ZERO
如月冬夜、28歳独身。職業古書店Drowse店長
兼
万屋ZEROオーナー。
「というわけでさぁリロイ。明日やっと店が片付きそうなんだよー」
「それは良い」
「だから今日はお祝いでバローロでも開けちゃおっかなー」
「冬夜、赤は悪酔いするだろ。明日に響くいたら困るんじゃないのか」
リロイと呼ばれた男は代わりにロックのウイスキーを差し出す。
「つれないねぇ。そもそも明日に響いたとしても、バイトを雇ったんだから全く問題ないっていうのに」
リロイは全然分かってないね、と言いながら冬夜は首を横にふる。
都内某所。路地裏にひっそりと佇むバーに冬夜はいた。
ゆったりとしたジャズが流れる店はまさに大人な雰囲気を醸し出している。
「冬夜の下で働くなんて、そのバイトの子に同情するよ」
はぁっとため息をつきながらリロイはウイスキーのボトルを元の場所に戻した。
「君も僕の部下だけどね。あ、自分と重ねちゃったりした?」
ニヤニヤとしながら冬夜はグラスに手をかける。
すると奥の席に座っていた細身の男が呆れた様な声をあげる。
「ほんとに冬夜は素行を改めた方が良いよ。冬夜のおかげで僕らがどれだけ被害を被っているか」
色白で冬夜以上に中性的な顔立ちをしたその男は空になったグラスを手にカウンターまで歩いてきた。
「ハーブティーってある? トマトジュース飲んだら体が冷えちゃって」
「確かカモミールなら⋯⋯あ、あったあった」
じゃあそれで、と言うと男は冬夜の隣の席に腰掛けた。
「ここ、バーなんですけどリョウくん」
冬夜が笑顔でそう言うとリョウと呼ばれた男はあからさまに不機嫌そうな声を出す。
「うわ、今時アルハラ? これだから嫌なんだよね、年増の男って」
「年増は女のことを指すんですー」
「そんなのどっちでも良いし! それより昨日急に依頼変わった分、ちゃんとプラスして振り込んどいてよ。昨日は一日美容デーのはずだったのに。しかも金持ちマダムの犬の散歩って」
「ごめんごめん。20%上乗せして振り込むからそんなに怒らないでって!それで何か言ってた?犬」
「奥さんがホストと浮気し始めてから全然自分には構ってくれなくなったってブツブツ話してた」
リョウが呆れたように呟く横で冬夜は面白そうに笑っている。
「あー動物の言葉がわかるってほんと面白いよねー。リョウくん天才」
少し酔いが回ったのかハイテンションでリョウの背中を叩く冬夜。
「それで、冬夜は昨日どこへ?」
ティーセットを用意しながらリロイが尋ねる。
「ちょっと面白いネタが入ってね⋯⋯」
ニヤリと笑うと冬夜は頬杖をついて話し始めた。
「ここ半年くらいの間で、資産家一家を狙った誘拐殺人が頻繁に起こってるのは知ってるよね」
「あぁ⋯⋯ヴェールの遺産相続システムを利用するために両親を殺害し、幼い子供を誘拐するとかいうアレか」
「そう、そのアレ」
ヴェールの遺産相続システムを利用した誘拐殺人はここ半年の間でコンスタントに発生していた。資産家である両親を殺害されれば大抵、その資産は子供に移動する。その子供にヴェールを操作させ、資金を巻き上げるのがこの犯罪のスタイルである。
資産を得るためであれば、両親の殺害と子供にヴェールを操作させることだけでことは完結するのだが、ほとんどのケースが子供は誘拐され、そのまま行方不明となっているのだった。
「でもそろそろ資産の送り先とか追跡できても良さそうだけどねー。事件の裏に凄腕ハッカーあり、みたいな特集よく見かけるけどさぁ」
興味があるのかないのか分からない様なトーンでリョウは呟く。
するとそれを聞いた冬夜は指をパチンっと鳴らし楽しげに話し始めた。
「実はその凄腕ハッカーの情報が手に入ったんだ。それで昨日はそいつが拠点にしている、いやそいつらが拠点にしているっていうビルを漁りに行ったってわけ」
「え! 結果は結果は?」
どうやらこの話題に興味があったのか、リョウは目をキラキラさせながら冬夜に催促する。
「残念、もぬけの殻でしたー」
それを聞くとリョウはガックリした表情であーつまんないの、と呟いた。
「だけど冬夜、それにしては楽しそうじゃないか」
準備したティーセットをリョウの前に置くとリロイは冬夜の方に顔を向ける。いつの間にか自分の手元に用意した白ワインを飲みながらリロイは冬夜の返事を待っている。
「もぬけの殻だったけどね、確かに最近まで誰かがいた形跡があった。床の日焼け具合からして机が5つ。それだけじゃハッカー集団の正確な人数はわからないけど、複数人っていうのは間違い無いだろうね。それと⋯⋯」
冬夜はパンツの後ろポケットに手を入れると中から何かを取り出しリロイの目の前に差し出した。
「パール、か⋯⋯」
リロイの言葉に頷くと、冬夜は自分の顔の前で手をゆっくり動かしながらまじまじとそのパールを観察し始める。
リロイも顎に手を当てながらそのパールをじっと見つめていた。
「で、それがどうしたの?」
リョウは全然意味わかんない、とでも言いたげな顔で冬夜の顔を覗き込む。
すると冬夜は急に真面目な顔をしてリョウに向かい合う。
「こんなのが現場に落ちてるってことは、ハッカー集団に少なくとも一人はパールの似合う美人なお姉さんが混ざっている可能性が高いってことだよ。昼は美人秘書、夜は裏社会で暗躍するハッカー集団の一味! みたいなさぁ、もうたまらないね。男のロマンだね」
冬夜はそう言うとうっとりした表情で再びパールを見つめ始めた。酔いが回ったのか、それとも余程上機嫌なのか、鼻歌まで歌っている。
「まあそんなことだろうとは思ったけど」
ククっと笑うとリロイは今飲んでいるワインのボトルを掴み、エチケットを眺め始める。どうやらこのワインを気に入ったらしい。
一方リョウは返ってきた言葉に嫌気がさしたのか、冷めた目つきでジロリと冬夜を見ると大きなため息をついた。