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歯車はティータイムと共に動き出す

ーーピピッ、ケッサイシマシタ。


 残高二万四千三百八十円。

 スマートウォッチに表示された残高を見ると、青年はため息をつく。月末に仕送りはあるというものの、このままの生活ではすぐに遊ぶ金も尽きてしまう。


「いやー、これは地味にまずいな」


 そう青年は呟くと買ったばかりの冷えたサイダーをゴクゴクと飲み干す。



 どこにでもいる青年、鹿田廉にとって大学生活は想像以上に楽しいものだった。


 辛く苦しい受験生活からの解放、そして親元を離れて一人暮らしをしながらの大学生活。18歳の廉にとってそれはまさに憧れの生活だったし、現実は想像よりも遥かに楽しく、廉は大学生活を謳歌していた。


 上京組だった廉は同じ大学に知り合いがおらず、最初こそ緊張していたものの、持ち前の比較的明るい性格のおかげで同じ学部の同級生達とはすぐに打ち解けられた。


 しかし毎日の様に数人で集まってはカラオケやダーツ、外食を続けた結果、金欠という悪夢がすぐそこまで迫っていたのだった。


「とりあえず、バイト探しだな」


 公園のベンチに腰掛けると廉はスマホを取り出し手慣れた手つきで都内のバイトを検索し始める。

 家の近所にあるこの公園は小さい頃によく通っていた地元の公園と似ていて、廉は度々足を運んでいた。


 検索をかけるとすぐに膨大な検索結果がスマホの画面に映し出された。地元とは比べものにならないあまりの検索結果の多さに感動しながら廉はページをスクロールする。

 

「チェーンの居酒屋はなんだか忙しそうだよなぁ⋯⋯。あっ、コンビニ! ⋯⋯でもここはちょっと遠いな⋯⋯」


 ブツブツと呟きながら検索結果をひたすらスクロールする。


「ほら、そろそろ帰るわよー!」


「えーまだ遊びたい! 帰らない! だってまだ太陽さん沈んでないもん」


「ちゃんと言うこと聞きなさい。最近怖い事件が沢山起きてるでしょう?早く家に帰らないと悪い人たちがヒナちゃん連れて行っちゃうわよ」


 子供は残念そうな顔をしてはーい、と言うと母親の元に走っていく。

 

 時刻は15時30分。子供といえど、確かに家に帰るのは少し早い時間だろう。

 

 手を繋ぎながら歩く親子を横目に廉はスマホの画面を閉じた。

 

 こんなにも求人はあるのに、なかなか希望条件とマッチする情報は見つからない。

 空を見上げながらぼんやり考えていると左腕につけたスマートウォッチから声が聞こえた。


「タイオンガサガッテイマス。ヒエハケンコウノテキデスヨ。カラダヲアタタメマショウ」


 ーーそれはサイダーを一気飲みしたからです。


 そう心の中で呟くと、廉はスマートォッチのヘルスケア機能をオフにする。

 勝手に体温を測ってくれるなんて、便利な道具が開発されたものだ。しかし一般的に健康的な若者にとってはそれほど必要な機能ではなかった。

 

 スマートウォッチ“ヴェール”。


 5、6年程前まではスマホの機能を手助けするデバイスでしかなかった。国民の所持率もそれほど多いものではなかっただろう。しかしその性能、特にセキュリティ面において急速な進化を遂げ、政府は完全デジタル化政策としてこのデバイスの装着と個人情報、口座情報の紐付けを全国民に義務付けたのである。

 

 もちろんそれなりに反発はあったものの、ほどなくして国民にヴェールは行き渡った。

 

 情報の紐付けなど最初の設定は面倒だったものの、全て登録してしまえば使用者の指紋と脈拍の検知により簡単に操作が可能であり、お年寄りでさえもしっかりと使いこなしている。

 まさに生活必需品で、これがなければ生活が成り立たないといっても良いだろう。 

 その最たる理由は買い物だ。完全データ化政策の一環としてキャッシュレス化が急速に進んだことにより、現金と言う概念はほとんどなくなり、買い物をするにもヴェールがなければ手持ちの金にアクセスができなくなってしまった。

 これも慣れないうちは不便に感じたが、慣れてしまえば問題はない。

 そもそも脈拍が検知できなくなると全てのデータへのアクセスが出来なくなるため、基本的にヴェールを取り外すことはできない。つまり国民は常にこの時計と共に生活をすることになったのである。


 資金へのアクセス以外にもう一つ、ヴェールは重要な機能がある。その機能は使用者本人の死亡時に活躍する。

 脈拍、体温により死亡が確認された場合、全てのデータへのアクセスがストップされると共に、緊急連絡先へ連絡が行くことになっている。さらにそれと同時に緊急連絡先として登録された者に自動で遺産が送金される仕組みとなっているのだ。

 

 俗に遺産相続システムと呼ばれるこの機能のおかげで、今までよりも遺産相続がスムーズに行えるようになった。

 ヴェールが配布された当時、この機能は目玉機能として大々的に取り上げられていたが、限られた状況でしか動作しない以上、一般的な若者である廉からするとそれほど魅力的な機能とは思えなかった。


 その他にも通話やメールのチェック、インターネット検索やヘルスケアサポートなどお決まりの機能はもちろん、人工知能によるメンタルサポート機能や実際の秘書の様な活躍をする秘書機能などもある。

 まさにありとあらゆる機能が詰まった高性能デバイスだ。

 しかしこの腕時計サイズの小さい画面上で操作をするのはどうも煩わしく、大抵の人間は廉同様結局スマホを手放せないでいる。


 「さてと」


 そう呟くと廉はベンチから立ち上がった。

 明日は久々に何の予定もない休日で、今日は早く家に帰って漫画の新巻でも漁りながらダラダラと夜更かしをする予定だった。

 

 廉いつも通り家までの道のりを歩き出す。


 この辺りは大学からも少し離れており、比較的落ち着いた通りが続いている。住宅街の中にポツリポツリと個人経営のような小さなカフェやレストランがあり落ち着きながらもおしゃれな雰囲気が、どこか自分を大人にさせてくれるような気がして密かに気に入っていた。

 とは言っても実際はまだ高校を卒業して間もないガキだという自覚があり、店には入ったことはないのだが。

 いつもの様に街の雰囲気を堪能しながら5分程歩くと、廉は見慣れない光景を目にする。

 

 ーー何だありゃ。


 廉が目にしているのは横断歩道の向こう側に店を構える古書店である。

 その古書店は比較的新しそうな店構えで、完全デジタル化が進む中でどうしてこんな店をオープンさせたのだろう、と廉はいつも不思議に思っていた。


 しかし問題はそこではない。今廉が見ている古書店の店先には大きな深緑色のパラソルに白いテーブルと椅子がデカデカと置かれている。まるでカフェのテラス席だ。そしてそこにはサングラスをかけた1人の男が本を片手に優雅にティータイムを楽しんでいる。


 新手の迷惑行為だろうか。最近巷では迷惑行為を動画で撮影し、動画サイトにアップロードすることが流行っている。この状況をアップロードするのであれば、


【古書店の前で優雅にティータイム始めてみた】


 の様なタイトルにでもなるのだろうか。


 しかしそれにしては少し大掛かりすぎるな、と廉は思った。

 そもそも店の前であんなことをされて店員が何も言わない訳ないだろう。


 そんなことを考えているうちに横断歩道を渡りきり、廉は店の前に差し掛かる。

 

 歩くスピードを少し落とし店を覗くと、ふと店の入り口に張り紙が貼られているのに気がついて廉は足を止める。


《アルバイト募集!時給1200円〜。希望の方はスタッフまで》


 古書店のアルバイトで時給1200円というのはかなり高額である。幸いここなら家からも近くアクセスは最高だ。その上全く忙しそうな気配もない。


 張り紙をまじまじと見つめながら店の前に立っていると急に廉は右から声をかけられた。


「気になるかい? 青年」


 声の主の方向に顔を向けると、椅子に座った男がサングラスを外し廉を見つめていた。


 これが今後廉の運命を大きく変えることになる冬夜との出会いであった。


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