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好奇心の行く先

 廉が古書店に戻ったのは19時半手前頃であった。

 タクシー代は呼び出し人持ちになっているとのことで、次に会ったらお礼を言わなきゃな、と廉は律儀に考えながら店へと戻る。


 廉が店に入るやいなや、冬夜はまるで誘拐された我が子との感動の再開のごとく、猛ダッシュで廉の前まで来るとその勢いのまま廉を思いきり抱きしめた。


「もう本当に心配したよー! さっきエルから連絡があった時は心臓が止まるかと⋯⋯いや止まったね数秒。間違いなく止まった」


 本当に心配してたのかよ。

 いつもの如く発せられるふざけた言葉たちにそう思いつつも、廉はどこか妙な安心感を覚えいていた。


「離してください、痛いです」


 その言葉におっ、と呟き冬夜は廉から離れる。

  

「そうそう、エルが自分が変な場所を指定したせいで危ない目に合わせたから、謝っといてくれって」


「いや、まあこればっかりは俺の運が悪かったところもあるし、結果助けてもらったので、気にしないでくださいと伝えておいてください」


 冷静な言葉に驚いたのか、冬夜は数秒目をパチパチとさせて廉を見つめると、少し考える様な表情をして、机に腰かける。流れる様な動作でスラリとした長い脚を組むと、顎に手を当て再び廉をまじまじと見つめた。


 

「もしかして、慣れてる?」


 神妙な面持ちで問いかける冬夜。


「慣れてるって何にですか?」


「殺されかけるの」


 沈黙以上の空白。


 廉の思考はピタリと止まり、数秒の間紛れもない空白がその場を支配した。


「⋯⋯それ、本気で言ってます?」


「うん」


「ツッコミ待ちとか?」


「ん?」


 首をかしげる冬夜を見て、そうだ、こういう人だったこの人は、と改めて認識し大きなため息をついた。


「200%慣れてません。どうしたらそんな思考になるんですか」


「なるほど。慣れてないのにその落ち着きぶり。それはそれで実に興味深いな」


 冬夜はまるで新たなおもちゃを見つけた子供の様な表情で廉の顔をのぞいている。


「そんなことに興味を持ってもらっても困るんですけど。あー、なんていうか、落ち着いてるんだか頭がついていってないんだか、自分でもよく分かってないんで」


 それを聞くと冬夜は納得したかの様に無言で頷いた。 


 実際のところこれが廉の本心であった。

 今の状況は自分が今まで想像していた、“死に直面した時の心情”とは随分とかけ離れていた。もっと恐怖や絶望に打ちひしがれるだろうと思っていたし、仮に命が助かった場合であってもまともな精神状態でいられないだろうと思って居た。

 しかしそれはあくまで想像上のことであり、実際に体験してみたら違っただけといえばそれまでなのだが、廉の中ではどこか腑に落ちない気分だった。



「そういえば彼女のこと、奴らに話さなかったんだって? どうして?」


 唐突に聞かれ、一瞬廉は口ごもる。

 あの時、自分がどんな目に合うとしてもエルのことを話すつもりはなかった。あの場では直感的に話さない方が良い思っただけだったが、今ならその理由は明確にわかっていた。


「巻き込みたくなかったから、です。⋯⋯あ、いや美人な女の人だからとかそういうのじゃなくて! あれは自分に降りかかったことだったし、自分だけで終わらせたかった。それに冬夜さんがエルさんの情報を全然教えてくれなかったから、言わない方が良いのかなって。もしそういう思惑があるならそれを邪魔する様なことはしたくなかったんです。だって⋯⋯」


「だって?」


「余計なことしてがっかりさせたくなかったから」


 廉は気恥ずかしそうにぼそりと呟く。

 

 廉自身も自分の感情に驚いていた。

 会ってまだ数日、その上人生で出会った人の中でも群を抜いて変人であるこの如月冬夜という男に、なぜか廉は少しだけ認められたいと思っていた。

 認められたいという感情は、おそらく尊敬する人物や憧れの人物に対して抱くことがほとんどだろう。

 片付けは出来ない、仕事の大半は本を片手にティータイム、人の気も知らずベラベラと話し続ける上に、やたらと強引。日々の冬夜を思い返すと尊敬も憧れもあったもんじゃないが、それでも不思議なことに、廉は冬夜に認められたいと思っていたのである。


「なんて健気な⋯⋯もう泣きそう!」


 安っぽい泣き真似をする冬夜を見て呆れると、廉は一層自分の感情に疑問を持つのであった。

 

 廉の呆れた表情に気がついたのか、泣き真似をスパッとやめると仕切り直すかの様に手を叩く。


「さて。そういうことならもう話してしまおうかな」


 机からヒョイっと降りると冬夜は廉にまっすぐ向き合う。


「君を万屋のメンバーにしようと思ってる。異論は⋯⋯まあ限りなく認めないけどあれば聞くよ」


 ニコニコとしながら話す冬夜。


「俺を万屋に⋯⋯?」


 想定外の言葉に廉は必死に言葉の意味を理解しようとする。


「うん」


「なんでですか?」


「ちょっと人手が足りなくてね。とはいえ誰でも大歓迎ってわけじゃないんだけど、なんかさっきの話を聞いたらもう小鹿君しかいないな、ってビビッときて」


「はあ⋯⋯」


 戸惑う廉を余所に、冬夜は続ける。


「っていうのは事実の半分、というよりむしろ認識の再確認って感じかな。実は前から決めてたんだよね。子鹿君、多分才能あるから」


 冬夜はやけに自信ありげにそう言った。


「才能? なんの才能か分かんないですけど、そんなのないですよ。多分」


 18年間平凡に生きてきた廉にとってそれは明白であった。特に秀でた才能も特別恵まれた境遇もなく、実に普通な人生をまっとうに送ってきた。それが鹿田廉なのである。


「僕の目に狂いはないよ。こう見えて、人を見る目はあるからね」


 まるで人間は皆全て自分の手の内だ、とでも言うように。

 目の前の冬夜はいつも通り笑顔であったが、廉はわずかにいつもの笑顔の裏にいつもとは違う冬夜が見えた様な気がした。


 一呼吸置いて冬夜は続ける。


「それで、どう? 返事は」


 まるで答えを見透かしているかの様に。


 その言葉は質問というよりも確認に近い響きだった。


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