財閥令嬢の市場調査
「これが今話題のマニフィックホテルのアフタヌーンティーか⋯⋯」
リョウの目の前に座る女性、大帝碧は目の前に並んだアフタヌーンティーをまじまじと見つめながら呟く。
近頃女性の間ではこのマニフィックホテルのアフタヌーンティーが流行っていた。
マニフィックホテルと言えば世界屈指の高級ホテルの一つで、その高価格な宿泊費から若者が簡単に宿泊できるホテルではない。もちろんアフタヌーンティーも他とは比べ物にならない価格であったが、それでも宿泊するよりは安いということで自分へのご褒美として利用する客が多いのであった。その人気は恐ろしいもので、なんと予約は10ヶ月待ちなのだという。
「アンティークさはあるけどスタイリッシュで、小さい頃うちで食べていたものとは雰囲気がまるで違うなぁ」
確かに目の前にあるアフタヌーンティーは黒を基調としたケーキスタンドに落ち着いた色味で統一されたスイーツやサンドウィッチが並んでいる。
「そうそう、このスタイリッシュな感じがハイセンスで良いよね。でも人気の秘密はそれだけじゃないんだな」
リョウは少しもったいぶってそう言うと、興奮気味に続けた。
「このスイーツやサンドウィッチの一つ一つに各地から取り寄せた高級食材が使われてるんだよねー!例えばこのチーズケーキは白トリュフがふんだんに使われてるし、このショートケーキの苺は一粒2万超えの苺なんだから」
リョウの力のこもった説明に、なるほどと相槌を打ちながら碧は紅茶に手を伸ばす。
リョウと碧は大学の先輩後輩の関係だ。そしてリョウにとって碧は数少ない友人の一人である。
「なるほどねー。それにしてもこの価格帯なのに予約が10ヶ月待ちとはすごいな。しかも客のほとんどは20代前半だっていうし⋯⋯」
落ち着きながら紅茶を飲む碧を見ると、リョウは少しムッとした様な表情をする。
「もー碧ちゃんもっと驚いてよー。⋯⋯って言っても大帝財閥の跡取り娘じゃ高級食材を使った料理なんて普通か」
「いや、アフタヌーンティーで白トリュフやら一粒2万円もする苺やらが出て来た記憶はないよ」
大帝碧は日本で最も有名な財閥、大帝財閥の一人娘である。
財閥令嬢と言えば、厳しい教育のもと育てられたお嬢様というイメージであるが、比較的自由主義な両親に育てられたため、彼女もまた典型的なお嬢様というイメージとは少し違っていた。
白いシャツにジーンズ、足元こそ高級ブランドのヒールを履いてはいるものの、名家のお嬢様というよりはこざっぱりとした女性という感じであった。
「でもまあマニフィックホテルのアフタヌーンティーなんて滅多に食べられないし、特別に取り寄せてくれた大帝家のパワーに感謝しますか」
いただきまーす、と目の前で手を合わせるとリョウは上機嫌でケーキを皿に盛る。
「私もなかなか若い女の子の流行りとかには疎いからさ。リョウがいてくれると勉強になるよ」
碧も自分の皿にケーキをいくつか取ると、食べ始めた。
碧は父から建設会社を受け継いでおり、25歳にして大企業の最高経営責任者という地位に付いている。しかしこれからは若者をターゲットにした新たな会社を設立するつもりでいる様で、それに関する市場調査としてリョウは度々若者の流行りについて碧にレクチャーをしていた。
25歳女性という肩書きだけを見れば、それこそいち早く流行を取り入れる年頃でありそうなものの、彼女にとって今時の流行というジャンルはなかなか得意ではなかった。
「高級ホテルと言えば、アンダーソンホテルが派多部グループに買収されるって噂、本当?」
白トリュフ入りのチーズケーキを食べながら、リョウが尋ねる。
「あー、あれね。どうやら本当みたいよ。事業拡大の一環として、今度はサービス業にも力を入れ始めるって話みたい」
派多部グループとはここ数年の間にITの分野で急成長を遂げた企業である。
派多部グループが急成長を遂げた最大の理由はスマートウォッチ、ヴェールの開発だ。もともとIT関連会社としてそこそこの実績はあったが、まさか派多部グループが生み出したスマートウォッチ、ヴェールの装着が国民の義務となるとは誰も予想していなかった。政府のあまりの急な決定に、当時マスコミや国民の間では政府と派多部グループの癒着の話題で持ちきりだったくらいである。
それをきっかけに、派多部グループ、正確に言えば派多部グループのトップ、派多部竜司には度々良くない噂が立っていた。
政府との癒着疑惑に始まり、ワンマン且つブラックな組織体質、犯罪組織との関わり。
最近では東京で暗躍している中国マフィアとの関係も噂されている。東京で幅を利かせている鶴賀田組を潰すべく、密かに中国マフィアの活動に力を貸しているというのである。
もっとも、どの噂も噂の域を出るものはない。
派多部竜司という男を真っ白でクリーンな人間だ、と言い表すのは限りなく的外れであるものの、彼自身の強気な発言の数々や、所謂成金であることなどから、良からぬ噂を立てられやすい立場であるというのも事実である。
「ショックだわー。アンダーソンホテルのあの老舗ならではの格式の高さ、上品さが汚される気しかしない」
はぁっと大げさにため息をつき、ふてぶてしく文句を言うリョウ。
アンダーソンホテルはリョウのお気に入りのホテルの一つであった。
リョウは月に一度、自分へのご褒美としてホテルステイを楽しんでいる。中でもアンダーソンホテルが醸し出す、老舗ならではの品のある佇まいは、お一人様の優雅な休日にぴったりな雰囲気であると感じていた。
「こらこら、日本を代表する財閥令嬢の前で企業の悪口言わないでくれない?どこで情報が漏れるかわからないんだから」
おどけながらそう言うと、碧は再びティーカップを手に取る。
「でも碧ちゃんも好きじゃないくせに」
碧は苦笑いをすると紅茶をフーッと冷ましながら声を潜めて呟いた。
「ま、仲良くするのはちょーっと難しそうかな」