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[短編]悪役令嬢ふたりの、のほほん(?)サバイバル暮らし

作者: 沖果南

「この野草が食べられるとお思いなのッ!?」


 のどかな風景の広がるネスビット山脈のふもとに、ヒステリックな高い声がこだました。


「アルベルティーヌさん、この草は時間をかけてアク抜きすれば十分おいしくいただけてよ。それくらい知っておかないと、この先やっていけなくてよ?」

「ふぅん、そうですの……。って、ああっ、パメラさん! 野ウサギがあちらの茂みの陰にいましてよ!」

「なんですって!? すぐに捕まえて今日の夕飯にしなくてはなりませんわ! アルベルティーヌさん、いきましてよ!」


 パメラと呼ばれた女は、背負っていた使い古された矢を持って立ち上がる。キツい切れ長の碧眼がキラリと光った。完全に獲物を狙う狩人の目である。


「いいですかアルベルティーヌさん。わたくしが野ウサギを追いかけますから、貴女はわたくしのほうに野ウサギを誘導なさって」

「さ、指図しないでちょうだいッ! わたくしを誰だと思っているの!?」

「はいはい、王国屈指の名家であるハルベリー家の一人娘であり、第一王子さまの元婚約者の、アルベルティーヌ・ル・ハルベリー様ですわ。そういうお約束のセリフは、とりあえず夜ご飯を調達してからにしてくださいまし」

「た、確かにその通りですわ」


 そう言って、アルベルティーヌと呼ばれたもう一人の女が立ち上がった。立派なプラチナブロンドの縦ロールが、爽やかな秋の風に揺れる。


「さあパメラさん、行きますわよ」

「ふん! 狩るのはわたくしなのに、アルベルティーヌさんったらすごく偉そうねぇ」

「あら。身の程を分かっていないようですわね。貴方は誰の屋敷に居候していると思っているの? わたくし、貴女に指図する権限くらいはあると思うのですけれど……」

「まあ! そこまでおっしゃるのであれば言わせてもらいますわ。その血肉はだれの食事でできていると思っていますの? 放っておけば飢え死にしそうな生活力しかないくせに!」


 完全に、ああ言えばこう言うという状況である。


 お互いを小突きあいながら、二人の悪役令嬢は縦ロールをふり乱して、野山に向かって駆けだした。


**


「アルベルティーヌさん、貴女って本当に鈍足ですのねぇ」


 パメラが呆れたように呟きながら、火にかけているシチューをかきまぜた。

 今日のメニューは野ウサギのシチュー。具は、ネスビット山脈に生える野草と、ふたりが力を合わせて先ほど狩ったばかりの野ウサギだ。


 一方、狭い台所の片隅でちくちくとハンカチに刺繍していたアルベルティーヌは、パメラの誹りを受けて顔を真っ赤にさせた。


「しょっ、しょうがないじゃないのッ!? わたくしは誉れあるハルベリー家の一員として、ずっと王妃になるべく育てられてきたのです! 走ったことなんて数えるくらいしかありませんわ」

「まあ、ご立派な教育ですこと! だからあんなにすぐ息切れされるのね!」

「そういうパメラさんはどうなのかしら!? 貴族令嬢なのに家事も料理も完璧、おまけに狩りもできるなんておかしいですわ! イレギュラーですわ! ずるいですわ!」

 

 ぷりぷりと頬を膨らますアルベルティーヌに、パメラは勝ち誇ったように高笑いをする。ちなみに、ふたりのこれくらいの応酬は日常茶飯事だ。決して喧嘩をしているわけではない。

 パメラはシチューに胡椒を混ぜいれる。


「確かにわたくしはイレギュラーかもしれませんわ。おばあ様が平民出身で、たまたまわたくしに教えてくださったのよ。『いざとなった時に自分を助けてくれるのは、自分自身しかいない』とかなんとか……。まさか、あの時のアレコレがこんなに役に立つとは思いませんでしたわ」

「わたくしも詩歌やバイオリンの授業より、狩りのお勉強をするべきでしたわっ……。どんなに複雑怪奇な詩が書けたって、お腹はふくれませんもの」


 アルベルティーヌは大きくため息をつく。


 アルベルティーヌ・ル・ハルベリーは、何を隠そう、由緒あるハルベリー伯爵家の一人娘である。本来なら、こんな田舎にいるはずがない。ハルベリー家は貴族派の重鎮であり、皇后や宰相たちを輩出してきた、名家中の名家である。

 そのやんごとない血筋ゆえ、アルベルティーヌが物心ついたころには、すでにおない年の王子の結婚も決まっていた。未来の王妃として、アルベルティーヌは蝶よ花よと大事に育てられてきたのだ。


 しかし、物語はそう簡単に終わるわけがない。


 アルベルティーヌはどういうわけか、王子に一方的に婚約破棄され、こんな田舎のボロ屋敷に身を寄せることになったらしい。一方の王子は、ミニュエット・ジェントリーという名の、子爵家の令嬢と婚約を宣言したという。

 

 婚約破棄されたうえ、ほぼ島流し状態の彼女につけられた従者は、長年アルベルティーヌの面倒を見てきた年老いた乳母一人と、申し訳程度の護衛として派遣された若い騎士一人だけであった。

 王宮の真ん中でふんぞり返っていてもなんらおかしくない伯爵家令嬢の末路としては、かなり惨めなものだ。


――まあ、どうせ浮気相手のミニュエットとかいう女を、アルベルティーヌさんがいびり倒して、見かねた王子さまが婚約破棄を申し出たって感じでしょう。悪役令嬢が分かりやすく破滅したって感じですわよねえ……。


 パメラは、アルベルティーヌのことを悪役令嬢仲間だと思っている。半ば勝手に。そういう彼女もまた、悪役令嬢として分かりやすく破滅した貴族令嬢であった。


 パメラ・ファルーヴは、しがない田舎の領土を持つ男爵家の末子だ。パメラはとにかくわがままな性格で、その問題児っぷりは近隣の領土の貴族たちにはわりと有名だった。


 その上、彼女の悪評をさらに悪くする極めつけの事件が起こった。

 きっかけは、パメラの婚約者が、美しい村娘に一目ぼれし、一方的に婚約を破棄したことだった。

 それだけならまだ、ありふれたゴシップで済んだだろう。


 しかし、パメラはやられたらきっちりやり返す血の気の多い貴族令嬢である。


 癇癪を起したパメラは「裏切り者は即成敗ですわ!」と追い詰めた婚約者に向かって矢を放ち、殺人未遂事件を起こしてしまった。パメラの放った矢は当たらなかったものの、当然のことながら、この事件は王国中のゴシップとして大騒動になった。

 彼女の悪評は近隣の領土中、いや王国中に広まり、ついに二人の姉たちの婚約まで悪影響が及ぶ始末。


『お父さま、このままだと私たち、パメラのせいで結婚できないかもしれませんわ!』


 二人の姉に泣いて訴えられたパメラの父、ファルーヴ男爵は「ほとぼりが冷めるまで身を隠していなさい」と、ネスビット山脈のふもとにある田舎のあばら家にパメラを放り出した。


 そのあばら家が、たまたまアルベルティーヌが住む屋敷の近くだった、というわけである。


 そして、二人の悪役令嬢(?)は流刑の地でたまたま運命の出会いを果たした。ふたりは、出会ってすぐに意気投合した。お互いの境遇があまりに似すぎていたため、初対面から「男なんてロクでもない」という話で大盛り上がりしたのである。


『守ってあげたくなる娘が良いですって!? そんな頼りない女性、家を守る女主人としてはいかがなものでしょうッ!』

『その通りですわ! きっちりやり返して何が悪いのです!』

『パメラさんの事件は少しやりすぎだと思いますけれど……』

『オホホ、あれぐらいは些事でしてよ。あら、アルベルティーヌさんのお家は部屋が余ってるのね。それなら一緒に住みましょうよ。見たところ、アルベルティーヌさんって家事ができるタイプだとは思えないし』


という感じで、パメラはかなり強引にアルベルティーヌの屋敷に転がり込んだ。


 こうして悪役令嬢ふたりのサバイバル暮らしが始まった。


 家事分担はかなり明確で、パメラは主に料理、家事を担当。アルベルティーヌは王妃教育で叩き込まれた刺繍で外貨を稼いでいる。食料調達は、たいてい協力してふたりでやるのがルーティンだ。


 最初は慣れない生活に戸惑いつつがむしゃらに働いていたアルベルティーヌとパメラも、1年も経てばずいぶん様になってきた。最近では二人そろって読書をする時間も捻出できるようになってきたほどだ。悪役令嬢は、なかなかに適応能力が高いのである。


「ね、ねえ、パメラさん、シチューはまだですの?」


 ぼんやりとシチューをかきまぜていたパメラの意識をもとにもどしたのは、お腹をすかせたアルベルティーヌの一言だ。


 シチューはぐつぐつと煮え、食欲をそそる匂いを漂わせている。

 パメラは一口味見をすると、「まあこんなものでしょう」と一つ頷いた。アルベルティーヌは小さな声で歓声をあげると、いそいそと別室にいる乳母を呼びに行く。


 パメラが食卓にシチューを並べていると、隣の村に行っていたアルベルティーヌの騎士が、屋敷に戻ってきた。彼の名前はダグラス・ナリー。しっかり者の、背の高い若い騎士である。アルベルティーヌの話では、数年前まで騎士団の出世頭だったらしいが、どういうわけかこんな田舎町に住んでいる苦労人だ。

 顔かたちもそこそこ整っているので、王都にいればさぞかしモテただろうとパメラは踏んでいる。


「ダグラス、お帰りなさい。アルベルティーヌさんの刺繍、今日も売れた?」

「ただいま戻りました、パメラ嬢。アルベルティーヌ様の刺繍、今日も良い値段で売れましたよ。どうやらちまたで評判になっているようです。それから、チーズと牛乳と砂糖を買ってきました」

「ありがとう、ダグラス。そこに置いておいてくれる?」

「……ああ、いい匂いだ。パメラ嬢は本当に料理がお上手ですね」


 ダグラスは爽やかに笑う。パメラは当然よ、と言わんばかりに胸を張った。


「わたくしを誰だとお思いなの? これくらい、朝飯前ですわ。 まあ、もう夕ご飯どきですけれど!」


 ダグラスはパメラの自信満々な笑顔に少し頬を染めて見惚れたあと、何かを思い出したように軽く咳払いをする。


「そういえば、怪しげな男たちがいると、商人たちが噂していましたよ。最近、この近くの村に出没しているそうです」

「怪しげな男たち?」

「ええ。平民の恰好をしているものの、明らかに貴族だと分かる立ち振る舞いをしている一団だそうです」

「なんでまた貴族がわざわざ平民の恰好を? どんなに隠したって、どうせバレますのに」

「よほど世間知らずなのでしょう」

「困ったものね。はあ、貴族なんて城に閉じこもっていればいいものを……」


 パメラも貴族のはしくれなのだが、あまりにこの暮らしに馴染みすぎているためか、最近はすっかり平民のような物言いをしてしまう。


「とにかく、貴族なんて関わってロクなことはなくってよ。しばらく村に行くのは避けないと」

「まあ、もしトラブルになったとしても、俺がパメラさんを守りますよ」


 ダグラスは、頼もしい微笑みを浮かべる。パメラは怪訝そうな顔をした。


「わたくしを? ダグラスはアルベルティーヌさんの騎士なのだから、アルベルティーヌさんを守るべきではなくって?」

「あっ、いや、その……。それは、そうなんですが……、特別に貴女を守ってあげたいというか……」


 ダグラスが真っ赤になってしどろもどろになっていると、アルベルティーヌが乳母を連れてキッチンに戻ってきた。


「お腹がすきましたわ! 早く食べましょう! 用意はできて……って、あらダグラス、お顔が真っ赤ですわよ。風邪でもひきまして?」

「なんでもありません! それより夕食の準備ができましたので席についてください!」


 こうして、今日もパメラがつくった料理を囲み、和やかな夕食が始まった。


「今日は多めに作ったから、おかわりもありましてよ!」

「や、やだ。パメラさんったらわたくしをブクブク太らせる気なんでしょう……っ!」

「オーホッホッホ、その通りですわ! 今年こそそのキュッとくびれたウエストをタプつかせてやるんだから!」

「最悪ですわ、この策士! ……は、はしたないけれど、シチューにパンをかけて食べるとどうしてこんなにおいしいのかしら! おかわりをいただけましてっ!?」


 温かな食事を囲んでのパメラとアルベルティーヌの話題は尽きない。理想的な淑女としては望ましくない振る舞いかもしれないが、二人は美味しい夕食を口にしながらお喋りをすることがなにより好きなのだ。

 パメラのつくったシチューをアルベルティーヌは大絶賛し、「またウサギを捕まえなきゃ」と意気込む。馴染めぬ田舎暮らしに当初は食欲がほとんどなかったアルベルティーヌの乳母も、ここ最近はモリモリ食べるようになった。


 パメラとアルベルティーヌの怒涛の会話の中で、申し訳程度に怪しげな集団について食卓の話題に上がった。アルベルティーヌは「貴族がこんな田舎にねえ」と首をかしげ、ダグラスも顔をくもらせる。

 しかし、いつのまにか二人の話題は冬の食料の調達に変わってしまった。ふたりの中では、食の話題はいつでも最優先なのである。


**


「今日は野ブドウが大量に採れましたわね!」


 今日も今日とて裏の森から食料を調達したアルベルティーヌとパメラは、籠いっぱいの野ブドウを前に満足げに微笑み合った。

 うららかな午後の日差しがさしこむキッチンで、パメラは腕まくりをする。


「さあ、野ブドウは今日のうちにジャムにしてしまいましょう。そうすれば、日持ちしますのよ。そうだわ、アルベルティーヌさん。いくら不器用な貴女でもジャムのつくり方くらいはお分かりよね?」

「も、もちろんでしてよ。野ブドウを、……よく叩くんでしょう? こう、ジャムになるまで……」

「違います! ちょっと、すりこぎを構えないでくださる!? 確かに物理で叩けばジャムっぽくなるかもしれませんが、大外れでしてよ! まったく、わたくしがちゃんと手ほどき致しますから――」


 得意げにパメラがジャムのつくり方についてペラペラ語り出したその時、玄関からふたりを呼ぶ声がした。護衛騎士、ダグラスの声だ。


「ダグラス、そんなに慌ててどうしたのです」

「アルベルティーヌ様、お、お客様が!」

「……わたくしにお客様? 何かの間違いじゃなくて?」


 アルベルティーヌは怪訝そうな顔をする。この1年間、田舎に追放されていた彼女を訪ねてくる人はゼロ。彼女が耳を疑ったのも当然だ。

 全力疾走してきたのか、ダグラスは息を切らして壁に手をつく。心なしか顔色が悪い。なにやら一大事のようだ。彼は息を整えると、軽く咳払いした。


「……っはあ、……じ、実は王子殿下が……、いらっしゃったのです!! すぐに、面会したいと……」

「「えーーッ!?」」


 とんでもない来訪者が来た。アルベルティーヌとパメラは、すぐに屋敷の外へ向かう。ダグラスも後に続いた。

 早足で歩きながら、アルベルティーヌは首を傾げた。


「ダグラスの勘違いじゃないかしら……。あの殿下がこんなところに来るとは思えないのだけど……」

「まあ普通は王子殿下がこんな田舎町に来るはずありませんよね。でも、なんだかとてつもなく豪奢な馬車がお屋敷の前に停まっているのですが……、アルベルティーヌさん、あの馬車に見覚えは……?」

「あれは間違いなく王室の馬車ですわよ」

「あらまぁ。これは絶対にダグラスの勘違いではなさそうね」


 面倒な事態になった。

 見慣れたおんぼろ屋敷の門の前に、見たこともないほどの豪奢な馬車が止まっている。屋敷の門の前には、数人の護衛騎士たちと金髪の身なりの良い青年がたむろしていた。落ち着きなく歩き回る青年はひょろっとしていて、どことなくたよりない糸杉を思わせるシルエットだ。

 アルベルティーヌはハッとして足を止めた。


「あ、ああ……。あの方は、確かにロバート殿下……。本当にこんな田舎の村に来られたんだわ!」

「えっ、あの方が!? 意外と普通の人で……ムグッ!?」


 パメラは切れ長の目を大きく見開いた。ダグラスが慌ててパメラの口をふさぐ。


「パメラ嬢、気持ちは分かりますが、うっかり殿下に聞こえたら不敬罪ですよ……!」


 一介の男爵家出身の令嬢であるパメラにとって、この国の王子は殿上人だ。本来は会うことも許されない相手である。

 その殿上人が、一体全体こんな田舎にどうして現れたのだろう?

 パメラが好奇心を丸出しにして同居人のアルベルティーヌと王子のロバートを交互に見ていると、ロバートがようやくアルベルティーヌに気づいた。


「アルベルティーヌ……っ」


 ロバートは、一目散にアルベルティーヌのもとへ走り寄ってきた。そして、シミ一つない白いズボンが泥で汚れるのも構わず、手入れのされていない庭のレンガ敷きの舗道に膝をつけ、恭しくアルベルティーヌの手を取る。

 アルベルティーヌとパメラの頬が同時に引きつった。


――嫌だわ、白地の布についた泥汚れは、洗ってもなかなか落ちないのに……。洗う人、可哀想!


 二人の心にほぼ同時に浮かんだのは、ロバートの泥汚れが付いたズボンを洗うことになる召使いへの憐みであった。貧乏性が板についている。


 彼女たちの心中はいざ知らず、ロバートは熱っぽい視線でアルベルティーヌを見上げた。


「ああ、アルベルティーヌ! 君を血眼になって探したよ。この僕自ら、平民のような恰好をして、君の情報を集めたんだ。ハルベリー伯ったら、今回の婚約破棄の件でカンカンになってしまって、君の居場所すら教えてくれないんだもの」

「……ああ、あの怪しい集団とは殿下たちのことだったのですね。村で噂になっていたようですが」

「むっ、僕の変装は完璧だったのに、どうしてバレたんだろう? まあとにかく、ああっ、アルベルティーヌ! 会いたかった!」

「……ハルベリー伯爵嬢とお呼びくださいませ、殿下。わたくし達はもう婚約者同士ではないのです。貴方はミニュエット嬢と婚約したのですから、そのように気軽にファーストネームで呼ぶのはマナー違反ですわ」


 きっぱりとつれない返事をするアルベルティーヌ。ロバートは驚いた顔をした。


「どうしてそんなに冷たい返事をするんだい? 僕は、こうしてアルベルティーヌを助けに来てあげたのに……」

「助けに?」

「ああ、そうだとも! 君を失って初めて、僕はどれほど君の大事だったかに気づいたんだ」


 ロバートは熱っぽく語り出す。


 アルベルティーヌがいなくなって、王宮は一時大混乱だったらしい。

 まず、アルベルティーヌを王妃に推薦した貴族派は怒り狂い、一方的に婚約破棄を宣言したロバートを揃って糾弾し、議会は大荒れ。そのうえミニュエットもいくら美しいと言えど、しょせん子爵家の令嬢。生まれた時から王妃になるべく育てられたアルベルティーヌと比べられ、すっかり彼女は不貞腐れてヒステリックになり、ロバートにきつく当たるようになった。


 そして、極めつけはロバートの王子としての仕事だった。

 王子としての仕事は、宰相たちとの調整役や慈善事業、新たな技術への投資、無名の芸術家へのパトロン活動まで多岐に渡る。

 その仕事だが、実情としては優秀なアルベルティーヌが陰ひなたにほとんど担っていた。

 そのため、アルベルティーヌがいなくなったことで彼の公務は滞ってしまい、王子の評判がガタ落ちしてしまったのである。

 

 話を聞き終えたパメラは、信じられない思いでアルベルティーヌを凝視した。


「アルベルティーヌさん、貴女って本当は優秀なお方だったのね……?」

「えっ、当然でしてよ? わたくしを何だとお思いだったの?」

「生活力ゼロの困ったちゃんですわ」


 パメラは間髪入れず即答する。アルベルティーヌは複雑な顔をした。否定はできない。


 一方、イマイチ空気が読めないロバートは、切々と訴えた。


「ねえ、アルベルティーヌ。僕の一度きりの過ちを、どうか許してはくれないか? 僕はあの性悪女のミニュエットに誑かされてしまったんだ。あの女が、あんなに役立たずだとは思わなかった」

「殿下、わたくしは追放された身ですわ。いまさら王都に戻るわけには……」

「そんなのできない! 僕は君を連れて帰るんだ! 僕には――、いや、僕だけではなくこの王国に、アルベルティーヌ、君の力が必要なんだ!」

「この王国に、わたくしが必要……」


 アルベルティーヌの頑なだった態度に、綻びが生じる。

 アルベルティーヌ・ル・ハルベリーは厳しくも愛国心溢れる両親のもと、理想的な王妃になるべく育てられてきた。それは、すべてはこの王国のため。

 だからこそ、「この王国に君の力が必要」とまで言われてしまうと、彼女は強く拒否できなくなってしまう。たとえ、元婚約者であるロバートにひとかけらの愛情すら残っていなくても。


 アルベルティーヌの頑なな空気が揺らいだのを見て、ロバートはもう一押し、とばかりに訴える。


「こんな薄汚れた田舎に、高貴な君を置いていくなんて可哀想だ。さあ、一緒に――」

「お言葉ですけど、王宮に行く方がよっぽどアルベルティーヌさんが可哀想でしてよ!」


 高飛車な声が、アルベルティーヌとロバートの会話を遮った。パメラである。

 ロバートはムッとした顔をして、急にしゃしゃり出てきたパメラを睨みつける。


「な、なんだ、貴様は!」

「初めまして、王子さま。わたくし、アルベルティーヌさんと一緒にこのお屋敷で暮らしているパメラ・ファルーヴと申します。畏れ多くもこの王国の太陽に抗議することをお許しくださいませ。まあ、許していただかなくてもお話しますけれど」

「この僕に、抗議するだと!?」

「ええ。だって、わたくしの大事なお友達が、このままだと不幸な道に進んでしまいそうなのですもの」


 パメラが抗議している相手は、畏れ多くもこの王国の王子である。もちろん、パメラのようなしがない男爵家の娘が気軽に意見して良い相手ではない。


 しかし、パメラは必死だった。


――ここはなんとかアルベルティーヌさんを思いとどまらせなくては!


 アルベルティーヌが王都に帰ってしまえば、困るのはパメラだ。

 この屋敷から出てまたあのあばら家に戻らないといけなくなるし、狩りも食料確保も一人で行わなければならない。その上、アルベルティーヌの刺繍はわりと評判が良く、良い臨時収入になっている。この収入がなくなるのも、パメラの生活の質(QOL)にとって大きな痛手だ。


 パメラは、アルベルティーヌにはなんとか田舎暮らしを継続してもらわなくては困るのだ。少なくとも、彼女の謹慎が解かれるまでは。


 だからこそ、彼女は全力で王子を否定する。――そう、ありていに言えばパメラはアルベルティーヌを庇う体で、足を引っ張ろうとしているのだ!

 彼女は根っからの悪役令嬢。人の足を引っ張ることにはとりわけ慣れている。


 その上、彼女の評判はすでに地の底。追放された悪役令嬢に、もはや失うものなど何もない。よって、相手が第一王子だろうがまったく怖くないのだ!


 パメラ・ファルーヴは無敵の人であった。


「この際ハッキリ言っておきますけれど、貴方よりわたくしのほうがアルベルティーヌさんを幸せにできましてよ!」

「ぱ、パメラさん!?」 「パメラ嬢!?」


 ぎょっとしたアルベルティーヌとダグラスの声がハモる。パメラはふたりを無視して、ロバートをキツい切れ目で睨めつけた。


「ねえ、先ほどまでの言い方から判断するに、貴方はアルベルティーヌさんを役に立つ道具としか思っていないでしょう?」

「なっ……」

「それに、ミニュエットとかいう女に誑かされたとおっしゃったかしら? そのくせ、どうして殿下は彼女の処遇についてお話しないのかしら? もしかして、ミニュエット嬢とはそのまま関係を続けて、実務的なことについてはアルベルティーヌさんを体よく利用しようと思っていらっしゃるのではなくて?」

「……う、うるさい、うるさい、うるさい! お前に何がわかる!」

「なにも分かっちゃいませんわ。だって王子さまなんて今日初めてお会いしましたもの!……でも、貴方が自分のことばかりお考えになっているのは、まるっとお見通しですわ!」


 シン、とあたりが静まり返った。

 ぴちち、と小鳥が鳴く声だけが辺りにこだまする。


「パメラさん……、わたくしのことを、そんなに真剣に思ってくださっていたのね……。わたくし、こんな素敵なお友達と出会えて本当に嬉しい……」


 沈黙を破ったのは、アルベルティーヌの感極まったような声だった。彼女の群青色の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいる。


「えっ!? ああ、まあ……。……わたくしたちお友達ですものネッ☆」


 パメラは取り繕った笑みを浮かべた。

 もちろん、パメラの一連の言動はアルベルティーヌを思ってのことではない。パメラはより快適な衣食住の確保のため、――要は全て自分のため――、一世一代の賭けに出ているだけである。


――まあ、ちょっとだけアルベルティーヌさんがいなくなったら寂しい気がするのも、認めてあげないこともないですけれど!


 こちらに関しては、持ち前のツンデレのせいで、少々複雑なようだ。


 アルベルティーヌは少し潤んだ目をそっと拭ったあと、上品にため息をついた。


「わたくし、ダメね。お国のためと言われてしまうと、どうしても決心が鈍ってしまいそうになるもの。でも、パメラさんの仰ることを聞いたら目が覚めましたわ」

「あ、アルベルティーヌ……」


 なおも食い下がろうとして伸ばされたロバートの手を、アルベルティーヌはあっさり払う。

 

「ファーストネームで呼ばないでくださる? わたくしたちはもう他人同士ですもの」

「そ、そんなぁ!」

「あ、そうそう、先ほど殿下はわたくしが可哀想だと仰っていましたけれど……うふふ、この生活、意外と気に入っていますのよ? 少なくとも、あのミニュエットとかいう女とイチャイチャしている殿下を横目に公務をこなす生活よりは、充実していますの」

「待ってくれよ。もう一度、もう一度僕にチャンスを……」

「殿下、これで失礼しますわ。わたくし、これから野ブドウのジャムを作らなくてはいけませんの」

「……あ、アルベルティーヌぅう!」

「さあ、パメラさん行きましょう」


 アルベルティーヌはこの上なく美しいカーテシーをして、麗しい笑顔で笑うと踵を返す。パメラはこれ見よがしに勝ち誇った顔をして高笑いをしながら、アルベルティーヌのあとに続いた。さすが悪役令嬢、最後まで人の気持ちを逆なですることに余念がない。


 あとに残されたロバートの顔が大きく歪んだ。


「……このクソ(アマ)がぁッ! 僕を愚弄しやがって! これじゃ僕の計画が台無しじゃないかッ! このままじゃ、僕が困る! この僕が、こんな田舎まで来てやったのに!!」


 地団太を踏んで怒り狂うロバートは、後ろに黙って控えていた護衛騎士たちに命令する。


「おい、アルベルティーヌを無理やりでも捕らえて馬車にのせろ! 王都へ戻るぞ! 暴れるなら気絶させてもいい!」

「し、しかし、アルベルティーヌ様に手荒な真似をすれば、ハルベリー伯爵が黙っていないのでは……」

「うるさいッ! ハルベリー伯爵への言い訳なら俺が考えてやる! ついでにそのいけ好かない、パメラとかいうおしゃべり女を殺せ! これは命令だ!」


 護衛騎士たちは戸惑いながらも剣を抜く。王子の命令となれば、さすがの騎士たちも従わざるをえない。


「アルベルティーヌ様! パメラ嬢! 俺の後ろへ!」


 アルベルティーヌとパメラの前に、剣を抜いたダグラスが躍り出る。しかし、多勢に無勢だ。護衛騎士たちは4人。王族に仕える騎士となれば、精鋭揃いだろう。

 一発触発の事態になった。

 アルベルティーヌが怯えた顔をしてパメラの腕をぎゅっと掴み、パメラは果敢にも剣を向ける騎士たちを威嚇するように睨みつける。

 ロバートが小馬鹿にしたように笑った。


「フン。悪あがきもたいがいにしたほうが――……」

「双方、剣を収めよ!」


 ふいに、威厳に溢れた鋭い声が辺りに響く。ロバートの肩がビクリと跳ね、アルベルティーヌは驚いた顔をした。ダグラスをハッとした顔をして、地面に膝をつき、首を垂れる。


「ロバート殿下、これはどういう状況か、説明していただけますかな? なにゆえ私の娘が、危険な目に遭っているのか……」


 物陰からひとりの紳士がこちらに向かって歩いてきた。髪はプラチナブロンドで、アルベルティーヌと同じ色だ。その装いは非常に洗練されており、ただ者ではない雰囲気をまとっている。

 アルベルティーヌがハッとした顔をした。


「お、お父さま!?」

「アルベルティーヌさんのお父様、と言うことは、ハルベリー伯爵様……!? どうしてここに……」


 パメラは困惑した。ハルベリー伯爵ことフォーラン・ハルベリーは貴族派の筆頭であり、この国の重鎮である。アルベルティーヌと同じく、このようなしがない田舎のオンボロ屋敷に本来現れるはずもない人物だ。

 ロバートが青い顔をしてブルブルと震え始める。


「は、ハルベリー伯には絶対バレないようにしてたのにぃい……! もうおしまいだ……!」


 ロバートはへたり込む。

 走り寄ってきたアルベルティーヌをかたく抱きしめたあと、ハルベリー伯爵は憎しみをこめてロバートを睨みつけた。


「殿下がもし怪しい行動をとることがあれば、すぐに儂に知らせるよう、あらかじめ宮廷の召使いたちには言い含めておりました。しかし、ここまで卑劣な真似をなさるとは……」

「ど、どうして僕の居場所がわかったんだ……」

「畏れ多くも、殿下の考える程度ならある程度予測がつきますゆえ。……長らく義親子の関係だったのをお忘れですか?」


 ハルベリー伯爵の冷たい一瞥に、ロバートが情けない悲鳴をあげる。百戦錬磨のこの国の宰相が、ロバート程度の小物を震え上がらす程度、造作もないことなのだ。

 ハルベリー伯爵は大きなため息をついて、ロバートの護衛騎士たちに命じた。


「お前たち、殿下はかなり動揺されているようだ。宮廷に連れかえり、軟禁しろ」

「し、しかし!」

「……お前たちにはチャンスをやろう。愚かな王子に唯々諾々と従ってハルベリー家の一人娘を冒涜した無法者としてその評判を下げたいのか、王子の乱心に振り回された哀れな忠義者と扱われたいのか。……さあ、皆まで言わずとも、誰の命令を聞くべきかは分かるな?」

「……はい!」


 ハルベリー伯爵に命令された護衛騎士たちは慌てた様子で頷き、ロバートを拿捕する。ロバートは「僕はこの国の王子だぞ!」と喚いたものの、あっという間に馬車につめこまれ、あっさりと連行されていってしまった。


「……すごい、すぐに一件落着してしまったわ」


 パメラは感心したようにぽつりとつぶやく。鮮やかな手腕は、さすがこの国の宰相というべきか。

 ハルベリー伯爵は深々とため息をついたあと、もう一度、力強くアルベルティーヌを抱きしめる。


「ああ、アルベルティーヌ。すまなかった。あの馬鹿王子から徹底的に身を隠すため、護衛も召使いも最低限でこんな辺鄙な田舎に身を隠してもらった。しかし、結局はこんなことになるなんて……。辛い思いをさせてすまない」

「お父さま、大丈夫です。パメラさんが守ってくれましたもの」

「ああ、そうだな。パメラとやら、礼を言わせておくれ。王子を相手に、あの堂々とした物言いをするとは、心底感服した。アルベルティーヌは素晴らしい友人を得たようだ」


 ハルベリー家のやたら顔が派手な親子から、キラキラとした目で見つめられ、パメラは引きつった笑みを浮かべる。


――これは口が裂けても『自分のために王子に喧嘩売った』なんて言えませんわ!


 このことは墓まで持っていこうと決意したパメラだった。特にこのことが彼女の父親に知られた場合、謹慎期間が延長しかねない。

 ハルベリー伯爵は軽く咳払いをした。


「しかし、今回の一件であの王子は自滅したも同然だ。お前にとっては良かったかもしれぬ」

「……ついに皆様の前で、殿下を弾劾するおつもりなのですね」

「ああ、それなりの処遇を要求するとしよう。これまでの恨みつらみ、徹底的に晴らしてやるつもりだ。この国のためと長年我慢しておったが、儂の可愛い一人娘をここまで愚弄した罪は重い」


 ハルベリー伯爵の薄い唇に冷笑が浮かぶ。しかし、眼が全く笑っていないので恐ろしい。パメラは、ロバートの行く末はあまり考えないことにした。

 やがて、ハルベリー伯爵が乗ってきたらしい豪奢な馬車がオンボロ屋敷の前に停車する。

 ハルベリー伯爵はさっと馬車に乗り込もうとして、アルベルティーヌに手を伸ばした。


「さあ、アルベルティーヌ。あの馬鹿王子のこともすぐに片が付くだろう。こんな田舎に用はない。帰るぞ」


 驚いた顔をしたダグラスが、パッと顔をあげた。


「閣下! そう急に帰ると言われましても、アルベルティーヌ様にも準備というものが……」

「構わん。この屋敷に何か必要なものがあれば、あとで人をよこせばよい。ダグラス・ナリー、お前も一緒に王都に帰還せよ。そなたのハルベリー家への忠誠、高く評価する。約束通り、次期騎士団長の座に推薦してやろう」

「今は、俺の出世の話なんてどうでもいいんです! 俺はただッ……」


 なおも言い募ろうとするダグラスの言葉に耳を傾けようとせず、ハルベリー伯爵はアルベルティーヌに目を向ける。早く来い、と言わんばかりの表情だ。

 まさかの急な展開に、パメラは慌てふためいた。


「ええっ、アルベルティーヌさん、本当に帰っちゃうんですの!!??」


 この国の王子相手に大見得まで切ったのに、このままではパメラはこの屋敷から追い出されてしまう。このままでは、パメラは再びあばら屋に逆戻りだ。

 涙目でアルベルティーヌを見つめるパメラに、アルベルティーヌはふっと微笑んで、優雅な足取りでハルベリー伯爵の前まで歩み寄る。


「お父さま、お願いがあるの」

「なんだ」

「わたくし、ロバート殿下の一件が完全に決着がつくまで、ここに身を寄せようと思っているわ」

「アルベルティーヌ! 本気で言ってるのか!?」


 ハルベリー伯爵は、眼を見開いた。「田舎に残りたい」と返されるとは、夢にも思ってもいなかったらしい。


「ああ、アルベルティーヌ。なにを言っているんだ。お前、この田舎暮らしでちょっと頭がおかしくなってしまったのか!?」

「若干おかしくなったのは認めますわ。最近のわたくしったら、野生のウサギをみたら反射で(よだれ)がでるんですのよ」

「なっ……」


 ハルベリー伯爵は娘の思わぬ告白に絶句した。アルベルティーヌは、にこやかに言葉をつなぐ。


「でもね、お父さま。……王都には確かに何もかもありましたわ。でも、自由だけなかった。ここは何もかもありませんけれど、自由だけはありますわ」


 アルベルティーヌはにっこりと微笑んだ。それは、アルベルティーヌが王宮で浮かべていた虚ろで華やかな冷笑ではなく、年相応の無邪気な微笑みだった。

 ハルベリー伯爵はややあって、低く唸った。


「そうか……。王子の一件のせいで、お前には長らく不便な思いをさせてしまった。だからこそ、お前が王都に戻ったあかつきには、お前が望むすべてを叶えてやりたいと儂は思っていたが……」

「わたくしが望むことは、ここに残ることですの」


 アルベルティーヌの眼はまっすぐで、その瞳の中には確固たる意志がきらめいている。

 ハルベリー伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をして、大きなため息をついた。眼には心配の色が浮かんでいる。それは間違いなく、大事な我が子の幸せを一心に願う父親の顔だった。

 長い沈黙のあと、ハルベリー伯爵はもう一度大きくため息をついた。


「……よろしい、許可しよう」

「お父さま! ありがとうございます!」

「まったく、ずいぶんここでの生活が気に入ったようだ。確かに、今のアルベルティーヌは見たこともないほど顔色もだいぶ良くなった。表情も明るい。……このままここにいたほうが、アルベルティーヌのためなのかもしれぬな」


 蚊帳の外で息を飲んでふたりのやり取りを見ていたパメラが、おそるおそる口を挟む。


「……じゃ、じゃあ、アルベルティーヌさんはこれからも、ここでの暮らしは続行と言うことでよろしいんですの!?」

「ああ、そうだ。パメラ嬢、娘をよろしく頼んだぞ」

「もちろんです! 喜んで頼まれますわ!」


 パメラは揉み手せんばかりの笑顔で頷いた。ダグラスも、ホッと胸をなで下ろす。

 ハルベリー伯爵はマントを翻し、踵を返した。


「もちろん、ずっとこんな田舎に大事な娘を置いておく気はない。王子の一件を片付ければ、アルベルティーヌにはすぐに王都に帰ってもらう。――それからアルベルティーヌや」

「なにかしら?」

「これはハルベリー伯爵としての命令だ。優秀な人材は、早いうちに捕まえておくように」


 優秀な人材たる当の本人(パメラ)は「何の話ですの……?」とポカンとしたものの、アルベルティーヌは晴れやかな笑顔で大きく手を振った。


「もちろん、その辺は抜かりなく、キッチリわたくしの手元に置いて一生こき使う気ですわ~~!」


 そう、アルベルティーヌもまた、なんだかんだで間違いなく悪役令嬢なのであった。


**


 こうして、一件落着し、引き続きサバイバル暮らし続行となった悪役令嬢ふたりは、今日もいつもの野原に立っていた。

 ふたりの縦ロールが、野を吹く風に揺れている。


「パメラさん。わたくし、とても良い友達がいて本当に幸せよ」


 目をすがめて野ウサギを探していたアルベルティーヌが、前ぶれなくぽつりと呟いた。パメラは真っ赤になる。


「か、勘違いしないでくださる!? この前の一件は、わたくしはあくまで自分の衣食住のためにやっただけですわよ!」

「ホホホ、お約束みたいな台詞ですわね。いわゆるツンデレってやつですわ」

「アルベルティーヌさんの口から俗っぽい言葉が出てくると違和感がありますわね……。でもまあ、そう言うことにしてあげても良くってよ」


 悪役令嬢ふたりは、お互いに見つめあって高笑いし、そして次の瞬間、目の端に映った野ウサギを揃って全力で追いかけ始めた。

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[良い点] とにかく、おもしろいですwww 洗う人、可哀想!のくだりで大爆笑させていただきました。 [一言] ツンデレ悪役令嬢っていいですね。美味しく頂きました。
[良い点] > さすが悪役令嬢、最後まで人の気持ちを逆なですることに余念がない。 ここ爆笑しましたww 完全に悪役令嬢の黒さを肯定したまま最後まで突っ走るのがスカッとします!
[良い点] かわいい〜〜〜!! 仲良しなふたりにニヤニヤしながら読みました! やはし仲良し女子は良い…( ˘ω˘ ) 洗濯と無敵の人…めっちゃ笑いましたwww
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