期待の新人
廉が自宅へ帰ってから約30分程経った午後11時半過ぎ、リロイは冬夜の家を訪れていた。
カウンターには開けたばかりと思われる赤ワインのボトルが置かれている。
「派多部グループのNo.2、城ノ島ね⋯⋯」
ワイングラスをくるくると回しながら、冬夜はリロイが撮影した写真を確認していた。時折目を細めながら、真剣な表情でその写真を観察している。
写真にはいかにも怪しい雰囲気の男数人と派多部グループのNo.2、城ノ島正が写っていた。
「で、こっちが中国マフィアの連中か⋯⋯」
呟きながら冬夜はスマホに映し出された写真をスライドしていく。
「正直ここが繋がっていること自体は何の驚きもないが、問題は何の取引だったか、だな。冬夜、心あたりは?」
「ないこともないけど、可能性程度、だね」
少し考えながら言う冬夜を見てリロイは無言で頷いた。
「凛子ちゃんがいればもう少し追えるんだけどなー。」
「そういえば凛子はいつこっちに戻るんだ?」
「明日の夜の便で帰国だってさー。こういう裏稼業的な仕事はやっぱり天才ハッカーちゃんが不可欠だよね。まー彼女には色々お世話になってるから、優しいボスとしては2週間の休暇もどーんと与えちゃうわけだけど。いやそれにしてもほんと僕って理想の上司だよね。上司にしたい男No.1って感じ。リロイもそう思うでしょ? でしょ?」
「早くあの子に写真を送らないのか?」
いつもの様に弾丸のごとく喋り続ける冬夜を華麗にスルーしながら、落ち着いた表情でリロイは尋ねる。
冬夜のペースに巻き込まれずに会話を続けられるのはリロイの特技である。
リロイ、本名冴島リロイ。日本人の母とイギリス人の父を持つハーフであり、年齢は冬夜と同い年だ。
端正な顔に抜群のスタイルの良さはまるでモデルの様であるが、万屋業とは別に趣味で小さなバーを営んでおり、度々冬夜や他の万屋メンバーたちもそこで晩酌を楽しんでいるのであった。
落ち着いた雰囲気と何でもこなす器用さから、頼れるお兄さん的存在として万屋メンバーからは慕われている。
「いや、派多部竜司本人が写っているなら渡しても良かったんだけど、この材料だとあの子にはちょっと手に余ると見たね」
その言葉にリロイは少し考えると、いつも通りの落ち着いた声で答えた。
「確かにこの程度の証拠じゃ派多部本人は城ノ島に罪を被せて逃げ切れる、か」
「せいかーい!まあ僕は別に派多部を捕まえることに躍起になってる訳じゃないけど、下手なことをされるよりは、僕らの間にとどめておいた方が良さそうだからね。澪理ちゃんにはちょうど連中を発見した頃にはもう解散する間際で、写真は撮影できなかったってことにしておくよ」
ひらひらと手を振りながら冬夜はスマホをリロイに返した。
急遽バーを休業日にし冬夜に手を貸したリロイにとって、冬夜のその判断は自分の行動が無駄になることを意味していたが、リロイ自身冬夜に文句を言うつもりはなかった。
リロイはゆっくりとワインを口に含む。
普段はヘラヘラとしており大人としてどうなのかという言動も多い冬夜ではあるが、この仕事における判断能力に関しては、リロイは冬夜に完全なる信頼を寄せていた。
仕事柄危険な依頼も少なくはないが、どれも最終的には問題なく任務を遂行しているのは冬夜のおかげであると言っても過言ではないとリロイは思っている。
「でも澪理ちゃん凹むだろうなー。今日は別の捜査で自分は現場に行けないけど、何としても尻尾をつかみたいんです!って必死だったし。男としては可憐な乙女の願いを叶えてあげたい気もあるんだけどなあ」
残念そうにため息をつく冬夜。
「なんで彼女はそんなに必死なんだ?」
「ん?あーほら澪理ちゃんって刑事局長の娘でしょ。だから裏で色々言われるらしいんだよね。親のコネで警察に入れてもらったんだろーとか、バックに局長がついてるやつはいいよなーとか。ほんといい大人がやんなっちゃうよね」
「そういうやつらを見返すために、手柄をあげたいってことか」
なるほど、いつの時代も権力者の親族というのは大変だな、とリロイは思った。
「そういえば、昨日言ってたアルバイトの子はどうだった?」
キッチンに置いてあるピザの空箱を見て、リロイはふと思い出した様に切り出す。
すると冬夜はどこか上機嫌な様子で自分のグラスにワインを注いだ。
「いい子だったよ。店もどんどん綺麗に片付けてくれるし。働き者な若者はいいよねー」
若者万歳、と言って冬夜はワインを飲む。このワインが気に入ったのか、冬夜は随分と早いペースでワインを飲んでいた。
「うちにもそろそろもう一人くらい欲しいところだけどな」
万屋ZEROは現在4人体制である。
ボスである冬夜にリロイ、リョウ、そして現在休暇中の凛子の4人だ。凛子はハッカーであり、現場での稼働はほぼないに等しいので、実際依頼の遂行は3人で回しているのだった。
それでも今まではなんとか回っていたものの、今年に入って依頼は増加傾向にあった。もちろん依頼の内容を精査して引き受けてはいるものの、タイミングによっては依頼内容に問題はなくとも断るケースも出てきている。その度にリロイは申し訳ない気持ちになっていたのだった。
「んーそれなんだけどね、僕も何も考えていなかった訳じゃないんだ」
予想外の言葉にリロイはパッと冬夜の顔を見る。
大抵、事務作業や人事などの手間のかかる作業はリロイ任せとなっていたからだ。
リョウは冬夜の後輩の友人からの紹介で仲間に入ったが、ハッカーである凛子を探し当てたのはリロイである。最近も、冬夜から誰かいい人材がいないか探しておいてと頼まれていたところだ。
「誰かいい人材が見つかったのか?」
珍しく、少し興奮気味にリロイが尋ねると、冬夜はニヤリとしながら呟いた。
「バイトの子鹿くんを引き込もうと思ってね」
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