四話
「勉強、学園の休み時間なら少しぐらい見てあげてもいいわよ」
私はお姉さまの言葉を信じられない思いで聞いた。
使わない時間だけでも教本を貸してもらえればとは思っていた。けれども、まさか、お姉さまが私の勉強を見てくれると言ってくださるとは思っていなかった。
迷惑じゃないかとか、お姉さまは私を嫌っていらっしゃるだろうにとか、色々思うところはあった。
けれども、けれども勉強できることが嬉しくて、私は飛び付かんばかりの勢いでお姉さまにこう返事をした。
「嬉しいです!!お姉さま、どうぞよろしくお願いします!!!」
興奮で顔を少し赤くしながらそう言った私に、お姉さまは「もう少し声を抑えなさい」と呆れた顔でおっしゃった。
その日は夜遅いこともあってその場でお開きとなった。部屋に戻る前に、お姉さまは少し厳しい顔で私にこう言った。
「さっきの話だけど、両親には決して言わないでね。話題に出すのもダメよ。面倒が増えるから。
あと勉強を見るからと言って普段の態度も変えないこと。これが条件よ、守れる?」
「はい、私も両親には秘密にしたいので必ず守ります」
私はお姉さまの目を見て、しっかりそう答えた。すると、お姉さまは少しだけ目元を緩めながら「そうして。じゃあおやすみなさい」と言ってくれた。
お姉さまが優しい声と表情で執事長や料理長とお話しされていることがあるのは知っていた。けれどもその柔らかさが私に向けられることは絶対にないと思っていた。お姉さまにとって、お姉さまのお母さまが生きているうちに産まれていた私がよくない存在である自覚ぐらいはあった。
けれどもお姉さまは今、それを少しだけ私に向けてくれた。それが飛び上がるぐらい嬉しくて、私は望まれてはいないだろうけど満面の笑みでお姉さまに夜の挨拶を返した。
翌朝、昨日の夜更かしの影響で少し寝坊をしてダイニングに入ると、いつも通り難しい顔をしているお姉さまが席にいらっしゃった。お姉さまはこちらをチラリと見たけど、何も表情を変えず視線を手元に戻した。ものすごくいつも通りのお姉さまだった。
私もそれにならい、お姉さまから視線を外して両親に元気よく挨拶をした。
「お父さま、お母さまおはようございます。ごめんなさい、服を選ぶの迷ってしまって遅くなりました」
「仕方のない子だな、フェリアは。でも今日のドレスも一段と似合っているぞ」
「貴女なら何を着ても似合うから仕方のない悩みね。今日もとても愛らしいわよ」
そこからいつも通りお姉さまをいないものとして扱うような朝食の時間が始まった。
昔はお姉さまにも話しかけようとしたことはあった。けれど両親が参加してくれないので会話が続かないし、何よりその後にお母さまがものすごく機嫌を悪くした。
幼かった私は理由は分かっていなかったが、お姉さまに話しかけるとお母さまに嫌われると思ってしまった。あんな寂しげに一人黙々とご飯を食べるお姉さまより、自分が嫌われないことを取って、お姉さまに話しかけるのを諦めてしまった。
成長し、色々な噂も耳にするようになった今ならお母さまがお姉さまを目の敵にする理由は何となく分かるようになっていた。
お母さまとお父さまは、お父さまがお姉さまのお母さまと結婚するより前から恋人同士だった。一時は結婚の話も出かけたが、その話はお姉さまのお母さまとの結婚話が出たことによりなくなってしまったのだ。
二人の家はほぼ同格だった。けれどもお母さまが選ばれなかったのは、お姉さまのお母さまの方が断然優秀だったからだと言われている。
結婚は家同士の契約だ。いくらお母さまの方が美しくても、お父さまから向けられる愛情が勝っていても、家にとって利益があるのはお母さまではなかったのだ。
そのときに負けた過去があるから、お母さまは母親似のお姉さまを嫌っているのだ。
そして優秀だったお姉さまのお母さまに勝てなかったからこそ、勉強ができるお姉さまより可愛いだけの私を大事にすることで、優秀さより愛らしさは勝ると過去の復讐をしようとしているのだ。
勉強では勝てなかったコンプレックスがあって、私が勉強してもお姉さまには及ばないと分かっているからこそ、私に『勉強をさせない』ことで勝負から逃げ、負けたという結果が出ないようにしているのだ。
そこに私もお姉さまも多分いないのだと思う。私たちはただのサイズがちょうど合うだけの駒なのだ。『自分のような』私を可愛がり、『昔の恋敵のような』お姉さまを憎むだけ。私たちが何を考えているかだなんて、きっとお母さまは少しも気にしていないのだ。
そんな寂しい気持ちを抱えながら、今日も二人が望む明るい無邪気なフェリアを演じながら、ご飯を食べきった。
学園は私が『お母さまの娘』として被せられる役割を脱ぎ捨てることができる場であるので、私にとっては家よりも息がしやすい場所であった。
ただでさえ好きな場所が、今日からはお昼にお姉さまがお勉強を教えてくださる場所にもなった。
さっき馬車から降りる前にお姉さまがそっと渡して下さったメモを私は自分の机でこっそりと見返した。
『お昼休み。食事が終わったら図書館の二階、自習室の一番奥まで』
私では絶対に書けないキレイな文字を何度も読み返した。頬が思わずにやけそうになるのを抑えながら、私は午前の授業にのぞんだ。