第七話 楽な時代
あれから夕食を済ませた樋口達はお風呂が沸くまでの間、各自好きな事をしていて過ごしていた。
菅野達はおじいちゃんの書斎部屋だった部屋から本棚から本を取って来て静かに読んでいる。樋口は夕食で使った食器を洗ったりしている
菅野達は手伝うと言ってくれたが、栞は初日だし疲れているからゆっくりしていてくれと断りを入れていた。
すると、ピーっとお風呂が沸いたとアナウスの声が部屋全体に響き渡った。
「お風呂が沸いたので誰かが入って下さい」
「え!? もうお風呂が沸いたのか? いつの間に薪を割って沸かしたんだ!?」
「いえ…給湯器と言って、水道管、ガス管、電源線が接続されている器具を使ってお風呂を沸かしてるんですよ」
最初は菅野が入る事になったのでタンスからお父さんとおじいちゃんが使っていた浴衣や甚平と人数分の下着を出し、その甚平と下着を一着ずつ菅野に渡す。
「はい。菅野さんの着替えはこれです」
「おう、悪いな」
「じゃあ、使い方を教えますので付いて来て下さい」
浴槽室の扉を開けてシャワーやシャンプーなどの使い方を教えた
「これは体洗いタオルで、濡らして石鹸でこすって体を洗ってください。シャンプー…えっーと…髪洗いの液体が入っていてこれはポンプという名前で、これを下に押すと出てくるので、これで髪洗ってくださいね」
「これって髪洗い粉なのか?」
「はい。今私が使っているシャンプーは戦後に出てきたんです。最初は粉末だったんですが、液体に変わりましたし、シャンプーをする頻度も月に一、二回から毎日に変わったんです。」
今は美容モノ(美髪コンセプトしたシャンプー)もある。
「まぁ、説明はこんなものかな。何かあったら呼んでください」
「何から何まで悪いな」
「いえいえ。ごゆっくり~」
そう言うとバスタオルを用意し、食器洗いがあるので脱衣所を離れた。
洗い終えると、皆がいる居間に行き畳の上に腰かけた樋口に鴛淵は疑問をぶつけた。
「なぁ、栞ちゃん。今でも”もらい湯”とかあるのか?」
「もらい湯…ですか?」
「嗚呼。俺らの故郷はもうこの時間帯になると、近所の人達がやって来てよその家に風呂を貰いに行くんだが」
「俺ん所ももらい湯だったなぁ。昔、近所に離れに風呂があったりとかしてな」
「うーん…今は流石にもらい湯とかはありませんが、銭湯とかは今でもありますよ。今は風呂付き住宅が普及して、借家でもアパート…長屋とか旅館の客室にも必ず風呂がちゃんと設置されているんですよ。
それに、私達日本人はほぼ毎日風呂にも入っていて洗髪も毎日してますから」
「へぇー…なんか、もらい湯がないなんてちょっと淋しいな」と武藤は言った
(まぁ、私達はこれが当たり前だったとしてもこの人達はちょっと違和感があるんだろな~)
「おーい。上がったぞー」居間の襖を開けたのは首にタオルをぶら下げ、甚平姿になった菅野だった
「どうでしたか? 熱くなかったですか?」
「いや、丁度いい温度だったぜ。松山にいた時、隊を抜け出して温泉旅館に行って入った温泉を思い出すな」
「懐かしいですね~。よく抜け出して行きましたね! けど直ぐに見つかって、怒られましたけど」と杉田は菅野に向かって言った
「じゃあ、私が入りますね」と畳の上に置いてある浴衣と下着一式持って風呂場に向かって居間を出た
*
あれから林さんが風呂場に向かい、鴛淵、杉田、武藤の順に風呂に入っていった
樋口は最後に入り、いつも着ているパジャマに着替えバスタオルで髪の毛を拭きながら菅野達がいる居間に戻った。
「お待たせしました。今、布団敷きますね」
「おぉ…って何、その恰好?」と杉田の言葉に皆さんが栞の恰好を凝視した
「嗚呼、これ寝間着です。」
そう言うと納得してくれたみたいだ
「実は、空き部屋は居間の隣にある大部屋の一つしかなくて…すみません。」
「大丈夫だよ! 俺達は一緒の部屋で構わないよ」
『自分達がやるよ』と菅野達は自分達が使用する掛け布団と敷布団、枕を畳の上に敷いた
「懐かしいな~、こうやって布団を並べて一緒に寝るなんて兵学校の時以来か?」
「かもな」
「じゃあ、私は隣の部屋に眠りますので」と部屋を出ようとしたら、菅野にガシッと腕を掴まれた
「えっと…何か…??」
(何か気に障る事でも言っちゃったのか?? いや、でも菅野さんは普通通りだったし…)
「なぁ、栞。その菅野さんって言うの止めない? 俺らは栞って言ってるし、年下だから気を遣ってると思うけど俺らの事も名前でいいよ」
優しい声音で言ってくれため、私は厚意に甘えた
「じゃあ、直さん」
「よしっ!」
菅野は子供みたいに無邪気な笑顔で樋口の頭をガシガシと撫でた
「俺も孝で!」
「俺は何でもいいよ」
「私は何でもいいですよ」
「俺は皆から”杉さん”って呼ばれてたから”杉さん”でいいぞ」
「じゃあ…孝さんに喜重さん、杉さんは”庄さん”で武藤さんは”かねさん”」
「かねさんかぁ…何かそう呼ばれた事ないからちょっと嬉しいな」
「庄さん…いいね!」
四人はとても嬉しそうな顔をした。
今まで女性との接点があまり無かったからか、親しみを込めた名前やあだ名などで呼ばれるのはそう無かったのだろう。
「じゃあ、また明日。おやすみなさい」
そう樋口が言うと『おやすみ』と返してくれた。襖を閉めると、隣にある自室に入り布団を敷くと電気を消し布団に潜り、今日起こった出来事を振り返る。
今日は非日常的な事が起き、家族が一気に五人も増えた。
これからどのような生活になるのか期待や不安もある。第二次世界大戦で活躍した大日本帝国の軍人…それも撃墜王とも呼ばれた人達と仲良くやっていけるのか心配なのだ
理由は簡単。時代のギャップや価値観が違うからだ
でも…これからの生活がちょっと楽しみで仕方がなかった。
そう考えると、樋口は目を閉じた。