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規格外

 黒髪の女性が見つめる先に目を向けると、先ほどまで目の前に立っていたはずの男がうずくまっているのが見えた。


「ごめんごめん、ちょっと遅れちゃったなー。ま、生きてるしギリギリセーフ?」


 髪をかきあげながらこちらを向く女性。自ら蹴り飛ばした男には目もくれず、彼女はまるで何事もなかったかの様な表情で廉を見ている。


「あれ、あんた冬夜のところの子だよね? 確か子鹿くん⋯⋯だっけ」


 状況を理解できずに黙っている廉を見て女性は呟く。


「はっ、はい! そうです。封筒を渡してって言われてて⋯⋯」

 

 何が起きたのか全く理解は出来ていなかったが、廉は慌てて質問に答えた。

 すると横からリーダー格の男の声が聞こえた。


「そうかそうか。あんたが絡んでるからコイツは口を割らなかったってことか⋯⋯」


 チッと言いながら地面から起き上がる。


「はあ?何言ってんのか全然わかんないんだけど」


 挑発する様な女性の声にリーダー格の男は目を見開くとナイフを構えてこちらへ向かってきた。


 それと同時に目の前で起きた出来事にただ呆然と立ち尽くしていた残りの男2人も女性めがけて殴りかかる。


「あぶなっ⋯⋯」


 廉が叫ぶ。

 

 一瞬の出来事だった。


 女性はギリギリまでその場に身を置き、男たちを引き付けると三者からの攻撃が当たる寸前でまるで瞬間移動でもするかの様に後ろへ下がる。

 リーダー格の男の持っていたナイフは見事に長髪の男の体に刺さり、同士討ち状態となっていた。

 しかしそれでは終わらず、女性は瞬く間に無傷の男の背後に回るとリーダー格の男めがけて勢いよく蹴り飛ばした。

 一連の動作には何一つ無駄な動きはなく、喧嘩に芸術点があるとすれば間違いなく満点といったところだろう。


ーー強すぎる⋯⋯!!


 その華麗な動きと規格外の強さに圧倒されていると、女性は首をポキポキと鳴らしながら呟いた。


「あーあー、ちょっとやりすぎたなこれは」



 

ーーーーーーーーーーーーー


「あたしはエル、よろしく」


 いーえるえるいーでエルね、と付け加えながら彼女は手を差し出す。


 廉はまだ今のこの状況に頭の整理がついていなかったが、ひとまず差し出された手を握る。


 美人だ⋯⋯。

 こんな状況ですらそう思ってしまうほど、彼女は綺麗な顔をしていた。

 さっきまでは圧倒的な戦闘能力の高さにばかり気を取られていたが、まじまじと彼女を見ると古書店で見た写真以上に美人であった。少しばかり気の強そうな顔立ちが、余計に綺麗さを際立たせている。

 また170cmはありそうな身長と、やすっと伸びた背筋も相まって、細身ではあるもののどこかどっしりとした王者の風格の様な雰囲気を纏っていた。


「顔、大丈夫か?」


 廉がぼんやりとしていると彼女はジャケットのポケットからティッシュを取り出し、廉に渡す。


「あ、ありがとうございま⋯⋯っいってぇ」


 さっきまでは興奮していたからかそれ程頬の痛みには意識が向いていなかったが、今になってやっとキリキリとした痛みを自覚する。それと同時に、頬を切られた時のナイフの感触を鮮明に思い出してしまい、急に顔が青ざめていくのを感じた。


「ほら、後でちゃんと消毒しなよ? そんなに傷は深くなさそうだけど、顔の傷なんて男であっても今時流行んないからさ」


 廉は渡されたティッシュを頬に押し付け、エルの言葉にそうですよね、と同調していた。


「そういえば」


 ふと思い出した様に呟き、廉は背負っていたリュックから例の封筒を取り出す。

 改めて封筒を見ると、こいつのせいで自分はこんな目にあったのかと少しばかり苛立ちを感じたが、その気持ちを押し消す様にしてエルに手渡した。


「お! すっかり忘れてたよ。それをもらいに来たんだった」


 はっはっはと大きく笑うエルを見てこの人もどこか変わってるな、と廉は思った。



 エルはちらりと中身を確認し、うん、と静かに呟くと慣れた手つきでヴェールの操作しだす。

 数回画面をタッチすると、操作が完了したのかパッと顔をあげ廉と向かい合った。


「あと2分もしないうちに向こうの通りにタクシーが来るから、あんたはそれで帰りな。危ない目にあわせちゃって悪かったね」


 そう言うとエルは車道のある通りとは逆の方向に歩きだす。

 一瞬、あなたは一体何者なんですか、と問いかけようとしたが、先日冬夜に仕事を聞いた時の空気を思い出しギリギリのところで言葉を飲み込んだ。


「あっ、あの! すみません、この後も仕事が入ってるって聞いてたのに⋯⋯俺のせいで足止めさせてしまって」


 エルはくるりと振り返り廉を見ると少し驚いたような顔をしてすぐに笑い出す。


「あっはは。なんで謝んの。てかさー、あんたさっきまで自分の命が危なかったっていうのに、もう人の心配? 大層なこった」


 気をつけて帰んなよ、と言うとエルは手をひらひらとさせて裏通りの暗闇の中に消えていった。


 

 エルの言っていた通り、車道に出ると一台のタクシーが停まっていた。

 時刻はまだ19時前だったのでひとまず古書店に戻ることに決め、廉は運転手に住所を伝える。

 頬の痛みも気になったので、途中で薬局にも寄ってもらうことにした。


 それにしても、今日は散々な日だ。

 大学一の美少女冴島アイラとの放課後ダーツというビッグイベントを逃し、さらに頼まれごとを引き受け隣町に来てみればヤクザと思わしき連中に殺されかけた。人生の中でもダントツで最悪な日ではないだろうか。

 流れる景色を眺めながらぼんやりと今日の出来事を振り返ると、一気に疲れがこみ上げてくるのを感じた。


 数分ほど走ったところで、小さな薬局に着いた。

 廉はささっと買い物を済ませると、車内に戻る前に軽く頬を消毒する。

 顔を怪我するなんて小学1年生の頃、学校の階段から転げ落ちた時におでこを切った以来だ。あの時は相当泣いたんだっけ。


 そんなことを思い出しながら廉は慣れない手つきで大きな絆創膏を頬に貼る。

 しかしそれでも絆創膏のサイズが少々小さかったのか、傷口に粘着部分が被ってしまった。剥がす時の痛みを想像し一瞬身震いをしたが、貼ってしまったものは仕方ないと諦め、トボトボと車内へ戻った。


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