【短編】突然見知らぬ美少女が襲来しました ~どうやら彼女は俺の抱き枕に一年近く憑依していたらしいです~
高校入学を機に一人暮らしを始めた。
元々一人暮らししてみたいという気持ちはずっとあって、たまたまじいちゃんの持っているアパートが高校の近くにあったので、お願いして空き部屋の一つに入れてもらったのだ。
食費をはじめとする生活費は自分で稼ぐ必要があるのでそこそこ大変だが、一人で自由に使える空間を手に入れる代償と考えれば、それほど苦じゃない。
少しばかり、寂しさはあるけれど。
そう、寂しさ。
これが俺にとって一番の敵だった。
朝起きて、誰とも話すことなく部屋を出て、誰もいない部屋へと帰ってくる。
それを何日も繰り返すと、どうしても孤独という言葉が頭にこびりついて……そして、手を出した。
それは孤独を紛らわす禁断のアイテム――!!
抱き枕だ!!!!!!
断っておくと、キャラクターとかが描かれたタイプのものではなく、普通に通販とかで売ってる、無地でシンプルな抱き枕だ。
なんとなく好奇心で、タイムセールに合わせて買ってみた代物だけれど、これが中々に良かった。
いや、最高だった!!
何かを抱きしめて眠る感覚――いや、眠るときだけじゃなくてもいい。
温もりはなくとも、その柔らかな感触はなんかもう、すごくて!
抱き枕デビューから一年、気が付けば俺は色々な抱き枕を買い漁る抱き枕マニアとなっていたッ!!!
「とはいえ、やっぱりお前が最高だよ、一号~」
俺は初代抱き枕、通称"一号"を抱きしめつつベッドに寝転がる。
一号、二号、三号――というロボットにつけるような名前をつけているのは、必要以上に感情移入してしまわないようにつけたものだ。
でも、あまり効果はなかった。今更変えるのも変だから、そのままにしてるけれど。
特にこの一号。
タイムセールで買ったマイクロビーズの入ったちょっと変な形をした抱き枕は長いこと俺を支えてくれている。
ずっと使い倒してボロくもなっちゃってるけど、裁縫も勉強して、なんとか修理しながら使い続けている。
今ではもう、まるで自分の子どものような愛着を持っていて――へへへ、今日も一緒に寝るかぁ!
――ピンポーン。
「ん??」
インターホンが鳴らされ、思わず首を傾げる。
今はもう夜の12時。宅配便にしたって遅すぎるし、わざわざこんな時間に尋ねてくる知り合いはいない。
酔っ払いが間違って押したのだろうか? なんにせよ、わざわざ出るのは怖い――
――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
れ、連打!?
――ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンッ!!!
「どわわっ!?」
怒濤の連打ッ!!?
怒りの感情も伝わってくる
思わず一号を手から溢しつつ、俺は目を白黒させる。
でも一向にインターホンが止む気配はなくて、俺は恐る恐るドアへと向かう。
このボロアパートには、ドア越しに喋れる素敵な内線機能なんか無いのだ。ホンだから。フォンじゃないから。
(もしかしたら借金取りとか……!? いや、でもいくら借金取りも最初からこんな過激には来ないだろうし……?)
こういうのを多分正常性バイアスとかいうんだろう。
俺は恐怖に震える自分を落ち着かせるように、そんなことを考えつつ、思い切ってドアを開けた。
「こんな時間になんです……か……」
威勢は一瞬で削がれた。
ドアの向こうにたっていたのは酔っ払いでも借金取りでもなく……同い年くらいの女の子だったのだ。
それも、今まで見たことがないレベルの美少女だ。
彼女はインターホンのスイッチに伸ばしていた手をおろすと、じっと俺を睨みつけてきた。
明らかに怒り……とまでいかなくても、警戒はされている。なぜ?
「あの、どちら様——」
「貴方ね。その間抜けなツラ、間違いないわ」
口きたな……!?
清純派女子高生アイドルと言っても通りそうな見た目だが、今の彼女はとても好感度が稼げそうな表情をしていない。
まるで汚物を見るかのような失礼な感じで……しかし、これほどの反応をされる謂われなんかとてもないんだけど。
「まぁいいわ。お邪魔するわよ」
「えっ!? ちょっと!!」
止める間もなく、部屋へと侵入を許してしまう。
彼女はずかずか部屋を進むと、ベッドに横たわったままの一号を手に取った。
「あの、何やってんすか!?」
「ああ、自己紹介がまだだったわね」
「はい……?」
「私は高瀬苺。見ての通り、女子高生よ」
女子高生でも女子高生と自己紹介する人はなかなかいないと思う。
ただこの高瀬さん(?)は今、制服を着ているわけじゃないので、必要な情報かもとも思ったり。
「貴方は確か、蔵前大紀だったわね」
「どうして俺の名前を……!?」
「自分で言っていたから」
彼女は当然のようにそう言うと、なんと一号を腕に抱いてベッドに腰掛けた。
相変わらずの仏頂面のままで。
「あの、なんなんすか? いきなり来て……」
「しらばっくれるつもり? 私の名前を聞いてぴんときたんじゃないの?」
「はい?」
「散々抱きしめてくれたじゃない」
「へ?」
抱きしめたって……何を?
誰を!?
「何度も何度も、こっちの気持ちなんか無視して……! 『苺、大好き』とか、『気持ちいいよ、苺』とか! さんざん!!」
かあっと顔を真っ赤にし、高瀬さんが吠える。
いや、それは確かに言ったかもだけど……!?
「それは抱き枕で、なんであんたが出てくるんだ!?」
「だから私がこの抱き枕だからよ!」
「はあ!?」
「貴方だって知ってたんでしょう!? 私がこの抱き枕に憑依していたって……だからこっちが動けないのをいいことに、苺、苺って名前呼んで、弄んで……!」
「ちょっ!? 待ってくれ!!」
理解が追いつかない。
憑依って言ったのか、今!?
彼女が抱き枕に憑依してたって!?
そんな馬鹿げた話、とても信じられない……はずなんだけど、彼女の顔はとても真剣で、疑うのがばかばかしくなるくらい真剣だ。
「何から言っていいか分からないけど、一つだけ……! 俺が言ってたのは『苺』じゃない! 『一号』だ! 一号二号の一号!」
「いちごう……?」
「数字の一に、号令の号!」
「一号……!?」
かああっ! と、効果音が聞こえてきそうなほどに顔を赤くする高瀬さん。
どうやら理解してくれたみたいだ。憑依云々はよくわからないけど、俺は彼女に何か悪さをしてなんかないって——
「嘘よ! 今更そんな嘘……そんなの酷いわ!」
「何が!?」
「一年よ! 一年! 一年間もここに縛り付けられて、貴方だけの相手をさせられて……!」
成瀬さんの話はこうだ。
彼女の家はなんか、すごい名家らしい。
そして一昨年から遺産相続に関するお家騒動が勃発し、彼女もそれに巻き込まれ、なんと毒を盛られてしまったらしい!
彼女は一年弱眠り続けたらしい。
そして、その間、信じられない話だが、なぜか俺の抱き枕『一号』の中に意識や感覚があったという。
「ま、マジで……!?」
「マジよ。なんなら貴方がこの一年どんなことをやってたか言ってあげてもいいのよ?」
と言って彼女がつらつら上げ始めたものは——うっ! 聞くに耐えない俺のマジモンエピソードだっ!?
「す、ストップ! 分かったから!」
「改めて口にしても引く奇行の数々よね」
「仕方なかったんだ! 初めての一人暮らしで浮かれてたんだぁ!!」
断っておくと、法に触れたりとか他人に迷惑はかけてない。
いや、でも、抱き枕の中にいた彼女には迷惑かけてたんだよな……?
「ま、私は今更どうこう言ったりしないけど……」
「え?」
「なんでもないわよっ!」
また怒られた。聞こえなかったから聞き返しただけなのに。
「それで、成瀬さんはどうしてうちに来たんですか……? ま、まさか慰謝料をせびりに!?」
「そんなわけないでしょう。貴方がクソがつくほど貧乏なのはよく知ってるし」
「さ、さすがよくご存知でいらっしゃる……」
「そ・の・く・せ! 抱き枕を複数ご購入される余裕はあったみたいですけどぉ?」
「ひぃっ!?」
二号、三号のことか!?
「わた——けふんっ! 一号というものがありながら、浮気なんていい身分よねぇ?」
「浮気なんて大げさな……」
「とにかく、目的はこれよっ!」
彼女は相変わらず怒りながら、一号を見せてくる。
「私は一年弱もの間、貴方に抱かれたり放置されたりしながら過ごしてきたわけ! だから………………のよ」
「へ? ええと、小さすぎて聞こえなかったんですけど……?」
「だからっ! 普通に寝るとき落ち着かないのっ!!」
それはどこか“泣き”の混ざった悲痛な叫びであった。
「落ち着かない……?」
「だってずっと貴方と一緒に寝てたのよ!? いきなり1人になって、落ち着くはずないじゃない!!」
「俺には一緒に寝てた自覚ないんですけど……」
「だまらっしゃい!」
ぴしぃっと止められ、口をつぐむ。
「いい加減眠れない夜は疲れたの……だから、今日、一緒に寝なさい!!」
それはあまりに刺激的な提案、いや命令だった。
「勘違いしないで。なにもこれからも私を抱き枕にして~なんて、メンヘラみたいなことを言うつもりはないから」
「そ、そうなんすね……」
女の子を抱き枕にするなんて俺も落ち着かない。
いや、確かに役得だけど、経緯を考えればそう浮かれるのも不謹慎だし……。
なんたって、ついこの間まで毒を盛られて寝込んでいた子だ。
不憫に思うし、力になれるならなってあげたい。
「いやらしいことしないでよ?」
「し、しませんしっ!」
断っておくと俺は童貞だ。
彼女もいないし、親しい女子もいない。
クラスの女子と用事があれば話す程度だ。
つまり……これはめちゃくちゃ難易度が高い!
「言っておくけど、これは儀式みたいなものなの」
「儀式、すか」
「そう。私には不本意ながら貴方に抱き枕にされた感覚がこびりついてる。でも、それを実際に体験してみたら……そのあまりの不快感に、抱き締められてないと落ち着かないなんて感覚は消え去ると思うのよ。ショック療法というやつね」
なんかめちゃくちゃひどいこと言われてる気がする!
「だから、今晩だけは我慢するわ」
「へ、へい」
有無を言わせず、ガンガン進む彼女に、俺はただ頷くしかなかった。
そして少し時間が経って——
(ぐ……いい匂い……!!)
今、俺達は電気を消して真っ暗になった部屋で添い寝していた!
俺の目の前には口は悪いが外見は文句なしな美少女、成瀬苺さんが寝ている……こちらに背中を向けているけれど。
「ちょっと」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「抱き締めなさいよ」
「ひうっ……」
それはかなりツンケンした口調だったけれど、でも、強烈すぎる要求だった。
「私を抱き枕にするの。じゃないと意味ないでしょ」
「そ、そっすね……?」
「はやく」
一緒に寝るだけでも試練なのに、抱き締めるなんて……!?
と、固唾を飲む俺に、成瀬さんは猶予をくれず、はやくはやくと急かしてくる。
(ええい、ままよっ!)
俺はそんな漫画でしか聞かないような呪文を頭の中で唱えつつ、彼女の身体に手を回した。
そう、簡単な話だ。抱き枕みたいに抱き締めるだけ——
「んっ……」
(無理ィィィイイイッ!!!)
抱き締めた瞬間伝わってくる柔らかな感触、体温の温かさ、添い寝しているときより強力な香り、そして彼女の艶めかしい息遣い。
その全てが、俺の許容量を超していた!
ていうか、どうしてこんなことに……!?
「足りない……」
「へあっ!?」
「足りないって言ってるの! いつもこんなじゃないでしょ! もっと思いっきり、足だって絡ませなさいよ!」
要求が強すぎるッ!!
ていうか俺、抱き枕にもそんな乱暴してないと思うんですけど……?
「中途半端じゃ意味ないのよ……私は全力の貴方を受け止め、否定してみせる。そして、新しい本当の自分になるのよっ!!」
か、かっけぇ……!!!!!
何がと問われればはっきりと答えられないけれど、でも、彼女はとてもカッコよく見えた。
ごろん、と寝返りを打ちこちらを見てくる彼女の目は熱く、まるで炎が灯っているかのような錯覚さえ覚える。
そう、だよな。
それほどの決意……俺も全力で答えないと!
「分かったよ、成瀬さん。俺、全力で君を抱き締める!」
「——ッ!! う、うん……あ、その、呼び方は苺でいいわよ」
「分かった、苺さんっ!」
「さんもいらないから……いつもみたいに呼びなさいよね……?」
「お、おう。いつもは一号だけどね」
彼女は抱き枕。
目の前にあるのは慣れ親しんだ我が抱き枕、一号だ。
俺は自分に強くそう念じ、彼女を思い切り抱き締めた!
背中に手を回し、彼女の頭を俺の胸元に押し付けさせる。
少しでも接地面を増やすように、足同士を絡ませる。
熱い、熱い、熱い……!!
彼女の熱か、それとも俺の緊張によるものか……無性に熱く感じてしまう。
けれど……不快じゃない。むしろ心地いい。
一号よりも、ずっと、心地がよかった。
「呼んで……」
「……え?」
「名前、呼んで」
「…………苺」
喉がへばりついたと錯覚するくらい、その言葉を発するには緊張と勇気を要した。
たった一文字の変化。むしろ減ったのに、すごく特別に感じられて——
「おやすみ、苺」
「……うん、大紀」
抱き枕からは絶対に返ってこない俺への返事と、抱きしめ返してくる感触に包まれながら、俺はゆったりと微睡みの中に落ちていった。
——翌朝。
「私、理解したの」
「……苺さん?」
「私には貴方が必要だったんだわっ!」
青天の霹靂、といった感じで高らかに言う苺さん。
彼女はまだ俺の腕の中に収まったままだ。
というか、離してくれないのだ。彼女が。
「昨日は最高に気持ちよく眠れたの! それこそ抱き枕に憑依していたころよりもずっと……貴方の体温と私の体温が溶け合うような、そんな感覚があったわ……!」
「あの、俺を拒絶するために一緒に寝たんじゃ……?」
「そうだったかしら?」
それは認めたくないのか、あからさまに首を傾げる苺さん。
「というわけで、大紀。貴方は私の専属抱かれ枕に決定!」
「抱かれ枕!?」
「私が抱かれるんだから抱かれ枕でしょう? ああ、安心して。ちゃんと毎日一緒に眠れるように、隣の部屋に引っ越すから」
「ええっ!?」
「空き部屋なのはリサーチ済みよ」
彼女はそう言って、するりと俺の腕から抜け落ちる。
そして立ち上がり……一瞬名残惜しげに俺の胸元を見た後——
「勘違いしないで! 私は貴方を抱かれ枕として評価しているだけだからっ! 私の身だけでなく……また心を落としたいなら、せいぜい前みたいに愛を囁き続けることねっ!!」
そうびしっと俺を指差して言い捨て、部屋から逃げるように出て行った。
「身だけでなくって、身はもう落ちてるのかよ」
変に正直(?)な言い方につい苦笑しつつ、俺も起き上がる。
そして——
「……また?」
一瞬スルーしかけたその言葉に気づき、顔を熱くするのだった。
設定を思いつき、珍しく書き上げました。
続きの構想は…………………ないです。
でも思いつきなキャラ設定は書き散らしたいので、折角だし書き散らします!
・蔵前大紀
抱き枕のアナグラムに家を追加されただけの抱き枕好き。
一号、二号、三号のみっつの抱き枕をその日の気分にあわせてローテーションさせてるよ。
・高瀬苺
通称、一号。
お金持ちの娘でお金をいっぱい持ってる。
毒を飲まされ一年弱眠っていたが、その間抱き枕一号に憑依していた。
寝たきりだったせいで起きた直後は上手く体が動かせなかったが、愛の力(重要)でリハビリをすぐ終え、大紀の家を訪れたんだって。
・児子里奈
名前だけ存在する。
・平野珊瑚
名前だけ存在する……が二人! 来るぞ遊馬!
ちなみに名前からも分かるとおり一号の対となる存在なんだって。
・遊馬
こない。
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