はじめまして
「それでは紹介しまーす。新メンバーの、子鹿君です!」
土曜の昼下がり。廉を含めた万屋メンバーたちはリロイのバーに集まっていた。
初めて見る顔ぶれに少々緊張しながらも、廉はぺこりと頭を下げる簡単に自己紹介を始める。
「鹿田廉です。今年大学に入ったばかりの18歳で、数日前から冬夜さんの古書店で働いています」
「これでやっと万年人手不足からの解放かー」
リョウが嬉しそうな声を上げる。
廉はその言葉を聞くと、果たして自分がその問題の解決策となり得るのか若干の不安を感じた。
「という訳で、みんな仲良くしてね! はい、じゃあリロイから自己紹介タイムスタート!」
パンパンと手を叩きながら冬夜軽快なテンポで司会進行をしていく。今日はいつも以上に機嫌が良いらしい。
「冴島リロイです。冬夜の補佐的な立ち位置で現場対応から事務仕事まで手広くやってるって感じかな。それからこのバーの経営も。って言ってもここは金曜と土曜の夜しか開けてないから、経営ってほど大したもんじゃ無いんだけど。廉は未成年だから気軽においでとは言いづらいが、まあ来てくれたらジュースでも出すよ」
よろしく、と爽やかに手を差し出され、廉は緊張しながらよろしくお願いしますと呟くと握手をする。
「そういえば、怪我、思ったよりひどくなさそうで良かった」
あの日の話を聞いていたのか、リロイは少し安心したような表情をした。
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
冬夜と同年代に見えるリロイは、冬夜よりも遥かに落ちついていて穏やかな印象だ。
それにしてもこんなにイケメンな人がバーの店員なんてやっていたら、さぞかしモテるのだろうな、と廉は思った。そしてそれと同時に、ふと頭の中で記憶が交差する。
あれ、この顔どこかで⋯⋯。
何かを思い出そうとした矢先に冬夜が付け加える様に喋り出す。
「リロイはね、メンバーの中でも一番古い仲で超信頼してる右腕って感じ! それからリロイの完全記憶能力は恐ろしいから覚えて欲しくないことは絶対に見せない、言わない、これが鉄則」
「完全記憶能力って、あの完全記憶能力ですか⋯⋯?」
「うん。あの完全記憶能力だよ、子鹿君」
その能力の名は廉も知っていた。世界でも数十人しかいないと言われる天才的な能力だ。
近年、脳科学の発達により所謂特殊能力者と呼ばれる人々は増加傾向にあると言う。しかしまさかそんな能力を持つ人間が身近にいるかもしれない、なんてことを廉は考えたこともなかった。
どうやら天は二物も三物も与えるらしい。
「すごすぎる⋯⋯」
そう呟くとリロイはいやいやと言いながら謙遜した様な仕草で手を振った。
「そんな凄いものじゃないよ。学生の時なんかは役に立ったけど、役に立つ以上に負担がでかいからね」
廉はその言葉を聞き、以前テレビか何かでこの能力で苦しむ人のインタビューを見たことを思い出していた。
全てを記憶するということは、逆に言えば忘れることが出来ないということである。単なる情報としての記憶だけでなく、その時の感情や感覚の全てをリアルに記憶してしまっているのだとしたら、時にそれは他人には計り知れないほどの苦痛を呼び起こす悪魔の能力だ。
「はい、じゃあ次!リョウくんよろしく」
はいはーいと言うとリョウは椅子から立ち上がる。
さっきの人も相当な美形だったけどこの人はまた違ったジャンルの美形だな。廉はリョウを見てそう思う。
男とは思えないほどの色の白さと綺麗な肌、艶やかな髪は韓国のアイドルを想像させる。
「水ノ井リョウです。ここでは基本現場対応が多めかな。好きなことは美容と流行り物をチェックすること! んー特別出来ることと言えば動物の言葉が理解出来ることかな。よろしくね!」
さらりととんでもないことを言うリョウ。
何かのおふざけかと思い一瞬周りの様子を伺うと、冬夜が妙に高いテンションで話しかけてきた。
「動物の言葉が分かるってすごくない!? 超面白い能力だよね! あれ、なんか子鹿君反応薄くない? もしかして子鹿君もーー」
「そんな能力ありません」
冬夜の言葉を遮る廉。しかし実をいうと廉も冬夜同様、その能力に興味津々であった。
「動物の会話が出来る能力があるなんて、初めて知りました! 道端の猫とかとも話が出来るんですか?」
「いや、会話が出来るわけじゃないんだ。あくまで聞くだけ。聞き専ってやつ。ま、僕としてはどうせならもうちょっと違う能力に目覚めたかったけどねー」
少し残念そうな顔をするとリョウはそのまま椅子に座った。
「次、凛子ちゃんね!」
一番奥の席に座る女性に声をかける冬夜。
今日この店に入った時に、まず廉が驚いたのはこの凛子と呼ばれる女性の存在だった。廉はてっきり万屋は男性メンバーのみだと思っていたので、女性が在籍していることに関しては完全に予想外であった。
凛子は上品な仕草で椅子から立ち上がると会釈をして話し始める。
「園田凛子と申します。こちらでは主に情報収集、分析などをしております。いわゆる情報屋、みたいなものでございますね。わたくしは他の皆様の様に特殊な能力はございませんが、ぜひ仲良くしていただけると嬉しいです」
おっとりした口調でそう言うと深々とお辞儀をする凛子。廉もつられて頭を下げる。
ふわふわとした巻き髪に淡い色のワンピース。見た目も雰囲気も口調も何から何まで良いとこ育ちのお嬢様、という言葉がぴったりな可愛らしい女性だ。
「彼女はまあ見ての通りのお嬢様で、たまにお偉いさんたちとの橋渡し役としても協力してもらうことがあるんだ。ちなみにこんなザ・お嬢様だけど、見た目に反して実は凄腕ハッカーでうちの中ではダントツでグレー、というか実質アウトって感じかな。ね、凛子ちゃん?」
ニコリとしながら冬夜は話す。
「あらまあ冬夜さん、そんなことおっしゃらないでくださいな」
そう言っておほほと上品に笑うとゆっくり席に着いた。
あまり触れない方が良い話題のようである。
初対面のメンバーの自己紹介が終わり、廉は改めて周りを見渡す。
簡単な自己紹介であったものの、それぞれ個性が強そうなことは伝わってきた。
それにしても、この万屋は顔面偏差値の高さと特殊能力を持っていることを採用基準にでもしているのだろうか。ギリギリ凛子さんは特殊能力持ちではないにしても、技能レベルはきっと凡人とはワケが違うだろう。だとしたらどちらも持ち合わせていない自分は全くの場違いだな、と廉は密かに意気消沈するのであった。