凡人学生のはじめてのおつかい
大学が終わると廉は古書店への道を歩いていた。
4限終わりに同じ学科の友達である郁人からダーツに行こうと誘われたが、泣く泣く断り古書店へと向かっているのであった。
泣く泣くというのは別に郁人に対しての表現ではない。郁人は大学に入って初めてできた大切な友人であるため、もちろん誘いを断るのは残念であったが、廉がそれ以上に残念がっているのはダーツに行くメンバーの中に冴島アイラの名前があったからである。
冴島アイラといえば大学1の美少女だ。イギリスと日本のハーフである彼女はスラッとしたスタイルに、グリーンの大きな瞳、艶やかな栗色のロングヘアーが印象的な廉と同い年の女の子である。
異性からの人気はもちろん同性からの人気も絶大で、入学当初から大学の中ではちょっとした有名人として扱われていた。
しかし本人は周りからの熱い視線に対して全くと言っていい程興味がないらしく、比較的塩対応な性格で知られている。その性格ゆえ、あまり人付き合いが良いタイプではないのであるが、廉がバイトの今日に限って、郁人たちとダーツに行くというのである。なんというタイミングの悪さであろう。
「あーもーせっかくあの冴島さんと近づけるチャンスだったのに!本の整理でこの悲しみを昇華させなければ」
そう呟くと廉は古書店への道のりを急いだ。
住宅街の通りを抜けると古書店の前の横断歩道に差し掛かる。
どうやら今日はティータイムをしていないらしい。土曜日までは置いてあったテーブルや椅子も綺麗になくなっていた。
冬夜が一人で片付けたところを想像すると妙におかしさがこみ上げてきたが、面倒ごとを頼まれずに済んだことに感謝し、廉は古書店へ入った。
「お!子鹿くん!待ってたよー」
店に入ると満面の笑みでこちらに大きく手を振る冬夜が見えた。
何か調べ物でもしていたのか、机にはパソコンに資料の山、本、そしてコーヒーが置かれている。どうやら今日は日本文学の気分ではないらしく、冬夜はこの前の様な着物姿ではなかった。
「おつかれ様です」
廉がぺこりと頭をさげると冬夜もお疲れ様と言いながら微笑んだ。
この人あんまり喋らなければイケメンなのになぁ。そんなことを考えつつ、廉は荷物を置くとエプロンを身につける。シンプルな深緑色のエプロンは、まさに書店の店員という感じがしてちょっとだけ廉は気に入っていた。
身支度も済み、本の整理に取り掛かろうとしたところで冬夜は廉に声をかける。
「実は今日は本の整理以外に頼みたいことがあるんだけど、いいかな」
何だろう、そうと思いながら冬夜の方に体を向けると、冬夜は書類の山に埋もれていたA4サイズの大きめな封筒を取り出しをれをこちら側に差し出してきた。封筒を探し出すに当たって書類の山は雪崩のごとく見事に机の上に崩れ落ちたが、冬夜は全く気にしていないようだ。
「これを僕の知人に渡して欲しいんだ。本当は今日ここに取りに来るはずだったんだけど、なかなか忙しい人でね。急遽入った仕事に向かうまでの道のりで渡してほしいと言われてしまって」
「良いですよ。俺渡してきます」
いくらこの店が閑古鳥が鳴いている状態であると言っても、自分が一人で店番をするよりはまだお使いを頼まれた方が良いだろうと廉は思った。
廉の返事にお礼を言うと、冬夜は崩れた書類の山には目もくれずコーヒーに手をかけた。
「場所は隣町なんだけど、詳しい地図はデータで送るね。それと、受取人はこの女の人」
そう言うと冬夜はパソコンの画面をくるりとこちら側に回し一枚の写真を見せた。
写真に写っていたのは黒髪の女性だ。切れ長の瞳にロングのストレートヘアはまさにクールビューティーといった感じだ。この写真一枚を見てもいかにも仕事ができそうな雰囲気が伝わってくるため、次の仕事までの道のりで受け渡しというのも妙に納得がいった。
「確かにバリバリのキャリアウーマンって感じですね」
「うーんキャリアウーマンっていうよりはもっとこう、荒々しいというかなんていうか⋯⋯。まあ会ってみたらわかるよ」
荒々しいという言葉が気になったものの、廉は手に持った封筒をリュックにしまった。
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「本当にここで合ってるのか⋯⋯?」
周りをキョロキョロと見渡しながら心配そうな廉は声で独り言を呟いていた。
「モクテキチニトウチャクシマシタ」
その声に反応したのかヴェールが答える。
あまりヴェールを活用しない廉であったが、道案内に関してはいちいちスマホで確認するよりも、ヴェールで確認した方が手軽で便利なため、ヴェールに道案内をしてもらっていた。
廉が今いる場所は隣町の駅から15分程歩いた廃墟ビルが立ち並ぶひっそりとした通りだった。
まだ完全に陽は落ちてはいないものの、徐々に薄暗くなっていく空がより一層この通りの怪しさを際立たせている。チンピラやヤクザが裏取引をするにはぴったりという様な雰囲気だ。
こんな場所を指定してくるなんて、もしかするとこの依頼も何か怪しい取引なのではないか。ふと頭の中にそんな考えがよぎる。
一度疑念を抱くと、廉の頭の中にはどんどん疑いが膨らんでいった。
そもそもこの封筒の中身は何なんだろう。冬夜からは何も聞かされていない。もちろん中身を開けて確認する訳にはいかないが、わざわざ手渡しで渡さなければいけないほど重要なものだと考えると、怪しさは増してくる。それに加えて受け渡す相手があのクールな美女というのも、訳ありな雰囲気を更に助長させていた。
待ち合わせの時間まであと3分だ。
冬夜はため息をつくとヴェールで時間を確認する。
すると、廉の後方から男たちの声と足音が聞こえてきた。聞こえてくる話し声から察するに、3人はいそうな気配である。
とっさに廉が振り向くと、一瞬その男たちと目が合ってしまう。
振り向いた矢先、目に飛び込んできたのは先ほど廉が想像していた様な、ここにいるのがぴったりな雰囲気の連中であった。
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