第三十話
後ろから追いかけて来る俊に荒太は一切、振り向かなかった。
「待てって。何か機嫌を損ねるような事したか?」
「別に…帰ろ。ちょっと疲れちゃった…。」
「…!」
「俊…?」
振り向くと俊の姿はいなくなっていてさっきまで話していたのが嘘のように感じた。
呼んでも返事はない。
キョロキョロと周りを見てもどこにもいない。
人の流れが多くて見えていないだけかとも思ったが、どこにもいないのだ。
さっきのきた方へと戻ってみたがいない。
「俊?どこいったんだよっ…」
「さっきの子なら、そっちの路地に入って行ったよ。」
露店商のお兄さんが教えてくれると指差した方へと歩き出した。
「でも、他の子の手を引いて行っちゃったけどなぁ〜、可愛い子だったな〜」
最後の言葉に足が止まった。
俊が手を引いて路地に入った?
可愛い子だった?女か!それとも…。
ここで悩んでいても仕方がない。
今は確認しなければと思うと、急いで駆け出していた。
路地を進むと話声が聞こえてきた。
「俊〜もう、どうしてこんなところにくるの〜!」
「荒太に見られるだろ?恵が見つかったなんてまだ言ってないんだよ!だから
我慢しろって…!」
「もう、仕方ないなぁ〜。俊と僕の仲だし我慢してあげるっ!」
久しぶりに聞いた恵の声だった。
俊が恵を見つけたのか…なら、どうして俺には教えないんだ?
荒太に見られないようにコソコソと隠れて密会をしているなんて…。
知りたくなかった。
どうやって別れを言い出すかを悩んでいたって事だろうか?
「なんだよそれ…知らないのは俺だけかよ…」
涙が自然と溢れてきていた。
さっきまで俊と一緒に入れて楽しかったのに…。
わざわざ別れる為に、思い出を作ったのかと思うと悔しくて何も考えられな
かった。
路地から駆け出すとただ、何も考えずに街の中を彷徨った。
家にも帰れない。
俊が帰っているなら、どんな顔で会えばいい?
恵と寄りを戻したと報告されるのだろうか?
これから一緒に住むから出て行ってくれと言われるのだろうか?
「バカだ…本当に…バカ過ぎだろ…」
いくら拭っても涙が止まらない。
頭の中もぐちゃぐちゃで考えられなかった。
そんな荒太にぽんっと帽子が被せられた。
「えっ…」
振り向くと見覚えのある顔がそこにいて、ただじっと眺めてきた。
「人のいないところへ行こうか?ここで泣いているのは嫌だろう?」
「や…山村教授…どうして?」