口裏合わせまでがお仕事です
午後9時50分。
依頼人の帰宅時間はあと10分後に迫っていた。
「あーなるほどねー。それはまた厄介な男が出てきたもんだ」
スマホをスピーカーにし、廉とリロイは冬夜に現状報告をしている。
「結論、ストーカー犯はもうここには現れないようだから、問題ないと言えば問題ないんだが、さすがにありのままを話す訳にもいかないだろう」
リロイは困ったような表情をする。
「ヤクザ一派の若頭の飼い犬がウロウロしてたけど、もう問題ないですよー。取り逃がしましたけど! って言っても怖がらせるだけだよねー」
「すまない」
「いや、正しい判断だよ。彼らと揉めるのはなるべく避けたいからね」
サラリと冬夜は答える。
「あの、本当にあの人たちはもうここに来ないんですかね?」
廉は心配そうに尋ねる。
「それは大丈夫だろう。奴らも目的があってあの辺りを張ってたが、どうやら空振りだったみたいだし、これ以上あの辺りに現れることもそうはないはず」
「うん、僕もリロイと同じ意見かな」
「でも、その空振りだったっていう話自体が俺たちをここから引かせるための嘘だったってことは⋯⋯」
「いや、邪魔者を排除したいなら鶴賀田久信に出くわした時点で撃たれて死んでる」
リロイの言葉を聞き廉は背中に冷たいものが走るのを感じる。
「とりあえず依頼人にはストーカー犯が現れて、しかもナイフを持っていたからそのまま確保して警察に受け渡したって言っておいて」
淡々と話す冬夜。
全くの嘘だが、本当に依頼人にバレないのだろうか、と廉は考える。
「警察から彼女に何のアクションもないのはおかしいと思われないだろうか?」
リロイも同じことを考えていたのか、冬夜に問いかける。
「いや、依頼人も自分がターゲットにされてるって確証はなかったみたいだし、その男も誰かを探してた訳でしょ?不特定多数をターゲットとしていた上に実被害がないのであれば、誰でも良いから襲おうとしてたって供述してるみたいですって後で連絡を入れておけば問題ないよ。幸い依頼人は犯人の顔すら見ていない訳だし」
心配する廉とリロイを丸め込むように話し続けると、リロイは諦めたかのように頷いた。
「⋯⋯わかった。そう伝えるよ」
「まあもし何かあればその時は警察に協力してもらいましょう。そういう時のための繋がりはしっかり作ってあるしね」
冬夜は明るい声で話す。
「じゃあ詳しい報告はまた後で⋯⋯」
リロイが話を終えようとすると、あ、と冬夜が思い出したのように声をあげた。
「子鹿君、思いっきり僕の助言無視したでしょ。まあなんかそういうことしでかしそうな気はしてたけど⋯⋯僕の言った言葉、無駄にするようなことしないでね。じゃっ」
一瞬、廉は冬夜の言葉に今までに感じたことのない鋭さのようなものを感じた。
すぐに廉は謝罪の言葉を述べようと思ったが、それよりも先に冬夜はプツリと電話を切ってしまった。
「忙しないやつだな」
リロイはそう呟くと自分のスマホを取り出し依頼人へと電話をかけ始めた。
ーーーーーーーーーーー
「そうだったんですね、でも逮捕されたなら安心しました」
依頼人である茉里は安堵した表情を浮かべている。
先ほどリロイが電話をした時に、丁度最寄駅に着いたところだったというので、駅の近くのファミレスで事情を説明することにしていた。
午後10時を過ぎていたが、駅近ということもあってか店内は客で賑わっている。
安堵した表情の彼女を見て廉はどこか申し訳ない気持ちになりながらも、黙ってその場に座っていた。
「今回も関川さんとは別の女性をつけていたことから、恐らく不特定多数を狙ったものだったのだと推測されます。ひとまず、これ以上何かあることはないと思うのでご安心を」
穏やかに話すリロイ。さっきまであのストーカー犯と戦っていたとは思えないほど落ち着いた雰囲気だ。
「本当にありがとうございます」
そう言って茉里は深々と頭を下げる。
「そういえば髪、切ったんですね。すごく似合ってます」
丁寧にお礼を言われたことで再び申し訳ない気持ちが湧き上がり、廉は唐突に茉里のヘアスタイルを褒める。
先日依頼に来た時には肩下まである茶髪のロングヘアーだったが、今日の茉里は黒髪のベリーショートになっていた。
「あ、ありがとうございます。依頼した後、その足で美容室に行って、思い切ってバッサリ」
ふふふと上品に笑う茉里。髪型のせいか、先日よりも大人っぽく見える。
「何を言い出すかと思えば⋯⋯でもとてもお似合いです」
ニコリと笑うリロイ。
その言葉に茉里は少し顔を赤らめながら、再びありがとうございます、と呟いた。
自分の方が早く褒めたのにこの反応の差はなんなんだ、と思いつつもリロイと張り合っても全く勝ち目がないため、廉はニコニコとした表情を取り繕った。
「それでは依頼完了ということで、後日請求書をお送りさせていただきます」
「わかりました。本当にありがとうございました。それでは私はこれで」
そういうと茉里はバッグを持ち、席を立った。
「初任務、お疲れ様」
リロイはそれまで茉里が座っていた席に移動する。
「まさかこんなことになるとは思ってませんでしたけど、とりあえず無事終わってよかったです」
はーっと安堵のため息をつく廉。
正直今日は何の動きもなく終わると思っていたため、予想以上の出来事にかなり疲労を感じていた。
「相当お疲れみたいだな。まあ確かに初任務にしては結構ハードな現場だったかも」
はははと笑うとリロイはコーヒーを飲む。
「そういえば、あの人たちが探していたのって誰だったんですかね?」
廉は思い出したかのように呟く。
「さあな。でもあのストーカー犯、あいつは恐らく鶴賀田組の人間じゃない。相当戦い慣れている感じもしたから恐らくプロの殺し屋かその類だろう。そういう奴を雇ってまで探す人間と言えば、まあ一般人って訳ではないだろうな」
プロの殺し屋という言葉に、廉は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
プロの殺し屋と東京を牛耳るヤクザ一派の若頭に出くわすなんて、とんでもなく物騒な一日である。
それにしても、プロの殺し屋相手にほぼ互角の戦いを繰り広げたこの人はやっぱり只者じゃないな、と改めてリロイを尊敬する廉。
「あ、でも、狙ってたのは女性のはずですよね」
「女の犯罪者なんていくらでもいるだろ」
その言葉に廉はふとエルの顔を思い出した。無論彼女を犯罪者だと思っている訳ではないが、あの規格外の強さを思えば例えターゲットが女性であれプロの殺し屋が出てくるのも納得できた。
「⋯⋯リロイさんはエルっていう女性のこと知ってますか?」
結局廉は冬夜にはエルのことを聞けずじまいでいた。何となく情報を伏せられているような気がして話題に出していいのか分からなかったからだ。
「ああ知ってるよ。エルがどうかしたか?」
拍子抜けするほどあっさりとリロイは答える。
「あの人は一体何者なんですか!」
ずっと気になっていたことだったため、思わず声に力が入る。
「同業だよ。とは言っても別にライバルとかじゃなくて、むしろ色々と協力することもあるって感じかな。」
思いの外普通の返答に廉は目をパチパチとさせる。
あえて情報を伏せていると思ったのは自分の勘違いだったのだろうか、と廉は思考する。
「あとは唯一冬夜の思惑を読める人間、かな。あ、それに関してはエルが一方的にというよりはお互いにってことだけど。だから多分、冬夜はすごく彼女のことを信頼してると思う」
あの変人の思惑を読めるなんてとんでもない人だな、と思いながら廉はサイダーを飲む。
「それにしても、冬夜さんが何となくエルさんの情報を伏せてる気がしたから話題に出しちゃいけない人なのかと思ってたんですけど、そういう訳じゃないんですね」
「ああ、まあ信頼してるとは言ったけど、冬夜はエルとあんまり波長が合わないというか。苦手なタイプみたいでさ」
「へぇ。冬夜さんにも苦手な人がいるんですね。意外です」
他人にどう思われているかはさておき、他人に対して苦手意識を持つようなタイプには見えない。冬夜に対して廉はそんな認識を持っていた。
「まあ人間色々ってことだな」




