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アンチテーゼではなく


 翌週の月曜日、廉は予定通り古書店で店番をしていた。古書店でのアルバイトがあるということは、その後に先日引き受けた依頼である張り込みも控えていることになる。

 

 相変わらず今日も暇だな。


 古書店Drowseは今日も変わらず閑古鳥が鳴いている。廉がここで働き始めてから10日が経過しようとしていたが、廉が接客をしたのはわずか2人だけであった。言うまでもなく異常である。本来こんな売上状況で経営が成り立っているとは言えるわけもなく、恐らく万屋で稼いだ分を経営費用に充てていることが想定される。しかしいくらこの店が冬夜の趣味であり、形として成り立っていれば問題ないとはいえ、もう少し危機感を持つべきなのではないか。


 廉はそんなことを考えながらちらりと冬夜を盗み見ると、冬夜は廉の気などつゆ知らず、いつも通りコーヒーを飲みながら読書に没頭していた。

 やはり店の売り上げなどには全く興味がなさそうである。その姿を見て廉は店の経営に関して考えるのを辞め、別の話題を冬夜に持ちかける。


「なんで今日はヒッピーなんですか」


 本に集中しているところに大したことない話題で話しかけるのも悪いかな、とも思ったが、本日2度目となる床のモップ掛けも終わり、あまりにもやることがなかったので廉は冬夜に話しかけてみた。


「ん?」


 読んでいた本から顔を上げると、冬夜は薄いブルーのサングラス越しに廉を見る。

 

「服のことです」


 冬夜の今日のファッションは、首元が広く開いた白いロンTに、フリンジのついたブラウンのジレ、ブーツカットデニム、そして頭には細い紐の様なヘアアクセを巻きつけており、まさにヒッピー風ファッションといったところだ。

 かなり個性的ではあるものの、比較的整った顔立ちのおかげで妙にモノにしているところが廉にとっては不服な点でもあった。


「ああ、これのことか。これは行き過ぎたデジタル化によって成り立っている今の日本へのアンチテーゼを唱えているのだよ。と言いたいところだが、僕のファッションには毎回意味が込められている訳ではないんだ。子鹿君の期待に応えられなくてすまないね」


 その全く身に覚えのない謝罪に、廉は自分が巻き込まれ事故に遭ったかの様な気持ちになる。


「それにしてもヒッピーなんて言葉を君みたいな若者が知っているなんて驚きだよ。全くかすりもしない時代の話だと言うのに」


 確かにヒッピーとは1960年代にアメリカに登場したカルチャーであり、日本で流行ったのも1970年前後といったところだ。その時代には廉はおろか、廉の祖父母ですらも生まれてはいない。

「前にテレビで紹介されているのを見て、なんかインパクトがあったので」


 廉はそう言いながら自分の記憶を辿った。確か年代毎に日本のムーブメントを取り上げて問題を出題するクイズ番組だった様な気がする。


 なるほどねと呟いたところで冬夜は急に何かを思い出したかの様に手を叩くと、慌ててノートパソコンを開く。

 冬夜は自宅、店、持ち運びと場面に合わせてデスクトップパソコン、ノートパソコン、タブレットを使い分けていた。古書店のオーナーの割に、こういうところは妙に今時だよな、と廉は思う。もちろん冬夜の年齢を考えれば不思議なことではないのであるが。


「昨日凛子ちゃんから例のストーカー事件の防犯カメラの画像が送られて来てたんだ。リロイに送ってすっかり忘れてたよ」


 そう言いながら冬夜は廉にパソコンの画面を向ける。

 廉が画面を覗くとそこには一人の男の写真が映し出されていた。


「これが、犯人ですか?」


 廉は画面を指差しながら尋ねる。


「恐らくね。監視カメラの映像を洗い出したら、この男が何回か一定の距離を置いて女性をつけている場面を凛子ちゃんが発見してくれて」


 画面に映っているのは深くかぶったキャップにパーカーとジーンズという、いかにもないでたちの男だ。ハッキリと写っている訳ではないため、男の細かな特徴などは分からないが、比較的身長が高く、ガタイの良い男だということはわかる。



「それで、これが男をアップにして解像度を上げた画像」


 冬夜がパソコンのキーを叩くと、先ほどよりも男がクローズアップされた写真が映し出された。


「やっぱりあの辺りって暗いからさー。あんまり綺麗には写ってないんだけど、でもここ」


 冬夜は画面に映る男の手のあたりを指差す。決して見やすいとは言えない画像を目を凝らしながら観察すると、廉はあることに気づく。


「なんか、手の甲盛り上がってます?」


 確信はなかったものの、廉は冬夜に尋ねる。


「そう!そうなんだよー。恐らく皮下インプラントだろうね。身体改造ってやつ?」


 あー怖い怖いと言いながら冬夜は大げさに怯えるフリをする。

 

 身体改造。廉もその言葉自体は知っていたが、廉にとってそれは全く理解の出来ない分野であった。身体に手を加えるという意味では、タトゥーやピアスはファッションの範疇だし、ギリギリピアスの穴の拡張までなら理解が出来る。しかし皮下に異物を埋め込むというのは最早未知の世界だ。


「これってやっぱりヤバめな人ってことですか?」


 廉は恐る恐る冬夜に尋ねる。


「いや、そうとは限らないけどね。僕の知る中でも裏社会の人間でこういうことやってるのは片手に収まるくらいだし。でもまあちょっと変わった美的センスの持ち主ではあるね」


 冬夜が他人のことをちょっと変わった、などということに若干の違和感を感じながら、廉は再び写真に目を移す。

 もしこの人が本当にストーカー犯だったとして、今日何らかの不審なアクションを起こしたとしたら、この人物と対峙しなければならないのか。そう思うと一気に不安が襲いかかってくる。


 その不安を読み取ったのか、冬夜は明るい声で廉に声をかけた。


「ま、リロイもいるから大丈夫大丈夫」


 冬夜のとてつもなく軽いフォローが少しは役に立ったのか、廉は今更不安がっても仕方ないなと思い直していた。

 どの道犯人がどんな人物であろうと、そもそも犯罪を良しとしている人物である。それならどんな相手であろうと変わりはないだろう。

 廉は心の中でよしっと密かに気合を入れると、男の姿をしっかりと把握するため再びパソコンの画面を覗き込んだ。


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