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九話

夕食後にお父様のお部屋に呼び出されたあの日、予想していた通り私はお父様から相続を放棄するように言われた。


「とある高位貴族のご令息がフェリアを見初めてくださってな。この家に婿入りをしたいとの申し出があったのだ。格上の家からの申し出だ。断ることはできない。

だから、お前にはこの家の相続を放棄してもらいたいのだ」


フェリアからそんな話は一言も聞いてはいなかった。恐らく嘘なのだろうなと思いながらも、私は神妙な顔を崩さぬまま父の言葉を聞いた。


「優秀なお前なら王宮で仕えることも可能だろう。家のために、この話を受け入れなさいロゼッタ」


「……念のためうかがいますが、お断りするのは難しい話なのですね?」


「さっきから旦那様がそうおっしゃっているでしょう!頭でっかちの癖に理解の悪い娘ね!

そうよ、先方は美しく器量のいいフェリアをそれは気に入ってくださっているのよ。お受けするしかないお話よ。


これを断ると我が家にはそのお家から圧力がかかることになるわ。ああ、そうなると使用人を減らさないといけなくなるわね。


態度の悪い父親を持つ息子たちなど、真っ先に首を切られるのではないかしら」


父に問うたのに、義母がぎゃんぎゃんと代わりに私に向かって話し出した。気になっていた執事長と料理長の息子の話を、義母は待ちきれないとばかりに得意気に話してきた。


「分かりました。家のために相続を放棄致します。しかし私はまだ未成年です。手続きにはお父様のご同行か委任状が必要になるかと思いますが、どうすればよいでしょうか?

心細いですのでお父様が付いてきてくださると嬉しいのですが……」


私は窺うように父を見ながらそう言った。すると父は少し考えるような仕草をしたが、父が答えるより先にまたしても義母が声をあげた。


「優秀な貴女に付き添いなど不要でしょう。委任状だけは書いてあげるから一人で手続きしてきなさい。お忙しい旦那様のお手を煩わせないで」


義母のその言葉を受け、父も「ロゼッタ、そうしなさい」とだけ言った。ある程度予想はしていたが、それでも少し心が痛む言葉を私はいつも通りの表情を保ちながら受け取った。


「承知致しました。お父様とお義母様のお言葉に従います」




前もって話を聞いていなければ、上手く対応することができずただ両親の思惑通りになっていたかもしれない。けれどもフェリアからその話を先に聞き、二人でやれるだけのことをしていたので落ち着いて彼らに返事をすることができた。


あの後、私たち二人で決めた計画の準備のために、お父様に相続は放棄するがこの先のこともあるので少し考える時間が欲しいとお願いをした。

その結果、私が相続放棄の手続きをするのは二週間後になった。


そこまでも準備を進めていたが、その二週間で最後の詰めを行った。これまでの生活のこと、両親やお祖母様に向けていた感情のこと、これからのこと、色んなことがその最中に脳裏を掠めていった。それまでも十分に色んなことを考えたはずなのに、それでも次々生まれてくるそれらの思考を処理しつつ、私は必要な手筈を整えていった。


そうしていると、ときに急に不安になることがあった。これが正しいのか、もっといい選択肢があったのではないかという不安が頭から離れないときがあった。


だからかもしれないが、ある夜、フェリアと二人で私の部屋で作業をしていたとき、ふと会話が途絶えた空白の時間に私はつい不安を口にしてしまった。


「これで本当によかったのかしら。ずっとそうしたいって思ってたくせに、自分で決めるってこんなに不安なのね」


その言葉を聞いて、目の前にいたフェリアは少しだけ目を見張って私にこう言った。


「お姉さまでもそんな風に思われるんですね。


よかったぁ、私も自分で決めたくせにずーっと不安なところがあったんです。

お姉さまはずっと凛としてたから、そんな不安とかは全然思ってないのかと思ってました」


「フェリア、貴女はそうして私をよく見てくれるけど私だって貴女より一年ぐらいしか長く生きてはいないのよ。この国ではまだ未成年として扱われる年齢なのよ。不安もあるわ」


そう答えると、フェリアは少しだけ真面目な顔で私にこう言ってきた。


「もし不安になったら、よかったらそれをフェリアに話してくださいね。いいことは言えないかもしれないですけど、気持ちをしっかり受け止めることだけはしますからね!」


そしてその後、フェリアは少しはにかんだ顔でこう続けた。


「そしてもし聞いてもらえるならフェリアの不安も相談をさせてください。お姉さまに聞いてもらえるだけで、私ちょっと元気が出ると思うんです」


フェリアのこうした自分にできないことは相手に甘えて、そして自分の弱さをさらけ出せるところは私にはないところだと思っていた。


何も知らなかった頃の私ならそれを彼女の幼稚さと取っていただろう。自分の弱みなど見せられないと、きっとフェリア相手に弱音など吐かなかっただろう。


でも今は違う。彼女は私という人間をきちんと見て、尊重してくれる大切な妹だった。


甘えるにも勇気がいるだなんて、そんなこと今までしたことがなかったので知らなかった。そのため少し声は小さくなってしまったが、私はフェリアにこう返した。


「私も貴女に聞いてもらえると、それだけで気持ちを落ち着かせることができると思うわ。だから、私の不安もまた聞いてくれるかしら?」


それを聞いたフェリアは、優しい微笑みを浮かべながらこう答えてくれた。


「もちろんです、お姉さま!任せてください!!お姉さまに頼られるなんて嬉しい……あ!でもお姉さまは不安に思われてるから喜んではいけませんね。

ごめんなさい、けどお力になれるのが嬉しくて」


後半は焦りながら言葉を紡ぐ妹の姿に、思わずふふっと小さな笑みをこぼしてしまった。それを見たフェリアもつられたように笑い出した。


時刻は深夜。屋敷中がしんと静まり返る中、小さな明かりの側で私たちはくすくすと笑いあっていた。

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