十四話
家を飛び出してから三ヶ月、私たち姉妹は今、王族所有の大型の船に乗って隣国を目指していた。
あの日、役所で落ち合った私とフェリアは二人分の相続放棄の手続きを終えた後、続けてフェリアが乗ってきた馬車で学園へと向かい転校に伴う退学手続きを行った。
どちらも本来なら未成年の私とフェリアができるような手続きではなかった。しかしその日は父の委任状を私たちは持っていた。そのためどちらの手続きも二人だけで行うことが可能になったのだ。
あの時、不安だとこぼした私に父がついてきてくれるともし言ってくれていたなら、私だけが相続を放棄しようと思っていた。私を思う気持ちが残っている父がいるなら、家を継ぐとフェリアも決断していた。
しかし父は義母の言葉に従い委任状だけを私に持たせた。そのため、あらかじめ決めていた通り二人で相続を放棄して、あの家から逃げ出すことにしたのだった。
必要な手続きを終えた後、私たちは滑らかに走る馬車に連れられ王城へと向かっていった。
そこで私たちを出迎えてくれたのはレティシア殿下の侍女たちだった。彼女たちに連れられ、私たちは王城の一角にある部屋へと案内された。
この三ヶ月間、私たちはレティシア殿下の庇護の元、王城に匿われていたのだった。
この三ヶ月間、王城の中で生活をしながら、私たちは隣国の言語や風習の習得をしていった。フェリアは語学が全然追い付いていなかったので、付きっきりで毎日二人で猛勉強を重ねた。
その甲斐あって、レティシア殿下が隣国に留学されるために船で移動をしている今、何とか彼女にも最低限の語学力と文化に対する知識を付けることができた。
そう、あの日レティシア殿下がフェリアに示してくださった私たちの将来の新たな選択肢とは、殿下の側近として殿下の留学に同行するというものだった。
「今ね、私の留学に同行してくれる歳の近いご令嬢を探しているの。もし貴女たちが家を出たいなら、私と一緒に隣国へ行ってみない?
私の同行者は調べられれば分かってしまうことだけど、特に告知をしたりはしないから恐らく貴女たちの両親に知られることなく生活を変えることができるわよ。もちろん留学するだけだから、家を出ると言っても家名はそのままよ。
私に同行してくれるなら生活の保証は私が、王家がするわ。
ただ、そのためには貴女たちにはこの学園を辞めて、隣国の学園に転校してもらわなければならないの。隣国と国内の二ヶ所の学園に同時に所属することは制度上できないのよ。
あと貴女のお姉様には申し訳ないけれど、私のサポートのために最終学年をもう一年してもらうことになるわ。
編入試験は一応あるけど私の側近としてなら最低限できていれば通るわ。貴女のお姉様はもちろんだけど、最近の貴女なら問題ないと思うわ、フェリア。
親元を、国を離れるということは大きな決断になると思うわ。だから強制はしません。
もし貴女たちが来たいと思うなら、一緒に来てちょうだい」
あの日レティシア殿下はフェリアにそう言ってくださった。そうして私たちに新しい選択肢を与えてくださった。
それまでは色々と二人で相続について調べたが、現実的にできる行動としては両親に従うしかないと思われていた。
私は執事長と料理長の息子たちを見捨てることはできなかったし、かといって全てを捨てて家を飛び出て何かができるほど私たちは大人ではなかった。
そこに示された殿下からの案。それは私たちに思ってもいなかった未来を示すものであった。
殿下のおっしゃったように、国を離れ、家族の元から消えることを決断することは簡単ではなかった。たくさん考えた、悩んだ、話をした。
二人とも色々な思いがあった。けれど考え抜いた結果、私たちは殿下の元で自分として生きることを決めたのだった。
「正直最初はロゼッタ、貴女だけを誘うつもりだったの。貴女の優秀さは皆からよく聞いていたからね。
でもフェリアとも話をしてみると、あの子も中々面白い子だと思ったの。そのときの成績は全然足りてなかったけどそれには理由があったみたいだし、何よりあの人懐こさを気に入ってしまったの。
今まで望まれる役をこなし続けてきたからかもしれないけど、あの子は相手の求めるものを拾い上げるのがすごく上手いわ。それにあの愛嬌で上手に応えている。
あれも経験と才能によるものね。
あと顔がいいのも利点ね。女には女の戦いがある。そこであの美貌は間違いなく私の味方になるわ。
まぁ打算的な理由を語るとしたらこんなところだけど、後は単純に貴女たち姉妹を気に入ったのよ。フェリアは私に姉のことを頼もうとしてきて、貴女はお兄様に妹に何かあったらお願いしたいって言ったんでしょ?
そんな貴女たちに何かしてあげたくなっちゃったの」
王城でお世話になっているとき、レティシア殿下と二人でお茶を飲ませていただく機会があったのだが、そのときに殿下は私にそうおっしゃった。
「それに生まれ故郷を初めて離れるのよ。同行者は私の気持ちだけでは決められないけど、できるだけ私が好意を抱いている人の方がいいじゃない?
だからお兄様にも手伝ってもらって、本人たちの意志が確認できたら隣国に一緒に行けるようにしてもらったの。
ロゼッタ、聡明な貴女にはもちろん学園で勉学などのサポートもお願いしたいと考えてるわ。でも経緯としてはそういうことだから、あまり肩肘張らずに側にいてくれると嬉しいわ」
レティシア殿下は微笑みながら私にそうおっしゃってくださった。
今までフェリアと違い、殿下としっかりと話す機会がなかったため、私はなぜ殿下が私たち姉妹にこのようなお話をくださったのかを少し疑問に思っていた。
しかし今日殿下のお話をうかがったことで、その経緯と殿下のお考えを知ることができた。
レティシア殿下は私たち姉妹に何かをしてあげたくなったとおっしゃってくれた。それはきっと私たち姉妹がお互いを尊重しあっていなければ向けてはいただけなかった感情なのだろうと思った。
誰かの評価を得るためにそうしていた訳ではないが、今までは深夜の部屋の小さな灯りの側で、声が漏れぬよう身を寄せあった馬車の中で、私たち二人が周囲の大人に奪われないように密かに守ってきたものが認められたような気がして私は嬉しくなった。
そして、そうして向けてもらった好意に、こうして私たちに自分であることを選べる選択肢を与えてくれた恩に応えるためにも、私はこの人のためにできることは全力でしたいと思っていた。誰かに強要されるものではなく、自分の心でそう思った。
そのため、私は殿下にこう返事をした。
「お話を聞かせてくださりありがとうございます。殿下のお力になれるよう、微力ながら努めさせていただきます」