心変わり
金曜日、学校が終わると廉は数日ぶりに古書店へ向かっていた。
ストーカー事件以来初めての出勤だ。冬夜とはあの日の電話以降話しをしていなく、チャットで次の出勤連絡をしただけであった。
なんだか気まずい⋯⋯。
廉は歩きながら冬夜の言葉を思い出す。リロイのようにはっきりと怒っていたわけではないが、冬夜の声はどこか言葉に鋭さがあるような、そんな印象だった。
どうせならはっきり怒ってくれれば良かったのに、とも思ったが、いつもヘラヘラとしている冬夜が怒る姿はあまり想像がつかなかった。
そうこう考えいているうちに、店の前に着く。
廉は小さく息を吐くと、意を決して古書店に入った。
「あ、子鹿君、元気だっ」
「すみませんでした!」
冬夜の言葉に被せるように、廉は冬夜に向かって謝罪をする。
廉はこの数日間、あの日電話越しに冬夜に言われたことを気にかけていた。もちろん廉だって故意に約束を破ろうとした訳ではない。リロイを守るための咄嗟の行動だったのだから。
しかしリロイに言われた通り、何の考えもなしに突っ込むことで最悪2人とも死んでいた可能性もあった。あの時はわからなかったが、冬夜の言っていた身の危険を感じたら逃げろ、と言う助言にはきっとそういう意味も含まれていたのだろう。それを理解できていなかったことに、廉は申し訳なさを感じていた。
「え、どうしたの? 何の謝罪?」
冬夜は目を丸くしながら廉を見ている。廉の謝罪の意味が全くわかっていない様子だ。
「張り込みの時に余計なことをしちゃったので⋯⋯」
廉は気まずそうに冬夜を見ながら答える。
すると冬夜は、なるほどというように指を立て頷いた。
「子鹿君、ちょっとこっち」
そう言うと冬夜はカウンターの内側にある丸椅子を指差す。
言われるがままに廉はカウンターの内側に入ると、椅子に腰を下ろした。
「子鹿君、確かにあの日僕は怒っていた。しかしね、思い直したわけだよ。君はどうやら自分の身を顧みず他人を守ろうとする傾向がある。もちろん上司としては君に危険な目には遭って欲しくない。しかしそういった行動というのは誰にでも出来るものではないのも確かだ」
廉は冬夜の話ぶりに圧倒されながらもゆっくりと頷く。
「つまり、それは子鹿君の才能であると思うんだよ。だからね、これから子鹿君はその時の自分が最善だと思う行動を取れば良い。もちろん判断ミスで仲間に被害が及ばぬよう仕事には慣れてもらう必要があるけれど」
冬夜はニコリと笑う。
穏やかな口調で並べられた言葉は、一見廉を褒めているかのようであった。
しかしストレートに褒めているというよりはどこか危うげな、不穏な空気をはらんでいるようにも聞こえる。
妙な感じがしたものの、一体何に対してそう感じるのか、廉は理解できていない。
「が、頑張ります」
何と言おうか迷った挙句、結局廉の口からでてきたのはありふれた言葉だった。
「うん、よろしく頼んだよ! その前に、今日はひとまず取り寄せた本を店内に並べてもらおう」
そう言うと冬夜はカウンターの内側にある段ボールを指差す。
どうやら廉がいない間に届いたものらしい。段ボールの蓋は空いており、その中には本がいくつも入っていた。
「わかりました」
そう言うと、廉は段ボールの中の本をカウンターに置き、著者の名前順に仕分け始めた。
「あ、これは僕がこれから読むからもらうね」
冬夜はそう言ってカウンターに置かれた本の中から真紅の表紙の古ぼけた本を手に取る。
「商品じゃないんですか」
「もちろん商品だけどね。でも僕が読みたかったものだから。どうせすぐに買われることなんてないし、問題なし!」
廉はそうですか、と返事をすると再び作業に取り掛かった。
新しく取り寄せた本を然るべき場所に並べ終わると、廉は大きく伸びをする。
店内の本は基本的に著者の名前順に並べられている。そのため新しく取り寄せた本を入れるべき場所を探すという作業は簡単そうに思えるものの、案外疲れるものであった。本棚の高いところから低いところまで見渡せば首は疲れるし、著者の名前をひたすら見続けるので目も疲れてくる。
廉はひと段落ついたところでカウンターへ戻り、休憩することにした。
すると冬夜はこちらに気がつきたのか、読んでいた本から顔をあげ廉に声をかける。
「そういえば、今日店が終わったらリロイの店に行くんだけど、子鹿君もどう?」
「でも、今日金曜日だし混んでるんじゃないですか?」
リロイのバーはそれほど大きくはない。むしろ隠れ家的な小さなバーといった感じだ。金曜の夜ともあれば、席はすぐに満席になってしまうのではないかと廉は考える。
「いや、あの店は場所が分かりづらいから基本そんなに混むことはないよ。うちほど暇ではないだろうけどね」
絶妙な自虐を交えつつ、冬夜は答える。
「迷惑じゃないなら、行きたいです」
「よし。じゃあ子鹿君も行くと伝えておこう」
そう言うと冬夜はスマホを取り出す。
「あ、一つ子鹿君に伝え忘れていたことがあるんだった」
「なんですか?」
「凛子ちゃんが調べてくれたんだよ、この間君が絡まれた奴らのこと」
ほら、怪我したやつ、と言いながら冬夜は自分の頬を指差す。
「誰だかわかったんですね!」
「最近流行りの誘拐殺人を生業としている犯罪グループのメンバーだったらしい。まあなんで子鹿君を襲ったかは長くなるから端折るけど」
「端折らないでください」
「いやいや、こればっかりは運が悪かったとしか言いようがなくてね」
「それでも教えてください!」
廉はそう言って冬夜に詰め寄る。
流石にに何故自分が殺されかけたのかくらいは知っておきたい。
廉は冬夜から目を逸らさず無言のプレッシャーをかける。
「はいはい、わかったわかった」
結局冬夜は廉に押し切られ、先日凛子からもらった情報を話し出した。




