第51話
その夜、俺の自室。
「少しずつ、調子を取り戻しているようだ」
食後の酒を楽しみながら、俺はアリーシャたちにうなずいた。
「しばらくは、あのままがよかろうな。また勇者として魔王城を発つ気力が養われるまでは」
「イールギット様ご自身にも、それは難しい判断かと思われますが」
「そうだな。だが俺にもどうしようもない。結局まだ、本人の口からは、なにも聞けていないことだし」
「……左様ですね」
「なに、それほど心配することもないんじゃないか。人間には悩むことも必要と聞くしな」
「わたしは、以前のイールギット様を存じ上げませんので、なんとも言えませんが……魔王様がそうおっしゃるのであれば」
「うむ。もともと前向きで、明るく強い子だ。今日も園児たちのパワーに押し負けていなかった」
「すごかったですね」
「ああ。ついにアーンはしてくれなかったが」
「それはそうかと」
つまんな~い、とマロネがなにやらぶーたれる。
「もっとこう、囚人っぽいことさせましょーよー。囚人っぽいことー」
「どんな欲望だよ。なんだ、ぽいことって?」
「昔の人間は、奴隷を猛獣と戦わせてたそうですよ?」
「えっひどい。なんでそんなことするの?」
「さあ? 見世物なんじゃないですか。うちだと誰だろ、ラギアルドあたりですかね?」
「確かにあいつライオンっぽいけど、ダメだぞそんなの。イールギットかわいそうだろ」
「囚人なのに……」
「あとテイムされて終わりな気がする」
「相変わらずテイムうざい……ラギアルドがんばって……」
確かに、とアリーシャがまじめな顔でうなずく。
「体を動かすということは、どんな状況でもそれなりの気分転換になります」
「アリーシャたん……マロネ、そんな建設的な意見出したつもりないもん……」
「今日のことも、なかなかの体力仕事。あのくらいでいいのではないでしょうか。気分が変われば、イールギット様もスローライフを楽しみはじめるかもしれません」
「楽しまなくていい……苦しめ……もっと苦しめ……!」
「マロネ様がこうやって自分からお構いになることも、実際わりと良い効果をもたらされているかと」
「な……なんだってーーーーーッ!?」
なるほど。そういう考え方もあるのか。
人間の心は奥が深いなあ。
「まあ、マロネはイールギットにばかりかまけていてもらっても困るが」
「うぐぐぐ、魔王様までそんなことを。根本的に作戦を練り直さないとっ……!」
「せんでよろしい。アリーシャ、おまえはイールギットを見ていてやってくれ。同じ人間だ、なにか細やかな変化に気がついたら、教えてもらいたい」
承知いたしました、とアリーシャが1礼して、俺の部屋を出て行く。
自分の修行もあるというのに、本当にいい子だ。
「俺も今日はずいぶんやられたな。あの子どもたちのエネルギーときたら……やれやれ、腰が痛い」
「もみましょっかー?」
「おお、頼む」
どっこら、とベッドにうつぶせになる。
マロネがぴょいと背中に飛び乗り、でやでやと腰を圧迫してくれた。
うぅ~む、闇の精霊。
重さはほとんどないのに力はある。
まこと便利な存在……あ~~~効くのお……
「イールギットの元パーティが近づいております」
背中からの声に、俺は反応しなかった。
目を閉じたまま、マロネの静かな報告にじっと耳を澄ます。
「すでに西の隣国に入ったとのこと。ゼルス様の情報を集め、装備を調えているようです。精霊までは使っていないようなので、大したことがわかるとも思えませんが」
「何のために……?」
「調査中です。しかしゼルス様……あいつが罠、ということは考えられませんか」
「イールギットがか」
「はい」
ふむ……
わざと囚われたイールギットが、なんらかの手段で勇者に情報を渡し、いざ乗り込んできたときは内側から呼応する。
なるほど。
「アリーシャだけでは心許ないかと。常時見張りを張りつけたほうが、まくらを高くしておやすみいただけます」
「そうだな。だが、マロネよ」
「はい」
「イールギットが勇者と呼応し、俺を倒さんとしている。それの何が問題だ?」
「ゼルス様……」
「見事な策じゃあないか。いったいどんな勇者が来てくれるのか、楽しみだ」
「ゼルス様。勇者パーティはともかく、イールギットを甘く見られては」
「わかっている」
腰をはなれ、肩に置かれたマロネの小さな手を、俺はぽんぽんとたたいた。
「わかっているとも。甘く見たりなどするものか、おまえのライバルを」
「……マロネは、あんなやつのテイムなんて、へのかっぱです」
「そうか? それにしては、ずいぶん甘えてくれたじゃないか」
「あれはそうしたいからです。いつだって。……マロネは、いつだって」
ぴた、と背中に張りつく気配がする。
軽いからこそ、しっかりと伝わるにおい。
次の瞬間、ふ、とそれが消え失せた。
「おやすみなさいませ」
それきり、なにも聞こえない。
首筋に触れたマロネの吐息だけが、ふしぎな存在感をいつまでも残している……
しばしのち、俺は寝返りを打った。
天井を眺め。
身を起こし。
うむ、と小さくうなずく。
「マロネよ」
反応はない。
「マロネよ」
「……へ~い」
ガチャ、と普通にドアが開いた。
かつてない渾身のふてくされ顔で、マロネがぺたぺたと入ってくる。
「なんスか。なんスかマジで」
「いや、ちょっと用事が」
「ふつー呼びます? あの雰囲気で出てって? 甘い余韻を楽しみながら『愛いやつ……』とか呟くとこじゃないんスか今こそ」
「なんかごめん」
「あ、それともアレ? 思いのほかツボに入っちゃって、マロネとえろいことしちゃう気になりました? どんとこいばっちこい」
「伝言を頼みたい」
「憎しみで魔王が殺せたらっ……!!」
ぎりぎりぎり、と奥歯をきしませるマロネに。
至急だ、と俺は付け加えた。
「西を守るラギアルドに、伝えてくれ」
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