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たったひとつの助言

 閉店作業が終わると、冬夜はリロイに連絡を取っていた。

 リロイは別件で人と会っていたそうで、そのまま古書店まで車を走らせている途中ということだった。


「我が子を送り出す親の気持ちってこんな感じなのかな」


 冬夜は先ほど淹れたばかりのコーヒーを口にしながらため息交じりに呟いた。


「我が子って⋯⋯せめて弟とかにしてくださいよ」


 廉の言葉は全く耳に入っていないのか、冬夜は天井を見つめながらうーんと気の抜けた返事をしている。

 冬夜はしばらくそのまま天井を見つめていたが、急に何かを思い立ったように廉を見ると、ハキハキとした口調で話し始めた。


「子鹿君の初任務にあたり、先輩の僕からためになる助言をしようと思います!」


 冬夜の得意げな顔を見て、本当にためになることを言ってくれるのだろうかと少し疑った廉であったが、先輩であるのは間違いないので素直に聞いておくことにした。


「まず一番大事なのが、身の危険を感じたらすぐに逃げること! もう何にも気にしなくて良いからこれだけはちゃんと守ってね」

 

 この間の事件があったからか、冬夜は強く念を押す様に言う。

 思いの外まともな発言だったので、一瞬あっけにとられたものの、廉はすぐに返事をした。


「わかりました」

 しかしよくよく考えてみれば、廉と冬夜は10歳も年が離れているのである。冬夜が廉の身の安全を心配するのは当然のことではあるが、冬夜が時々発する常識的な言葉に廉は未だ慣れないでいた。

 

 頷きながら答える廉を見て納得したのか、冬夜はニコリと笑うと


「以上!」


 と言って手を叩く。


「え、それだけですか?」


 気の抜けた声で確認をする廉。


「うん、それだけ」


 冬夜の助言はたった一つだけ、しかもあまりにも一般的な内容だ。もちろん身の安全が第一というのは最もであるが、廉はもっと万屋としての心得みたいなものをいくつか聞かされるのかと思っていただけに、肩透かしを食らった気分だった。


 廉がイマイチ腑に落ちない面持ちでその場に立っていると、外からバンッと車のドアを閉める音がした。

 音につられて廉が外を見ると、店の間に車を停めたリロイがこちらに向かってくるのが目に入る。

 ここに来る前の用事がフォーマルなものだったのだろうか。リロイはスーツを着ていた。スーツ姿はリロイの整ったハーフ顔とスタイルの良さをより際立たせている。廉は先ほどまでの会話を忘れ、思わずリロイに見入っていた。


「お! やっときたね! お疲れリロイー」


 椅子から立ち上がりスタスタと歩き出す冬夜。


「お疲れ様。⋯⋯ていうか冬夜、その格好はなんだ?」


「過度なデジタル化が進む現代社会へのアンチテーゼを表現してみました」


 いや、違うって言ってたじゃないですかと突っ込もうとしたが、


「なるほどな。冬夜は服にこだわりがあるもんな」


 と素直に納得するリロイを見ると、それ以上廉は何も言えなくなった。


「リロイこそなんでスーツ? コスプレ?」


「そんなわけないだろ。親の知り合いと会ってて、まあちょっと偉い人だから何を着ていくか迷ってな」


 自ら問いかけた割にリロイの返答には興味がないのか、それより、と言って冬夜は話題を変える。


「今日は我が弟、子鹿君の初任務だからね。頼んだよ、リロイ」


 そう言うと冬夜は廉の肩をポンと叩いた。

 

「俺いつから冬夜さんの弟になったんですか」


「さっき弟にしてほしいって言ってたじゃないか」


 ケロッとした表情で答える冬夜。その向かい側ではリロイが不思議そうな顔で廉を見ている。


「あれはそういう意味じゃないですって。もう冬夜さんってほんと訳わかんないわー」


「理解しようとするだけ時間の無駄だよ。冬夜と出会って5年経つけどこの奇人の頭の中はさっぱりだから」


 リロイは肩をすくめてそう話す。

 出会って5年の経験者が言うことならば間違いはないだろう。廉はリロイの言葉に納得する。


「とーにーかーく! 子鹿君に何かあったら全部リロイの責任だからねー。じゃ、よろしくー」


 リロイはぁっとため息をつくと、わかってるってと呟きそのまま入り口へ歩き出す。

 廉はそれを見て遅れぬようにと後に続いたが、ふと立ち止まり冬夜の方を振り返る。


「行ってきます」


 冬夜は無言でひらひらと手を振っている。

 廉は心の中でよしっと気合をいれると、店前に止まっている車に乗り込んだ。


 午後8時30分。

 古書店から現場までは車で約20分程度だ。移動時間を加味しても依頼人の帰宅予定時刻まではまだ余裕がある。

 廉がバイト終わりで何も食べていなかったため、リロイは現場へ向かう途中のファストフード店で夕飯をテイクアウトしてくれた。


「そういえばこの車って、リロイさんの車ですか?」


廉は助手席でテイクアウトしたコーラを飲みながら、リロイに尋ねる。


「いや、俺の車はちょっと目立つからこれはレンタル。あ、飲み物とかこぼすなよー」


「大丈夫ですって。それより目立つってどんな車乗ってるんですか? スポーツカーとか?」


 廉は冗談交じりに聞いてみる。

 しかし冗談で言ったものの、確かにこの庶民的な小型車よりは断然スポーツカーの方がしっくりくるな、と思った。


「そう、黄色のな。なんでわかったんだ?」


 そうなのかよ、と心の中で突っ込みつつ廉はリロイの問いに答える。


「ただのイメージです。黄色とは思いませんでしたけど」


 リロイとはまだ会って2回目であるが、あまりにも見た目を裏切らないステータスぶりに廉は神様ってなんて不公平なんだろうと考えていた。

 この抜群に整った顔とスタイルに加え仕事もでき(ここは予想ではあるが)、更にはスポーツカーを乗り回していると来れば、多くの女性が彼に言いよっているであろうことも安易に想像できる。


「あぁ、マジで人生だな⋯⋯」


「ん?」


「あ! いや、なんでも!」


 思わず漏れた心の声を咄嗟に誤魔化すと、廉はそそくさと話題を変える。


「そういえば、リロイさんは昨日も張り込んでたんですよね?」


 廉はポテトをつまみながら尋ねる。

 昨日は一日家にいると依頼人は言っていたものの、依頼人以外がターゲットである可能性も踏まえ、念のためリロイは張り込みをしていた。


「あぁ。でも特に動きはなかったよ。今日も動きがあるかどうか⋯⋯」


 リロイは歯切れの悪い口調で呟く。

 恐らく今日も動きはないと思っているのだろう。確かに張り込み2日目にしてそうトントン拍子に犯人と遭遇、なんてドラマや漫画でもない限り起こりはしなさそうだ。


「張り込みは忍耐って言いますしね」


 いつか見た刑事ドラマでベテラン刑事が言っていたセリフを思い出す。

 

 そんなことを話しながら5分程車を走らせたところで廉とリロイは現場付近に到着した。



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