第95話
「くっ」
反射的に、わたしは剣を振っていました。
緑の光を斬り裂き――念のために息も止め、そのまま身を投げ出して洞窟を転がります。
今のは。
なんですか。
慌てて立ち上がりますが、部隊に変化はありません。
騎士ロームンも、少しよろめいただけで、無事なようです。
「な、なんだ今のは……!? アルリオンが効かない!?」
セオリナ姫が、カメレオンドラゴンから距離をとっています。
いまだもって、ドラゴンは脚を動かしません。
特に姫を追うでもなく、そしてダメージを負った様子もありません。
やはりこれは罠、ということでしょう。
しかし……いったい、どういう罠なのか……?
わからない状態が、いちばん危険です。
「姫様、後退しましょう。いったん洞窟の外に――」
「今だ!! 突撃ィーーーーーッ!!」
……な。
振り向くいとますらわたしに与えず、第3勇者隊が突撃しました。
たちまちカメレオンドラゴンに肉薄し、タイミングのそろった――いつも通りの――見事な攻撃を加えていきます。
ばかな。
姫のスキルは、<アルリオン・スタンラード>は、効いていないのに。
ドラゴンはスタンしていません。
騎士ロームンにも、兵士たちにも、当然見えていたはずでは。
「ど、どうしてっ……!? よせ、やめろ! 戻れロームン、まだだめだ! だめだあーッ!!」
セオリナ姫の言葉にも、部隊が退く様子はありません。
姫がピンチと見て、焦ったのでしょうか?
はたまた本当に、チャンスと感じたのでしょうか?
どちらも違うように、わたしには思えます。
ドラゴンに斬りかかる、部隊の面々は……
その攻撃が、当たり前のようにまったく効いていないにもかかわらず……
誰もが皆、敵にとどめをさしているときの、溌剌とした闘志をみなぎらせているのですから。
「ろ、ロームン!? 聞こえないのかっ!? ロームンっ――」
「姫様!」
遅ればせながらわたしも突撃し、暴れ回る兵士の間でもみくちゃにされている姫を引っ張り出しました。
その動きすら、誰も見ていません。
ただやみくもに、無意味な攻撃を繰り返しています。嬉々として。
「い、いったいっ……いったい何が……!?」
わかりません。
わたしにも、セオリナ姫の疑問に答えることはできません。
ただ……
わかっていることも、あります。
「やはりのう」
部隊からも、我々からも等距離。
のんきに棒立ちし、あごひげをなでているユグス殿――いえ。
ユグスに向かって、わたしは地を蹴りました。
やはり、はこちらのセリフです。
「ただ者ではないな、アリーシャ?」
「問答――」
無用。
疾れ、12聖剣筆頭雄剣。
わたしの振るう切っ先が、ユグスに届くよりも瞬間はやく。
視界のすべてが、先ほどとも違う、青い光で満たされて――
まぶたを閉じる愚は、冒さなかったはずです。
しかし、思考はわずかに止められていた様子で……
気がつくと、まるで景色が変わっていました。
金色。
荘厳。
……どこかの城にある最上級の宮殿、とはじめは見て取りました。
それほどまでに広く、そしてふしぎなほど装飾の少ない屋内。
見回す限り、ほとんどが金色で……というかまさしく、金なのではないでしょうか?
床にぽつりぽつりと、無造作に転がっているひと抱えほどの珠――色とりどりのそれらが宝石のかたまりだとわかるまで、数秒を要しました。
「転移……強制転移?」
「う……っ、な、なんだここは……!?」
「わかりません。聞いてみましょうか」
「あ、アリーシャ……?」
わたしのとなりには、両目をしばたたくセオリナ姫。
他の『部隊の人間』はおりません。
帰らずの洞窟から別の場所へと、我々だけが弾き飛ばされたようです。
この場にいる、部隊の人間ではない者……
最初から、そうでなかった者によって。
「ここはどこですか? ユグス」
「はっはっはっ……この期に及んで冷静ではないか。ここはのう――」
「あなたは何者ですか? 人間ではありませんね? いつから裏切っていたのですか、いえそれは最初からでしょうね。いつから部隊に関わっていたのですか? 目的はなんですか? 恥ずかしくないのですか?」
「う、う、お、おま、むちゃくちゃ聞いてくるでないわ!? ゼルスンを思い出させおるっ――」
かかとで地を打つタイミングは、完璧だったはずです。
全身を投げ出すつもりで飛びかかり、ユグスの右目に最短距離の突きを――
放った、のですが。
確かにそう、だったのですが。
「……え……!?」
着地したその足で、わたしは反射的に飛びすさりました。
……どういうことでしょう。
ユグスとわたしとの距離が、先ほどよりも開いている。
「なっ……あ、アリーシャ……!?」
「やれやれ。あぶないあぶない」
セオリナ姫は驚いておられますが、何についての反応かはよくわかりません。
ありもしない額の汗をぬぐうユグスの、わざとらしいにやにや笑いには反吐が出ます。
もういちど、今度こそ確実に、斬りかかりたいところですが……
「今のは……どんな手品ですか? ユグス」
「ワシの力ではない。ワシだけであれば、やられておったかもしれんのう。おぬし、何者なんじゃ? どうにか追い出してやりたかったが、そういう隙もないし……」
「どういう手品かと聞いていますよ?」
「ワシに聞かれても困る。ご本人様におうかがいを立てるがよい」
――なに?
背後か、などという間の抜けたリアクションを、よもや自分がとることになろうとは思いませんでした。
見知らぬ場所での、自分の後ろ。
警戒しないわけがありません。常に意識を振り向けております。
にもかかわらず。
ユグスの言葉を耳に入れた、その瞬間から感じる圧倒的な気配。
先に振り返ったらしいセオリナ姫が、うっ、とのどに息を詰まらせるのが聞こえました。
「な……何者だ!? い、いつからそこにいたっ!?」
「最初からいたとも」
高く響くも落ち着いた、鈴の音を鳴らしたような声。
女……
この声……この感じ。
覚えがあります。
反射的に、わたしは安物の兜を目深にかぶり直しました。
無意味なこととは知りつつも。
ぱっと、今まで見たこともないような笑顔になったユグスが、うやうやしく礼をとります。
「予想通りと言いますか、やはり、転移させてくることになってしまいました。申しわけもございません」
やつの視線を追うように、わたしもゆっくり振り返ります。
……宮殿の床に転がっていた、無数の珠のうちひとつ。
空中にふわふわと浮き上がっているそれに、ずいぶんと長身の女性が腰かけています。
深い群青のドレス姿。
緑の扇で口元を隠す優雅な仕草と裏腹に、その目は……その眼は確かに、我々を見下している。
そんな女性。いえ。
龍族魔王。
「ラグラドヴァリエ……」
やばいのでは?
これは、だいぶ……だいぶ危ういのでは。
具体的には、魔王様の夏期集中トレーニング勇者育成スパルタンX、を受けたとき以来の。
そんな心地が、しております。
さて。
どうしましょうか。
お読みくださり、ありがとうございます。
次は8/5、19時ごろの更新です。




