十一話
アンブルジア伯爵は手紙の内容が信じられず、馬車を走らせ自ら役所へと向かった。
何かの間違いだと信じたかった。しかし役所の役員は無機質にこう彼に告げた。
「ロゼッタ様と同日、フェリア様もご本人が手続きをされております。書類の不備もなく、本人の意思も確認されましたので、相続権は正式に破棄されております」
「そんなはずはない!ロゼッタには確かに破棄するように言った!しかしフェリアにはそんなことは言っていないぞ!」
「今相続権を放棄するよう求めたとおっしゃいましたか?ロゼッタ様の今回の権利の破棄はご本人の意志ではないということでしょうか?」
相続権の破棄は本人の意思であることが絶対条件であった。それを強いたとあれば罪にも問われかねないことであった。
「いや、さっきのは言葉のあやというか。そ、それよりだ!どうしてフェリアは相続権を破棄などしたのだ?」
「こちらでは理由までは確認しておりません。しかし本人のサインと伯爵貴方の『この書面を持つものを本日に限り当主と同様の承認権限を与える』と認めた委任状の確認はしております。手続きは正式に完了しております。これ以上はご本人がいらっしゃらなければ対応できません」
そう断られた伯爵は急ぎ家に戻り、フェリアがいるはずの友人の家に使用人を遣った。しかし使用人が持たされた返答は「こちらにお嬢様は来ていません。思い違いではないでしょうか?」というものだった。
伯爵は焦って夫人を問いただした。
「フェリアは、フェリアはどこに行ったのだ?さっき聞いた友人の名前に間違いはないのか?」
「確かにフェリアはユリア様のお家へ行くと言っていましたよ。それがどうされたのですか?先ほど急ぎで外出もされたようですし、何かあったのですか?」
夫人に聞かれ、伯爵はフェリアの相続権がなくなっていること、友人宅にいないことを彼女に伝えた。
「なんですって!?そんなの何かの間違いではないのですか?あの子の相続権がなくなって、それにユリア様のお宅にもいないだなんて!!」
「どちらも本当だ。だからこうして慌ててフェリアを探しているのだ」
そんな焦る伯爵夫妻に追い討ちをかけるように、今度は姉妹が通っていた学園から一通の通知が届いた。
普通、学期末でもないこの時期に学園から書面など届かない。その上『重要』と書かれている封筒に何故か嫌な予感がした伯爵は、そんなもの見ている場合ですかと叫ぶ妻を落ち着かせ、その封筒を開いた。
するとそこには、ロゼッタとフェリアの退学届けを受理し、手続きを終えたという通知が入っていた。
またしても届いた身に覚えのない通知に伯爵は再び己の目を疑った。しかし横にいた妻に読ませても、彼女が悲鳴のような声を上げただけで、その内容が覆されることはなかった。
フェリアを退学させる気がなかったのはもちろんだが、ロゼッタが家のためにそれなりの評価を得られる場所で働くためにも学園の卒業資格は必須となる。そのため伯爵夫妻には二人を退学させる気は全くなかった。
そのため夫妻は混乱し、こちらも使用人を学園へ遣って話の詳細を確認させた。しかし学園からは正式に退学の手続きの完了しているとの回答しか得られなかった。急いで二人を復学をさせようとしたが、それには編入試験を受ける必要があると言われてしまった。
フェリアが見つかっていない今、これ以上はこちらは対応できないと諦め、夫妻は取り急ぎロゼッタだけでも呼び戻すことにした。
フェリアの相続破棄に使われたのも、二人の学園の退学の手続きに使われたのも、ロゼッタに預けた委任状だと思われた。
そのため、どうしてこのようなことが起こっているのかをロゼッタは知っているはずだと夫妻は思っていた。彼らはロゼッタを問いただすつもりで、今か今かと彼女の帰りを待った。
伯爵はロゼッタの祖母の家に迎えの馬車を走らせた。同じ貴族街にいるロゼッタはすぐに戻ってくると思っていたが、迎えの馬車に乗ってきたのはロゼッタ本人ではなく、彼女の祖母、伯爵の元義母であった。
「ロゼッタを探しているとはどういうことなのです?あの子が昨日から姿を消しているとは本当なのですか?」
「それは一体どういうことでしょうか?娘は夫人の元にいたのではないのですか?」
「あの子はうちには来ておりませんよ。あの子の侍女から昨日出掛けたとは聞きましたが、あの子は図書館へ行った後どこへ行ってしまったんです?」
「そんなバカな!ロゼッタまで居なくなったのか……!?」
「ロゼッタまで……?」
「……あっ!」
伯爵は慌てて口をつぐんだが、一足遅かった。ロゼッタの祖母は眉を寄せながらこう言った。
「そういえばあの癇に障る声も聞こえてきませんし、もしやお前たちの娘もいないとでも言うのですか?ロゼッタもあの娘もいないだなんて、一体昨日に何があったと言うのです?」
ロゼッタの祖母の剣幕に、伯爵はまずいことになったと内心冷や汗をかいていた。
相続権を放棄したことは自ら言い出さない限りは、役所で調べる他知る術はない。なので伯爵はこの義母には相続破棄のことは告げず、バレるまで隠し通すつもりであった。
彼女は年齢のこともあり社交界にもそう顔を出さない。
こっそりと彼女にバレるより先にフェリアの婚約、あわよくば結婚まで進めてしまえば彼女がどれだけ騒ごうともひっくり返りはしないと踏んでいた。
そのためにロゼッタの侍女の目が届かない夕食時にロゼッタに声をかけ、彼女に侍女にはこの話を言わないよう口止めもしていた。役所へ手続きに行く日も図書館へ行くと侍女には言うように言い含めておいた。
そのため、こんな形で昨日のこと、相続破棄をさせた日のことをロゼッタの祖母に問い詰められることになるとは伯爵は予測すらしていなかった。
伯爵は何とか誤魔化そうとしたが、ロゼッタがいなくなっている事実がバレてしまっているため、嘘をつき通すことができなかった。
ロゼッタの祖母から細かな話の矛盾を突かれ、厳しく追及された結果、彼は相続放棄のことも、退学のことも全て話をさせられることとなった。