、照明。これらを解体……したら、2000詛も回収できたぞ」
「思った以上に大収穫ですね。お金持ちになった気分です」
「まぁ残り少ない資産を二束三文で切り崩してるだけなんだけどもね」
さて、白い建材を全て剥がし切った大部屋だが、見てみるとまるでアリの巣のような脆い土の壁に変わっていた。
「こうなると、もうただの穴蔵だな。部屋ですらない」
「ダンジョンらしさを出すために部屋を増築しましょうか? 勿論、最安値の土の壁ですが」
スィンが勝手に端末を操作して、部屋の増築を選択する。
最も安い土の建材で、最も狭い小部屋(四畳ほど?)の消費ポイントを見てみると、たったの300詛だった。お買い得だ。
「これいいな。小部屋を一つだけ追加しよう」
「部屋が増えるとちょっとダンジョンっぽくて可愛いですよね」
「そうじゃなくて。狭い部屋だと多人数の侵入者は身動きが取れないだろ? そこに罠を仕掛ければ確定で引っ掛かるぞ」
「天才ですか?」
と、浮き足立った俺たちは特に考えもせずに部屋を増築し、そして完成品を見て、すぐに後悔した。
理由は三つ。
「この小部屋、扉が無いな」
「扉が無いので部屋の中が丸見えですね」
まず一つ。小部屋は狭い上に吹き抜けになっていたので部屋に罠を仕掛けてもモロバレ。
「あとこれ、扉を付けたとして、殺傷力の高い罠も作るんだろ? 追加でどのくらい呪詛を消費する?」
「追加で800詛ほど」
「高すぎるなぁ〜〜?」
そう。二つ目に、罠の製作費用を考えてなかった。そして最後の理由が……。
「あと、そもそもだ。イサナが獲物を釣ってくるまでダンジョンは過疎ってるんだから罠も小部屋も意味無いんじゃないか?」
「どうして私たちはこんな無駄な部屋を作ってしまったんでしょうね」
「シ〇シティみたいで楽しかったから……かな」
「人の命が掛かってるもので遊ぶのやめませんか?」
スィンに正論を言われてしまった。お前もテンション上がってただろ、とは俺も言わない。そんな事は本人が一番よく分かっているだろうから。
その証拠に、スィンがさっきから顔を伏せて耳を赤らめている。ただただ恥じ入るばかりである。
「はぁぁぁ。良いアイデアだと思ったんだけどなあ」
「……しかし、アガタ様は意外とダンジョン運営にノリ気でございますね。傍で見ていると、どうにも多くの獲物を呼び込んで沼ダンを成長させる事を目標にしているように思えます。何か理由でも?」
スィンが首を傾げる。確かに、俺は以前からダンジョンの維持よりも、発展と進化を考えてきた。
その理由は、ただシ〇シティを楽しみたかったからではない。
「まぁ俺の立場だけ考えたら、コクレアに文句を言われない程度に適当にダンジョンを保全すれば良いんだけど……ちょっとコレ見て」
俺は沼タブから、ダンジョンに設置できるトラップの項目をスクロールし、最下段のページを確認する。
そこには、このように書かれたトラップがあった。
【亜空間ゲート】と。
「ふむ。これは、特定の対象を“ダンジョンの外に追放”する罠のようですね。行き先まで自由に決められるようです。完全にダンジョンから追い出すことになるので呪詛Pは増えませんが」
「そうだな。本来は呪詛Pを諦める代わりに、厄介な敵を消してくれる最終手段みたいなトラップなんだろうけど、実はこれの行き先を“俺の故郷”に設定できないかって考えてるんだ」
つまりは支配からの脱却、そして地球への帰還。それが俺の本当の目的だ。
今まで誰にも言わなかったが、スィンはわりとコクレアへの忠誠心が薄そうなので喋っても問題無いと判断した。これで一蓮托生だ。
スィンも流石に目を丸くしている。いつもリアクションの薄い彼女だが、しっかりと驚いている時は顔に出るのだ。
「試してみる価値はありますね。逃亡が発覚すれば、姫様が許さないでしょうが」
その点に関しては大丈夫だと思われる。俺の故郷は地球だ、そしてコクレアは地球を知らなかった。
つまりランダムに、適当な世界で死んだ魂か何かを呼び寄せて、たまたま俺を復活させたんだ。
地球にダイレクトに接続する方法を彼女は持っていないと考えるのが自然だろう。
「こういうのは逃げたもん勝ちだ。俺がゲートを通ったのを確認したら、イサナにでもゲートを破壊して貰えば良い。あいつ、俺のことは存分に崇拝してるけどコクレアのをただの引きこもりの魔女だと思ってるからな」
「引きこもりの魔女なのは事実ですからね。本来はすごい方なのですが……あ、そういえば、姫様は食事を終えられたのでしょうか? あの方にお皿の片付けが出来るとは思えませんが」
本来はすごい方、と言った舌の根も乾かぬうちにエラい舐め腐りようだが、完全に同意見だ。
様子を見に行った方が良いな。
こんなことで何か事件が起きでもしたら大変だ。




