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十三話

ロゼッタの祖母の家でそのような騒動が起きている頃、同じくアンブルジア家でも燻っていた騒動の火種が爆発を引き起こしていた。


姉妹の捜索が始まってすぐは夫妻は落ち着かない生活をしながらも、二人協力をしながら娘たちの捜索に当たっていた。

しかし時間の経過と共に徐々に夫人が伯爵を責める機会が増えるようになっていった。


手塩にかけて育てた自慢の愛娘が見つからない不安や苛立ちももちろんあった。

しかしそれ以上に夫人の心を苛んでいたのは『伯爵の第三子』に関する被害妄想だった。


もちろん伯爵には愛人も、ましてや姉妹以外の子供もいなかった。しかしそれをどれだけ説明しても、夫人は頑として聞かず、第三子の存在を疑い続けた。


夫人がそう思うようになったきっかけは、ロゼッタだけでなくフェリアも相続放棄をさせられたことにあった。



夫人にとってフェリアは惜しみなく愛情を注がれ、何の不満もなく幸せに満ち溢れて生きている存在だった。今の生活に、美しく愛される自分に不満などあるはずがないと信じきっていた。


そんなフェリアが相続を放棄するなんて、誰かにそれを強要されたに違いないと彼女は考えていた。


では誰がそんなことを娘にさせたのか。


そう考えたときに、もちろん夫人は最初にロゼッタのことを疑った。しかし彼女がフェリアに相続を放棄させたところで彼女の相続権が戻るわけでもなく、得るものは何もないように思えた。それにロゼッタが委任状を持っていたとしても手続きにはフェリア本人の同意が必要である。フェリアが黙ってロゼッタに従うとは思えないという点でもその可能性は低いように思えた。


他にフェリアが相続権を失うことで利を得る人がいるのかと日々疑い続けていたそのとき、夫人の心の中にふとある疑惑が浮かび上がってきた。


それは「娘たち以外にこの家の相続権を有する人間がいるのではないか」という疑惑だった。


そう考えると色々なことが辻褄が合うように夫人には思えた。

伯爵にもう一人子供がいて、その子に家督を継がせるために無理やりフェリアからも相続権を奪った。父親である伯爵から命じられれば、フェリアも泣く泣く従うしかない。自分がやったと足がつかないように、フェリアにもわざと委任状で手続きをさせたのかもしれない。

伯爵ほどの権力と財力があれば若い娘の一人や二人密かに領地に送ることも可能だろうから、娘を連れ去ったのもこの人かもしれない。ロゼッタに相続放棄をするように迫ったのも、実はフェリアのためではなかったのかもしれない。


そう思いだすと疑心暗鬼に陥っていた心を止めることはできなかった。人は不安なときほど他人を信じるより、疑うものだ。夫人は『伯爵にはまだ子供がいて、その子に家督を継がせるためにフェリアから相続権を取り上げた』とどんどん信じ込むようになっていった。


夫人の妄想以外何も根拠もない話ではあったが、彼女にとってそれはとても起こりうる話のように思えるものであった。


何故なら彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった。


そう、彼女は先妻の娘であるロゼッタの相続権を取り上げ、自分の娘に家を継がせようとした。

だから無意識下に同じ考えの女がいると思い込んでしまったのだった。


鏡を見ると昔は白百合ともてはやされた美貌も加齢と共に衰えを見せていた。ハリに満ちて輝いていた肌もくすみ、髪もあの頃の艶は見る影もなくしていた。


若い頃は夜会に出ても自分より美しいものなどそうおらず、夫の愛は全て自分に向けられているという揺るぎない自信があった。

しかし今はどこのお茶会や夜会に出ても、うら若く、輝きに満ちた娘が目につくようになった。


夫人は自分は美しいからこそロゼッタの母に最後には勝ったのだと思っていた。より美しいからこそ伯爵から愛されるのだと思っていた。

だからこそその美の衰えを感じる今、どこぞの若い女に自分が負けて、伯爵の関心と子供の相続権が奪われたのだと思うようになってしまった。



伯爵はもちろん身に覚えのないことを必死で否定した。しかし彼が否定すればするほど夫人は執拗に彼を疑うようになった。


それからは外に出る度に行き先を細かく問われた。夫人の雇った私兵に後をつけられることもしばしばだった。


それだけでなく、夫人はお茶会に積極的に参加してはこの被害妄想を語るようになった。不安と怒りと嫉妬で正常な判断ができなくなった夫人は、伯爵が浮気をして、他所に子供を囲っているに違いないという妄想を至るところで語るようになった。


夫人はそのような話をすると、どこのご婦人も自分の味方をしてくれると思っていた。彼女は自分のことをあんなに懸命に家を支えていたのに、浮気をされた憐れなヒロインだと思っていた。誰もが自分の話に同情し、伯爵を手厳しく批判してくれると信じていた。


しかし、実際にどのお茶会でその話をしても返ってくるのは表面上だけの労りの言葉だけだった。ひどい場合には乾いた失笑をされることもあった。


納得がいかず、ある日お茶会で自分の話に冷淡な反応を返したご婦人に夫人は突っかかった。


すると彼女は呆れたような表情でこう言った。


「あら、貴女だって同じ事をなさっていたじゃない?自分は許されるのに他人にされるのは許せないの?そんなのおかしな話よね」


それを聞いた周囲のご婦人たちも、彼女に同調するようにクスクスと笑いながらこちらを見ていた。


夫人は耐えきれずお茶会から逃げるように去っていった。



そうした夫人の振るまいと、定かではないが浮かび上がった伯爵の二度目の不貞の噂、婚外子として生まれたと言われる第三子の存在、そして学園から急に姿を消した姉妹。


それらによってアンブルジア家に注がれる視線は厳しいものばかりになっていった。

そのことにより伯爵夫妻だけでなく、領地の事業の評判も瞬く間に下がっていった。


アンブルジア家はずるずると家の力を失っていった。

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