婚家で疎外感を感じてしまう私は、実家に帰ってもいいでしょうか。
家族の結束が固いからなのか、何時まで経っても私はお客さんだった。
レアリティ・カントレットと婚約することになった日、家族が多くてびっくりするかもしれないと言われた。
両親に祖父母、兄弟が10人、一緒に住んでいた。
遊びに行っているときには感じなかった疎外感を、結婚してから毎日感じるようになった。
家族だけが分かる何気ない仕草や「あれ」「それ」で通じる会話。
私には分からないことばかりで距離を置かれているような気分になる。
たまにやって来る兄弟の幼馴染にさえ疎外感を感じてしまい、ここでは暮らせないと思う事が毎日になってきた。
嫌がらせをされているのかと疑ったこともある。
けれど、それは思い違いだと自分に言い聞かせ卑屈になってはいけないと自分を鼓舞した。
二年生活しても未だに疎外感が薄れないのはどうしてだろう?
私の目の前にある「塩をとって」と言えばすむことを「あれとって」と私の隣に座る人に頼む。
一度は私を見るが、言っても無駄だよねっていう態度で目を伏せ、私の隣に座る人に頼むのだ。
その目を伏せる態度に私がどれだけ傷つくのか誰も考えてくれない。
「レアリティ様。私、実家に帰ってもいいでしょうか?」
「えっ?!う、うん。いいよ」
あまりにもあっさりした返事に私の方が返す言葉もなかった。
「何時帰るの?」
「・・・では来週に帰らせてもらいます」
「分かった。実家にいったらよろしく伝えてね」
「分かりました・・・」
やっぱりこの家に私は必要なかったのだと息を呑み込んだ。
義父母に「お世話になりました」と挨拶をして、引き止められること無く実家へ帰る日になった。
「今日は予定があるから見送れないけど気を付けて帰ってね」と朝一番に言われて私は返す言葉を見つけられず「お世話になりました」と言葉を返した。
指輪を抜いて机の上に置く。
少し大きめのバッグに身の回りの物を詰めて、私はカントレットの家を後にした。
家に帰り着くと母は涙を零しながら私を迎え入れてくれた。
執事のエレノが私の手からバッグを受け取り、私が結婚する前の部屋へと案内してくれた。
「お父様、こんな結果になってしまって申し訳ありません」
「気にしなくていい。ゆっくり休みなさい」
「ありがとうございます」
弟のギャルソンは私に抱きつき「おかえりなさい」と言ってくれた。
家族四人で静かな昼食を食べ、私は部屋に戻って泣いた。
何故もう少し頑張らなかったのか。
もう無理だった。
もっと頑張れたはず。
限界だった。
私が至らなかった。
もっとなんとか出来たはず。
否定と肯定を繰り返し、レアリティのあっさりとした返事を思い出し、レアリティも限界だったのだと思い出し、また涙が溢れた。
その日の夕食は要らないと断って私はひたすら泣いた。
入浴の準備が整ったとメイドが服を脱がせ、私を浴室に放り込んだ。
その強引さに驚いてクスリと笑いがこみ上げた。
ゆっくり湯に浸かり嫌な気持ちは湯に溶けて無くなってしまえばいいのにと思い、ほぅと声が漏れた。
この後のことを考えなくちゃ。
ずっとこの家に居るわけにはいかない。
ギャルソンに迷惑をかけないようにしなくてはならない。
実家に戻って3日目に父に執務室に呼び出された。
「少しは落ちついたかい?」
「・・・はい」
「いつまでも今のままの状態で放っておくわけにはいかない」
「はい」
「離婚でいいんだね」
「・・・はい」
「原因を聞いてもいいかい?」
「何が原因というわけではないと思います。私の我慢が足りなかったのです」
「どんな事を我慢したんだい?」
「そう聞かれるとよく分かりません。何を我慢して、何を我慢しなかったのか・・・」
また涙がボロボロとこぼれて話が出来るような状態ではなくなってしまった。
父は離婚届にサインするように言い、私は止まらない涙で汚さないようにハンカチで目元を覆い、サインした。
カントレットからサインされた離婚届が戻ってきて父が役所に提出して離婚が受理された。
私はその日一日泣いて、次の日、先に進もうと決心した。
「お父様、私に出来るような仕事を探さなければならないと考えています」
「そうだね」
「ですが、私に何が出来るのか分かりません」
「取り敢えず、ここの書類の清書を頼んでいいかい?」
「勿論です。ありがとうございます」
「左の一番上から順に始めていってくれるかい」
「分かりました」
「書類を無くさないように気を付けて」
「はい」
書類の清書を始めて3日程経った日に「お嬢様に来客が・・・」エレノが歯切れ悪く私に告げた。
出戻ってきてもお嬢様と呼ばれるのだとくすぐったく思う。
「私にですか?」
「はい」
「どなたでしょう?」
「レアリティ様です」
「ど、どの・・・様なご用件だと?」
「離婚とはどういうことかと・・・」
「えっ?どういうこと?」
「私にも分かりかねます。お嬢様に対応していただくのが一番だと思いますが・・・」
対応できる自信はなかったけれど、会うことを了承した。
応接室の前で数度深呼吸をしてノックをして入室した。
久しぶりに見たレアリティ様は変わりなく、元気そうだった。
離婚受理の押印がされた書類を手にしていた。
私を見て、パシッと書類をテーブルに置いた。
「これどういうことかな?」
「どういうとは?」
「なんで離婚したことになっているのかって聞いているんだけど」
「離婚届にサインしたからではないでしょうか?」
「いや、そう・・・なんだけど!私は離婚したいとクリスティアナから聞いたこともなかったんだけど!」
「申し訳ありません・・・」
「ちがうっ!!謝ってほしいんじゃなくて!あーもうどう言えばいいんだ?!」
「・・・」
「何時から離婚したいって思っていたんだい?」
「離婚したいとは思っていませんでした」
「だったら何故、今、離婚したことになっているんだろう?」
「離婚届にサインした・・・」
「それはもういいから!えっと・・・何故実家に帰るって言ったの?」
「家族として認めてもらえなくて辛かったからです」
「誰が?」
「私が・・・」
「違う!誰が家族として認めなかったの?」
「・・・」
「そこで黙られたら分からないんだけど・・・」
「今更話し合うようなことではないと思うのですが・・・」
「・・・じゃぁこっちの話聞いてくれるかな!」
「あっ・・・はい」
クリスティアナが久しぶりに実家に帰りたいと言ってきたので私は了承した。
帰ると言っていた日の朝、バタバタしていていつ帰ってくるのか聞くのを忘れて、そのまま忘れてしまった。
仕事を終えて部屋に入ると、机の上に置かれた指輪に首を傾げ、何かがおかしいと思ったけれど、取り敢えず無くしてはいけないと思って、引き出しの中の小箱にしまって、そしてまた忘れてしまった。
両親の私への対応が、何だかいつもと違って気持ち悪かったけれど、大家族の賑やかさに紛れてそれもまた忘れてしまった。
家族の誰もクリスティアナがいなくなったことに気が付いていないみたいで、また首を傾げたが、そういえばこの家でクリスティアナはいつも存在が薄かったと納得してしまった。
一人で寝るベッドは広すぎて早く帰って来てほしかったが、せっかく実家でゆっくりしているのだからと自分を納得させた。
忙しさにかまけて放り出していた実務に手を付けろと父に怒られ、うず高く積み上げられた書類に父のサインがあることを確認して、内容をろくに読みもせずサインして父に戻した。
父が何度か「本当にいいんだな?」と確認していたが何のことか分からなくて適当に流していた。
3日程経って父に離婚受理の押印が押された書類を渡されて肩を叩かれた。
「離婚受理って父上と母上は別れたんですか?」
「何を言ってるんだ?お前とクリスティアナの離婚受理だろうが」
「ちょっと待って下さい!!なんで私とクリスティアナが離婚しなければならないんですか?!」
父の何言ってんだこいつ?みたいな顔に腹が立って一発入れてやろうかと一瞬考えた。
「実家に帰っていいと送り出したんだろう?クリスティアナは毎日辛そうだったしな」
「たまの里帰りくらいいいじゃないですかっ!!って、えっ?辛そうってなんですか?!」
「毎日あんなに辛そうにしていたではないか」
「えっ?」
「こんな大所帯の家に来て最初は圧倒されていたようだったが・・・私達も話しても無駄だと思ってクリスティアナには用事を頼まなかったのが悪かったと思っている。可哀想なことをした」
「えっ?なんですそれ?」
「話を聞いてやったりしなかったのか?些細なことの積み重ねで疎外感を感じていただろうクリスティアナは」
「知りません・・・」
「妻に対して興味が無さ過ぎるんじゃないか?」
「え?・・・」
「お前も分かっていて離婚届にサインしたんだろう?何度も確認しただろう?本当にいいんだな?って」
「言っている意味が分からなくて・・・」
「お前・・・いい加減が過ぎるんじゃないか?」
「ちょっと待って下さい!!情報過多で頭がついていきません・・・ハッ!母上!母上!!」
母を探して家の中を走り回った。
「なんですか?騒々しい」
「クリスティアナは毎日辛そうだったのですか?」
母は額に皺を寄せ、頬に手を当て首を少し倒した。
「そうね。二度とこの家にお嫁さんを入れないと心に誓うくらい、辛そうだったわ。子どもたちにも何度か注意したんだけど、家族の中なら大した会話をしなくても通じてしまうから・・・」
「私は気が付きませんでした・・・」
「レアリティはちょっと鈍すぎるんじゃないかしら?それともクリスティアナを気にかけてなかったの?結婚する時に離れに住みなさいって言ったでしょう」
「家族は多いほうが楽しいと思って・・・」
「馴染めるのならそれもいいかもしれませんが、クリスティアナはただただ辛いだけの生活だったと思いますよ」
「そんな・・・」
私はクリスティアナと話さなければならないと思い、離婚受理の書類を持って馬に跨がった。
「ごめん。クリスティアナ。私がもっと気にかけなければいけなかったのに・・・」
話を聞いて呆然としてしまった私はレアリティが何を言っているのか理解が追いつかない。
「少し待って下さい・・・離婚届にサインしたのは・・・」
「他の書類に紛れて目を通していなかったからなんだ。離婚なんて考えたこともない」
「そんな・・・!!」
「私はクリスティアナを愛している。離婚なんてしたくないっ!!」
「えっ?うそ・・・」
「本当だ。今までも私の愛を疑っていたの?」
「・・・はい・・・私に興味がないのだと」
「そんな風に思わせた私が悪い。本当にすまない。私はかなり鈍いみたいで、本当にクリスティアナが辛かったことにすら気が付いていなかったんだ・・・」
「そんな・・・」
それはそれでどうなんだろうと思ってしまった。
愛されていたということに喜びは、あるけれど・・・。
どうすればいいのか分からない・・・。
「鈍い私を許してくれ」
許すって・・・何を?
もう離婚成立しているし・・・。
「許せないかい?」
自信なさげに私を見て言うレアリティに、何か答えなければならないと分かっているが、何を言っていいのか分からなかった。
その場はエレノが「クリスティアナ様も混乱されているようなので」と言ってレアリティを追い返してくれた。
エレノが私の前で両親に説明をしている。
もう一度聞いても訳が分からない。
こんなすれ違いって起こるものなの?
それで離婚って・・・こんな事ってあるのかしら?!
「クリスティアナ・・・」
母も何と言っていいのか分からなくて私の名を何度か呼んで口を閉じた。
「私もなんて言ったらいいのか分からないが、クリスティアナはどう思っているんだい?」
「分かりません。こんなことってあるんだ?って言葉が頭の中をくるくる回っていて・・・」
「そうだね。今日はもう考えるのは止めてゆっくりやすみなさい」
「・・・はい。そうさせていただきます」
考えるのを止めたいけれど止められない。
離婚したかったわけではないけれど離婚してしまった。
もう一度結婚するの?
でもあの家ではもう暮らしたくない。
レアリティとやり直す?
あの鈍さを長所として捉えることが出来る?
いえ、無理だわ。
レアリティのことを愛している?
分からない・・・。
翌日もレアリティが私を訪ねてきたが「考えがまとまらないので」とお断りした。
一人で考えても答えが出ないので、今度レアリティが来たら話して感情の赴くまま結論を出そうと決めた。
そう決めた途端気が楽になり、落ちていた食欲も戻ってきて、家の者達に喜ばれた。
二日経った昼過ぎにレアリティが私を訪ねてやって来た。
「少しは考えがまとまっただろうか?」
「いえ、結局まとまりませんでした」
少し肩が落ちたレアリティを見て少し罪悪感を覚える。
「クリスティアナ、残念なことにもう離婚は成立してしまっている」
「そう、です、ね」
「もう一度、私と結婚してくれないだろうか?」
もう一度結婚?
「それは・・・無理・・・」
「理由を聞いても?」
「あの家ではもう暮らせません」
「離れで二人で暮らすのならどうだろうか?」
離れで二人?
「二人っきりになったら会話もないんじゃないでしょうか?」
「えっ?」
「今までもまともに会話したことなかったですよね?」
「そう、だったろうか?」
首を傾げるレアリティに、私との温度差を感じる。
「仕事をされているときは当然、話しません。食事中も話すこともありませんでした。寝室に入ってもほとんど会話らしい会話はありませんでした」
「そう、言われてみれば・・・そうかもしれない?」
レアリティは顎に手をやり考え込んでいる。
「レアリティ様が私を欲する理由が分かりません。よく考えたら心を通わせたこともありませんでした」
レアリティの眉間の皺が深くなる。
「離れで二人っきりで会話もなく暮らして何が楽しいんでしょうか?」
「私は本当にクリスティアナを愛しているんだ!」
「ありがとうございます。ですが私は愛しているのかどうか分かりません・・・。よくよく考えてみたら今まで気にかけていただいたこともありませんでした」
陰っていた日差しが一筋、また一筋と私を照らしていく。
「再婚は考えられません」
パァーッと目の前が開けた気がした。
「そんな・・・」
「再婚しても明るい未来がどこにも見当たらないんです」
私は手を合わせてレアリティにお願いをしてみる。
「カントレット家に残してきた荷物があるんです。取りに伺ってもよろしいですか?」
「君に戻ってきてもらいたいんだけど・・・」
私はがっかりして「荷物は諦めます」と言った。
「いや、荷物は取りに来てもらってもかまわないよ」
私は嬉しくて頬が緩む。
レアリティは苦悩した表情になっていたが、私は満足していた。
翌日メイドを連れてカントレット家へ向かう。
強奪するように荷物をまとめ、次々に運んでもらう。
「こうやって荷物をまとめたらプレゼントの一つも貰っていなかったってよく分かるわ。家から持ってきたものばかりだもの」
そう、メイドと話しているのをレアリティが聞いて、愕然としていた。
馬車二台で来たけれど荷物は載り切らず、天井にくくりつけて一台を先に返し、荷物をおろしたらすぐに戻ってくるように頼んだ。
義父母や義理の兄弟達が出てきたが簡単な挨拶だけして私とメイドは帰路についた。
離婚が成立してから一年の月日が経ち、私は元気にやっている。
時折、レアリティはプレゼントを持って私の元に通ってくる。
最初は戸惑ったものの、図々しくなった最近の私は、有り難く頂戴している。
月に一度プロポーズされ、最近はちょっと絆されつつあるのかもしれない。
今のレアリティなら、明るい未来がぼんやりとだけど見えるような気がしないでもない。
まだまだレアリティには内緒だけれど。
どこかで何がしかの疎外感を感じたことはありませんか?
そんな疎外感を意識して書いてみました。