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凛子

 翌日、窓から差し込む強い日差しを感じ廉はベッドの中で目を覚ます。

 4月とは思えないほどの暑さだ。地球温暖化などという環境問題には微塵も興味のない廉だったが、この暑さがそれに起因したものであるとすると、流石の廉でも少しだけ危機感を感じる。これでは今年の夏を無事に乗り切ることが出来るのか、不安でしかない。

 

 腕につけたヴェールを見ると、11:40という数字が表示されている。


 学生である廉にとってこの時刻に起きるということは、完全なる遅刻を意味するのだが、今日に限ってはそうではなかった。

 

「眠い⋯⋯」


 そう呟くと、廉はベッドから体を起こす。

 廉は今日、元々大学を休むつもりでいた。昨日の思いも寄らぬ出来事に、廉はかなりの疲労を感じていたからだ。もちろんその疲労は肉体的なものではなく精神的なものである。

 廉はつい最近、自分が殺されそうになる場面に遭遇したが、目の前で自分の知人が殺されそうになるというのは、自分が殺されそうになった時以上に、恐怖と絶望感で打ちのめされそうになるものである。

 あんな思いをした翌日、何事もなかったかのように大学に行けるほどの精神的な強さを廉は持ち合わせてはいなかった。


 枕元に置いてあるスマホを手に取り洗面所へ歩き出す。ぼーっとしながらスマホをチェックすると、郁人からチャットが届いてるのに気づく。


《経営学、教科書P102の事例を読み、優れている点、改善すべき点についてレポート2枚。マーケティング論、日本の大手企業のプロモーション活動を取り上げ、その意図、効果、考察をレポート3枚にまとめる。3限の経済学でも絶対なんか課題出るし、せっかくのGWが課題で丸つぶれ!!!!!! まじ最悪》


  文面から郁人の悲痛な叫びがひしひしと伝わってくる。


 今週から、世間はゴールデンウィークに突入する。中日を休みとすれば11連休という大型の連休となるため、最近ではお出かけスポットや旅行の特集などをよく見かけるようになっていた。

 しかし廉たち学生は基本的にはカレンダー通りのスケジュールのため、週の半ばに1日休みがあり、その後5連休という何とも中途半端な連休となっていた。にもかかわらず、課題がどんどん出されるとあっては、この中途半端な連休の価値が更に下がるといえよう。


 

「課題かあ⋯⋯」


 廉はスマホの画面を見ながらポツリと呟く。

 大学に入ってまだ1カ月足らず。廉の大学生活は始まったばかりである。しかし廉の頭の中は既に万屋ZEROのことで埋め尽くされていた。そのせいか、大量に課題が出ようとも、どこか他人事の様に感じてしまう。

 

 廉はスマホを洗濯機の上に置き、大雑把に顔を洗う。

 鏡に映った顔の傷も、傷自体は浅かったからか既にカサブタのような状態になっていた。


 「いくら東京に出てきたからって、危険な目に遭いすぎだろ」


 顔の傷を眺めながら自虐的に呟くと、廉は歯ブラシに手を伸ばした。



ーーーーーーーーーー

「珍しいね、凛子ちゃん」


「近くに用があったものですから」


 凛子はにこやかに答える。くすんだブルーのレトロなワンピースが上品な彼女のイメージによく似合っていた。こんないかにもお嬢様な彼女が、まさか凄腕ハッカーだとは誰も思うまい。


 店内には店長である冬夜と凛子の他には誰もいなく、今日も相変わらず客入りは少なそうだ。


「差し入れです」


 そう言うと凛子は手に持っていた二つの白い紙袋のうち、一つを冬夜に差し出した。中には茶色い長方形の缶が入っている。


「これはもしかして、パティスリーハルの⋯⋯」


「幻のクッキーです」


「並んだの?」


「ええ。朝の6時から」


 ふふふと笑う凛子。



「凛子ちゃんってお嬢様なのにたまにそういうことするよね。ガッツあるっていうか」


 冬夜は凛子をまじまじと見つめる。


 凛子の父は都内の大学病院の院長、母は海外でも活躍する有名デザイナーであり、凛子は裕福な家庭で育ったお嬢様であった。凛子には4つ上の姉と1つ下の妹がおり、家族全員仲が良く、まさに恵まれた環境で育ったと言える。幼い頃は父に憧れ医師の道を目指していたこともあった。

 しかし時が経ち、どういう訳か今現在凛子は情報屋、ハッカーとして万屋のメンバーとなっていた。


「ハッカーも情報屋も、根性がないと務まらないのですよ。それより今日は⋯⋯」


 そう言いながら凛子はバッグの中から小さなタブレットを取り出す。


「お願いされていた件で、ある程度情報が掴めたのでお伺いしたのです」


 タブレットの画面には薄暗い路地裏で2人の男が揉めている様子が映し出されいている。


「こいつ⋯⋯」


「撮影日は4月19日。廉さんが襲われる前日ですね。撮影場所は廉さんの襲われた路地裏付近です。2人のうち片方の方は先日調査したストーカー犯、名前はマルク・ベンジャー。ロシアの元軍人です。親の仕事の関係で11歳までは日本で暮らしており、その後帰国。軍は2年程前に退役しており、それから昨年末まではどうやらメキシコを拠点としていたようです。日本に来てからしばらくは身を潜めていたのか、ストーカーの件以外では特に犯罪には手を出していないようです」


 冬夜は映像を見ながら何か考えるようにして黙り込んでいる。


「それからもう一人、こちらは篠田悠人。最近頻発している誘拐殺人に関与している犯罪グループのメンバーです」


 凛子は画面に映る男を指差す。

 

 その映像は、しばらく二人の口論する様子が続いていたが、何かをきっかけにマルクは篠田に襲い掛かり、最終的に篠田がその場に倒れこむ様子が映し出されていた。


「流行りの犯罪グループのメンバーと鶴賀田久信の飼い犬が一悶着ってわけか」


「あら、知っていらしたんですね。鶴賀田久信のマルクの繋がりについて」


 凛子は口に手をやり驚いた表情を浮かべる。


「あー、そうそう。あ、凛子ちゃんここ座ってて。コーヒー持ってくるから」


 冬夜は椅子から立ち上がり自分の座っていた椅子を指差すと、店内の奥へと歩き出す。

 凛子は立っていた場所から離れカウンターの内側に入り、先ほどまで冬夜が座っていた革製のゆったりとした椅子に座った。


 数分後、コーヒーを持ってきた冬夜はいつも廉の座っている丸椅子に腰を下ろし、昨日の出来事についてゆっくりと話し始めた。


「実は昨日色々あってさ⋯⋯」


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