不審者
昨日更新した18話ですが、うっかり17話目の更新をすっ飛ばしておりました。
先ほど17話更新しておりますので、そちらもあわせて読んでいただけると幸いです。
廉とリロイは依頼人が通る道の横道で待機することにした。
廉はフロントガラスから辺りの様子を伺う。先日現場の写真を見ていたものの、実際に現場に来てみると、これは不審者が出るのも納得だな、と改めて廉は思った。
「そういえばリロイさんも不審者の写真見たんですよね」
「うん、昨日冬夜から送られて確認したよ」
リロイは特に変わったことはないかのような様子で答える。
「怖くないんですか。だって人体改造人間ですよ」
眉をしかめながら話す廉を見てリロイはハハっと笑う。
「人体改造人間って、特撮ヒーローものじゃないんだから。それにああいうのは見慣れてるしな」
見慣れている?
意外な言葉に廉がぽかんとしていると、リロイは廉の考えを察したかのようにゆっくりと話し始める。
「大学卒業までイギリスにいたからさ、俺。母親が日本人だから、それまでも何度か日本に来たことはあったけど」
「そうだったんですね。でも見慣れてるっていうのは?」
「イギリスが特別多いってわけじゃないけど、場所によってはああいうの結構いるんだよね。よく遊んでたクラブではショーの一環で体にフックを刺して釣り上げられたり⋯⋯」
「考えるだけで痛いんでもう大丈夫です」
軽く身震いをしながら廉はリロイの言葉を遮る。
意外と昔はヤンチャしてました系の人なんだろうか?しかし体にフックを刺して人が釣り上げられる様なクラブに出入りするのが果たしてヤンチャという分類に当てはまるのかというと甚だ疑問ではあるが。
「もしかして、リロイさんもそういうの好きだったりするんですか?」
恐る恐る廉は尋ねた。それと同時に廉はさっとリロイの体全体に目を走らせる。しかし特段変わった部分はないようだ。
「いや全然。あー、でもタトゥーくらいなら入ってるけど」
そう言ってリロイは自分の鎖骨あたりを指差す。
「意外、ですね」
廉は少し驚いた様子で呟いた。リロイはどちらかというとお堅いイメージの人物だと思っていたからだ。しかし今聞いた事実に、廉は少しだけ嬉しさのようなものを感じていた。まるでクラスの優等生が実はゴリゴリのhip hop好きだった、みたいなちょっとした衝撃と、新たな一面を知れたことへのほのかな嬉しさが入り混じった感覚だ。僅かにではあるものの、遠い存在に感じていたリロイが身近な存在にさえ感じてくる。
「そう? 昔に比べたら日本でもタトゥー文化は一般的になってると思ってたけど、意外とそうでもないのかな」
「あ、いや、というよりはリロイさんが入れてるのが意外だなと思って」
廉がそう言うとリロイは不思議そうな顔をして廉を見る。
「そうかな」
「俺の中のリロイさんのイメージは、まあその、優しいけどちょっとお堅いっていうか、しっかりした人ってイメージだったので」
失礼を承知で率直な印象を伝える廉。
しかし予想に反してリロイの反応は軽やかだった。
「あっはは。お堅い人ってやつ、よく言われるんだよね。自分ではそんなつもりはないんだけど」
「この間のミーティングの時も、冬夜さんよりしっかり場を仕切ってる感じがしたし」
「冬夜と比べられたら、そりゃあね。でも10個も下の子にそんな堅苦しい印象を与えてるなら、ちょっと考えないとかな」
苦笑いしながらそう言うとリロイはテイクアウトしたコーヒーを飲んだ。
「それにしても、依頼人の関川さん、でしたっけ?あの人の帰宅時間まではまだまだ時間がありますね」
時刻は午後9時15分。今の所特に何の連絡もないので、恐らく予定通りの帰宅となるのだろう。つまり依頼人の帰宅予定時刻まではあと45分もあることになる。
「そうだな。でも今回は依頼人がターゲットかどうかははっきりしていないからな。無差別の可能性もあるわけだし、早く張り込んでおくのに越したことはないよ」
そう言い終わるとリロイは何かに気づいたのかハンドルに寄りかかるようにして少し身を乗り出すと、じっと正面を見つめた。それを見て、廉も同じく正面の通りを見つめる。
ーーカツカツカツ
ヒールの音だ。足音からして一人だろう。
数秒後、目の前の通りを一人の女性が現れた。左手にはコンビニの袋を持ち、右手ではスマホの操作をしている。女性はスマホに夢中になっているのか、廉とリロイが乗る車には全く気づいていないようだった。
暗い夜道をあんなに隙だらけで歩くなんて、もう少し危機感を持った方がいいんじゃないのか、と思いながら廉は女性が視界から消えていくのをぼんやりと眺めていた。
すると突然、目の前の通りに一人の男が現れた。
足音も、気配もなく。男はそこに存在していた。
廉とリロイが車内にいるということを加味しても、それが異常であることは明らかだ。
今日が初任務である、超がつくほどの一般人の廉でさえその異常性を感じ取っていた。
一瞬で車内に緊張感が走る。
廉は咄嗟にリロイを見るとリロイも何かを感じていたのか、目を細めながら真っ直ぐに男を見つめている。
廉はリロイから目を離すともう一度正面の道を見た。
その瞬間、男はこちらに気づく。
深く被ったキャップ越しに鋭い視線が感じられる。
「手元⋯⋯」
リロイの小さな呟きにつられるように手元を見ると、男の左手の甲には画像で見たのと同じふくらみがあった。
廉はハッとする。
しかし廉は次の瞬間更に驚くこととなる。
男の右手にはキラリと光る小型のナイフが握られていた。