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十話

毎日表面上は普通の生活をしながら、学園の空き時間や放課後、夜みんなが寝静まった後に私とお姉さまはコツコツと準備を重ねていった。


不安はあった。これでいいのかと思うこともたくさんあった。


けれども私にはお姉さまがいてくれた。頭ごなしに何かを強制することなく、私のことをきちんと見て、聞いて、間違ったことは違うと教えてくれて、知らないことは一緒に考えてくれるお姉さまがいた。


やれることは全てできたと思う。たくさんの準備をして、私たちはついにお姉さまが相続放棄の手続きをされる日を迎えた。



「ではお母さま、ユリア様のお屋敷に遊びにいってきますね。お泊まり会だから戻るのは明後日になります。楽しんできますね!」


玄関で大きなボストンバッグを抱えながら、その日のお昼過ぎ、私はお母さまにそう告げていた。お泊まり会というのはもちろん嘘だ。私が今日この家から大荷物を持って外出するために友人に口裏を合わせてもらっている話だった。


そんなことは知らないお母さまはニコニコと私を見送ってくださった。


「ええ、お友達と楽しんでいらっしゃい。あちらのご両親によろしくお伝えしてね」


そんな風におっしゃるお母さまの顔を、私は改めてじっと見つめた。


私をお人形であることしか許してくれなかった人、自分のコンプレックスのために私を縛り上げていた人。


色々歪んでいるところはあった。逃れたいと思っていた。けれどもお母さまが私に向けてくださっていた思いには、確かに愛情もあった。私のことをこの人なりの方法で大切にもしてくれた。それもきっと真実なんだと私は思っていた。


色々な感情が胸の中にあった。そんな多くの気持ちを込めて、私は意識をして美しく見えるように微笑んだ。

お母さまが好きな華やかに見える笑顔を作り、私はお母さまの目をしっかりと見つめながらこう伝えた。



「はい、分かりました。ではお母さま、()()()()()




そこから私は迎えに来てくれたユリア様のお家の馬車に揺られ、彼女のお屋敷へと向かった。ユリア様のお屋敷に着くと、彼女に出迎えてもらってお屋敷の中に入った。そして、そのままお屋敷の中を通過して裏門へと案内してもらった。


裏門には家紋のない馬車が一台停まっていた。使用人の手を借りて多くの荷物と共にそこに乗り込むと、外観とは違って中は座面がふわふわで、今まで乗ったことのないような高級な作りであった。そんな乗り心地のよい馬車の中で、緊張と不安に身体を固くしながら私は目的地へと揺られていった。


道が空いていたので、予定より少し早く目的地に着くことができた。しかし待ち合わせの相手の方がさらに早く着いていたようで、その人は入り口の横に立って私を待ってくれていた。



そこにいたのは、お姉さまだった。私たちは相続の手続きをする役所の入り口で密かに待ち合わせをしていたのだった。



お姉さまは今日相続放棄の手続きを終えると、隣にある中央図書館で夕方まで過ごした後、そのままお姉さまのお祖母さまのお家に二日ほど泊まるという嘘の予定を両親に伝えていた。そしてお姉さまのお祖母さまが雇っている侍女には役所に行くことだけは伏せ、図書館に行ってからお祖母さまのお家に行くとまた別の嘘の予定を伝えていた。


役所にはお祖母さまのお家から迎えの馬車が来ると両親には伝えてあったので、家からの馬車は既に帰っていた。

役所の入り口の前で一人立っていたお姉さまの元へ、私はパタパタと走りながら向かった。


「お姉さま、ごめんなさいお待たせしました」


そう声をかけると、私に気づいたお姉さまが顔をこちらに向けた。

お姉さまは今まで私に向けたことのないような緊張をした強張った顔をしていた。強く握りこまれている手からも、お姉さまの緊張を感じとることができた。


これから私たちがすることを思えば、お姉さまの緊張も当然だと思った。もちろん、私も心臓がすでにバクバクしていた。


お姉さまのために何かしたいという思いと、自分の中の何かにすがりたいような気持ちから、私は目の前のお姉さまの片手を取り、ぎゅっと握りしめた。


「さ、行きましょう、お姉さま」


手を繋いで歩くだなんてまるで子供みたいだなとは思った。実際に小さかった頃には手を繋いで歩いたこともなかったくせに、今さらお姉さまと手を繋ぐことになるなんて変な感じだった。けれど、そんな考えはお姉さまが手をきゅっと握り返してくれたことで吹き飛んでしまった。


同じ色をしたお姉さまの瞳が力強く私を見つめていた。ここから先は後戻りはできない。私は決意を込めてお姉さまを見つめ返した。


私たちは手を繋いだまま、役所の中へと入っていった。





ロゼッタとフェリアが役所を訪れた翌日、役所からアンブルジア家に二通の手紙が届いた。


執事長から差し出されたその手紙をアンブルジア伯爵は特に疑問に思うことなく開封した。


伯爵はロゼッタにフェリアに縁談が来ていると嘘を言ったが、それは彼の中では完全に嘘という訳でもなかった。社交に出れば、美しいフェリアの将来のことを息子をもつ貴族たちによく聞かれていた。そのため、フェリアが跡継ぎとなると彼らに内密に伝えれば、良家の次男、三男がすぐさまフェリアに求婚してくるだろうと彼は思っていた。


伯爵は年頃の合う侯爵家の次男や羽振りのよい伯爵家の三男など、めぼしい令息を思い浮かべながら書類を流し読みしていった。一通目のロゼッタの相続放棄の手続きが完了したという通知はそれでも問題なく読むことができた。しかし、二通目は同様にそうすることはできなかった。


伯爵は書類に書かれた内容が信じられず何度も何度もそれを読み返した。しかしいくら読み返しても、その内容が変わることはなかった。




『届け出を問題なく受理し、次女フェリアの相続放棄を正式に認めるものとする』


二通目の手紙には、間違いなくそう書かれていた。

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