第63話
ざ、と岩場に少女が踏み込んでくる。
……近づいているのはわかっていたが、思ったより早かったな。
「イールギット……」
彼女は俺と目を合わせ、しかしうなずきはしなかった。
今の「待て」は……俺に言ったのか?
それとも、背を向けて逃げようとしていた、かつてのパーティメンバーに言ったのか?
「い……イールギット……!」
驚いている剣士たちと俺との中間まで、イールギットは歩み出る。
あの幼児包囲網を抜けてきたというのか……
やはり1度体験したことには、2度手こずったりはしないのだな。
旅支度は、していない。
いつものマント姿で、悠然と構えている。
「アンタたち……」
「イールギット……イールギット・ラフカルディ! お前を逮捕……逮捕、しに、来たのはそうなんだが! 今は、その……!」
「逃げられると思ってんの?」
「え?」
「今の時点で、魔王には子ども扱い。アンタらのスキルじゃ足止めにもならない。やみくもに走って道を逃げたとしても、魔王の勢力範囲外までどれだけかかると思う?」
「く……!?」
「く、じゃないわよ。パーティ組んでたころから、まるで成長してない……ちっとも修行しなかったのね。ま、あの国じゃ、適当な精神論や人情劇繰り広げてれば勇者扱いだったし、無理もないけど」
ひどい! と魔法使いが声を荒らげた。
「あなたにわたしたちの何がわかるの!? いつだって人のために力を尽くしてきたわ! 自分の修行ばかり優先させてきたあなたと違ってね!」
「そうね。いろいろやってはいたわね。村娘だか、鍛冶屋の親子だか、魔王も棲んでない土地の隠し地図だか」
「人々の生活を守るのが勇者でしょ!?」
「誰かのため、っていうのはね。少し勘違いすると、『俺たちのために誰か困れ』って言ってるのと同じになっちゃうのよ」
「は……!?」
「アンタたちは、危ない目に遭いたくないから……魔王と戦いたくないから、安全な国内で一所懸命仕事を見つけてきてた。あたしの目には、そんなふうに見えてたわ」
「そっ……!!」
「でもいいわ、今は。そんなことどうだって」
え、と言葉に詰まったらしい魔法使いに、イールギットは背を向けた。
つまり、俺のほうに向き直って……
キッ、と眼差しを改めた。
「アンタたちはここまで来た。来てしまった。よりにもよって、この魔王の領地にまで。経緯はなんだっていいわ。あたしを捕まえて戻らない限り、あの国に居場所はない、勇者の地位も剥奪、みたいにボンクラ国王から言われたんだとしてもね」
「うっ……」
「もう手遅れよ。生きて帰りたいなら、ここで魔王を倒すしかない。でもアンタらには無理。だから……」
イールギットの力が膨れ上がる。
大地を踏みしめた両足から、螺旋を描いて大気を巻きこんでゆく。
練り上げられた魔力が色づき、炎のように揺らめくほどに。
「ぜんぶの力を、あたしに振り絞りなさい!!」
「い、イールギット!?」
「あたしは勝つ! 勝たなきゃダメなのよ、この魔王にね!!」
……なるほど。
たとえ役者不足のパーティでも、自分の支援に徹せさせれば、か。
俺に単身挑んできた、あのときよりも勝ちの目があると。
あるいは。
今までもずっと、そうしてきたのか?
どれだけその身を粉にしてきた? イールギットよ……
「わ……わかった! 力を貸そう、イールギット!」
「ちょっと!? 何言ってるのよ、そんな義理ないじゃない!」
「だが、逃げられるとは思えない! 大丈夫だ! 力を合わせれば必ず勝てる!」
…………。
マジで、どれだけその身を粉にしてきた! イールギットよ!
「力を貸してくださっているのは、イールギット様のほうでしょう」
傍らのアリーシャが口を挟む。
普段なら、俺を差し置いて発言したりなど、絶対しない彼女だが……さすがにたまりかねたか。
この子、意外とツッコみ気質だしな。
「あなたがたに選択権などないのでは?」
「だ、黙れ! 魔王の部下に言われる筋合いはない!」
「わたしは魔王様の部下ではありません。弟子ではありますが、人間です」
「!? 人間!? 弟子だと!? 何を言ってっ……、そうか! 洗脳されているんだね!?」
「されていません」
「洗脳されてる人はみんなそう言うんだ! かわいそうに! 必ず助けてあげるからね! おのれ卑劣な魔王め!」
「魔王様。この人間、わたしが相手をしても?」
よせよせ、と手で合図する。
それはイールギットの本意じゃない。
「結果的には、勇者パーティ対魔王だ。人間全員、俺が相手をする」
じっと俺をにらみ続けていたイールギットが……
小さく笑った。
お読みくださり、ありがとうございます。
次は2/4、19時ごろの更新です。




