第38話
「おう、馬……スレイプニルか」
すごい速さで駆け込んできたのは、8本足の馬の魔族だ。
背中にオッサンの上半身を生やしている。
ずいぶんと慌てた様子で、アリーシャのとなりを走り抜けてきた。
珍しいな?
普段はまんま馬のままうろついて、俺にからかわれる役回りだってのに。
「由々しき事態にございます、魔王様!!」
「どうした? まさかまた勇者でもやって来たのか? はっは」
「そのまさかでございます!!」
ほう!?
それはそれは、と頬をゆるませかけた俺より早く、
「おい? スレイプニル」
細いまゆをひそめたマロネが、走ってくるスレイプニルに言った。
「何してんの。止まりなさい」
「ま、ま、魔王様っ!!」
「ちょっと! おいっ!?」
「お逃げください魔王様ああああああ!!」
そのまま突進してきたスレイプニルが、
どかんッ!
と俺の玉座に激突し、ともに吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「ぜ、ゼルス様!」
「魔王様!」
マロネとアリーシャが駆け寄ってくる。
ふむ、と俺は足下の2人を見下ろした。
すぐさま宙に浮いて、逃れたのはいいが……?
「なんだ……? どういうイッパツ芸だ、今のは?」
「足をゆるめる気配もありませんでしたね」
「いや。ところどころ、筋肉の動きが不自然だった。なにかに抗おうとしてはいたようだ」
「ふむむん? それは~……?」
がばっ、とスレイプニルが跳ね起きた。
飛べないまでもまた走ってきて、大きないななきを響かせる。
頑丈な部下だなおい。
「お逃げください魔王様!! こ、このスレイプニルの足が! 体が! 勝手に!! うおおおお魔王様あ!!」
「ベルスタン」
「ほぎえっ!?」
ひょいと近づいたマロネの放ったスキルに、スレイプニルがばったりと横倒しになる。
さすがだマロネ。
てゆーか珍しく、素直に頼れる仕事をしてくれたな!
「ふむふむ……ふむーん。アリーシャたん、早く隠れちゃって~」
「……よろしいのですか? 及ばずながら、ご助力を……」
「いーからいーから。このマロネ様にまかせなさいって」
「ですが……この相手は、もしや……」
「言いたいことはわかるけど、こっちにもいろいろあんの。ゆーてアリーシャはお客さんなんだから、ほら、隠れた隠れた」
「……はい」
複雑な表情を取り繕おうともせず、アリーシャが俺に一礼し、謁見の間の奥へと消えた。
マロネの言う通りだ。
アリーシャはまだ修行中の身。
逆に、ここで何かあっては、育てているこちらとて困る。
「しかし……どう読む、マロネ?」
「読みは放棄いたしました。もう因縁のにおいがしてますから」
「ほう、はは。闇の精霊が鼻もきくとは、初耳だな!」
「そりゃあもう、コイツに関してだきゃあね……!」
ゴウ、と風を巻く音が響く。
謁見の間から望む青空を、白い影が矢のようによぎった。
急上昇したそれは、そのまま俺の視界の中に落ちてくる。
軽い足音とともに、翼持つ白馬が降り立った。
合わせて俺も、空中から床に戻る。
ペガサス。
そしてその背にまたがるは――
「勇者か」
「いかにも!!」
バッ、とペガサスから人が飛び降りた。
マントに包まれたその身長は、乗り物の背にも届かない。
マロネよりもわずかに高いかな程度の、幼いとすら言っていい体つきの少女だ。
しかし、見た目は関係ない。
彼女は勇者と名乗ったのだ。
「魔王ゼルス!!」
その小さな手が、まっすぐに俺を示す。
「今日がアンタの命日よ!! 覚悟しなさい!!」
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