七話
それなりに衝撃的な話を聞いたのに、私は案外冷静だった。
ある程度、両親ならそんなことを考えそうだと前から思っていたのもあるが、恐らく一番の理由は目の前でフェリアが私のために涙を流してくれているからだろう。
悪意を向けられて平気な訳ではない。相手のうちの一人は実父だ。もちろん悲しさも怒りもある。
けれどそんな人たちの考えより、目の前の私を思ってくれている妹の考えの方が私にとっては重要だった。私のために何かをしたかったと泣いてくれているフェリアの気持ちの方が大切だった。
だから私はそんな気持ちを込めてフェリアにこう声をかけた。
「それで今朝からどこか思い詰めた顔をしていたのね。私のことを心配してくれたのね、ありがとうフェリア」
「お、お姉さまっ。わ、私何もできなくて……」
「いいのよ。私だって相続のことなんか詳しくないわ。貴女が対抗案が思い付かないことなんて気にしなくていいのよ。
貴女は昨夜も今も私のためを思ってそうして泣いてくれたのでしょう?それだけで私は十分よ」
それは偽らざる私の本心だった。あの気詰まりな家を出て働くことも少し前から考えていた。だから私は笑ってそうフェリアに伝えた。
すると目の前の異母妹は黙ってボタボタとたくさんの涙を流し始めた。その反応に驚く私に彼女は泣きながら、怒りながらこう言った。
「ど、どうしてお姉さまはそんなに優しいんですか?こんなこと、どうして受け入れようとするのですか?
お姉さまは何も悪くないのに……ひぐっ、そんなの、そんなのダメです。お姉さまがよくてもっ、私がっ私が許せませんっ」
滂沱の涙を流し続けるフェリアの手を握りながら、私はこう答えた。
「優しくなんてないわ。諦めと……逃避なのかもしれないわね。あの家に関わらなくて済むならそれもありかもって思ってるのかもしれないわ。
でもそうすると貴女に全てを押し付けてしまうわね」
「わっ、私のことはいいんですっ。お姉さまの方がぁ、ずっと、ずっとお辛い立場だったんですからっ」
「求める役割を押し付けられていたのは貴女も同じでしょう?私が逃げたら貴女がそれから逃れられなくなる。
相続は放棄してもいいけど、それだけが心配かもしれないわね」
「おっ、お姉ぇさまぁ……!」
「どうするにしろ、すぐには結論を出せないことよ。でも貴女が教えてくれたおかげで考える時間をもらえたわ。
これからどうするかしっかり考えないといけないことだと思うわ。けれどもこれは私だけの問題じゃない。私たち二人の問題よ。
フェリア、貴女も一緒に考えてくれる?自分がどうしたいかも含めて、私たちの将来のことを」
ふやけそうなほど涙に濡れた自分と同じ色合いのブルーの瞳を見つめてそう告げた。フェリアはぎゅっと一度強く目をつむった後に、私の目をはっきり見つめ返しながらこう答えた。
「もちろんです、お姉さま。私、もっと色んなことを知って、お姉さまと私のこと、しっかり考えます」
そこから私たちのお昼休みと登下校の時間の一部はお互いのことを話し合う場となった。私たちはその時間に、お互い調べたことや、自分の今の考えのことを話し合うこととした。
自分たちがどんな選択肢を取れるかを知るために、私たちは手分けをして相続について調べることにした。
私は主に図書館で専門書を読んで相続に関することを調べた。法律のこと、過去に起こった相続問題の前例などを調べていった。
フェリアは顔が広いことを活かして、相続に詳しい人がいないかを聞いたり、他の家がどういう対応をしたかを聞いたりして調べてくれた。
彼女の伝は相当広いようで、ある日生徒会で仕事をしていると生徒会長の王太子でもあるフレドリック殿下から唐突にこう声をかけられた。
「君の妹はずいぶん姉思いのようだね」と。
急に話しかけられたこともそうだが、その内容に私はひどく驚いてしまった。どうして殿下が妹のことを話題に出したのかは分からなかったが、フェリアが私のために泣いてくれたり、私たちのために奔走してくれたりしているのは事実だった。
だから私は自信をもって「はい、私には勿体ないほどの妹です」と答えておいた。
その後、先程の話題に至った経緯をうかがってみると、どうやらフェリアの学年にいるフレドリック殿下の妹君から少し話を聞いていらっしゃったようだった。自分の家庭の醜聞を殿下の耳に入れてしまったことを恥じたが、フレドリック殿下はそんなことは気にされる様子もなく、私にこう声をかけてくれた。
「私の立場上、あまり片方だけに肩入れすることはできないが、それでも君の努力する姿勢を近くで見てきて、知っているつもりだ。
理不尽が過ぎる場合には私を頼ってくれても構わないよ」
それまでフレドリック殿下とは個人的な話などほとんどしたことはなく、私のことなんて生徒会で一緒にいるだけの人間ぐらいの認識なのではと思っていた。思いがけないお言葉に驚くと共に、努力を見てくださっていたというお言葉にじわりと嬉しさがにじみ出てきた。
「過分なお言葉をありがとうございます。もし妹の立場に何かが起こりそうな場合にはお言葉に甘えさせていただくかもしれません。そのときはよろしくお願いいたします」
そう返すと、フレドリック殿下は珍しくははと声を上げて笑われた。私がキョトンとしていると、殿下は顔を緩めたままこうおっしゃった。
「妹もフェリア嬢は姉のことばかりを話をしていると言っていたよ。君たち、性格は似ていない姉妹だと聞いていたが、なんだ、似た者同士じゃないか」