第26話
ギョアアアア、と悲鳴を響かせて、アイシクルガーゴイルが横倒しになる。
氷でできたその体は、すぐに粉々に砕け散った。
「……お……」
驚いていない者は、その場にいなかっただろう。
ただ1人。
矢を放った張本人……
「弓ちゃん……」
そう弓ちゃんを除いてはってああああ名前忘れた名前わからない弓ちゃんって言っちゃった!
弦を弾いたその姿勢のまま、弓ちゃんは立ち尽くしている。
何を思っているのだろうか、この気温の中ででも顔が白いのがわかった。
俺の声も、届いてはいないようだ。
しかし、いや。
見事な腕前だったなあ。
さすがはファレンスのメンバー……
「ユミーナ」
アイシクルガーゴイルを確認したファレンスが、こちらに向き直る。
その表情は、険しくしかめられていた。
「何をした?」
「あ……危ないと、思って」
「そんなことはいい! 何をした!?」
「や、矢を撃っただけだよ! 1本だけ……!」
「私がそれをしろと言ったか!? お前がこのガーゴイルを始末しろと! 言ったか!?」
なにを、と前に出ようとしたアリーシャを、俺は片手で止める。
いや。
わかる。
アリーシャの考えはわかる。
確かにこれは……うむ……どういうことなんだ?
ファレンスは、弓ちゃんに何を言っている?
それを知りたい。
理解したい。
「私が命令したこと以外はするな! この戦場を支配しているのは私だ!」
「で、でも……今のは……」
「気づいていた! ガーゴイルにくらい! 私が処理するべき魔物だったのだ!」
……いや?
それはうそだろう?
魔王にはわかる。
そんなそぶりではなかった。絶対にだ。
「なぜだ……?」
なぜそんなうそをつく?
目的はなんだ? 勇者的な理由があるのか?
だとしたら、それは……?
わからない。
……わからないのは……
「お前ごときの弓に力を借りねばならんような、この勇者ファレンスではない! 凡人にはそんなこともわからんのか」
「わ……わかったよ。2度としないよ……」
「そんな決心は必要ない。お前はこの仕事限りだ」
「なっ……!? ち、ちょっと!?」
「今日までの金は支払ってやる。だが再び命令に背けばそれもなしだ。せいぜいわきまえることだな!」
吐き捨てるように告げて、ファレンスはダンジョンの奥へ進んでいった。
1回のミスでクビ……いや。
ミスならば、わからんでもないが……?
「バッカだな、おめーよ」
弓ちゃんに近づいてきた鎧くんが、金具をガチャつかせて肩をすくめる。
「どうしたってんだよ、急に?」
「だ……だって、さっきのは。あいつが不意打ちくらって死んでたら、あたしらの報酬だって……」
「ハア~? わかってねーな! そうなったら俺らでガーゴイル倒して、勇者ファレンスの仇を討ったっつって売り込みゃよかったじゃねーか。ついでにあいつのサイフも拾えたってのによ」
「……そっか。はは……あんた、頭いいんだね……」
「ったく、とばっちりで俺までクビにならねーよーにしねーと。もうよけいなことするなよな!」
ガチャガチャと、鎧くんは先に進んだ。
俺とアリーシャも、棒立ちしたままの弓ちゃんを通りすぎ、奥へと向かう。
今、かけるべき言葉がないことくらいは、俺にもわかる。
この魔王にも。
わかる……が。
「どういうことだ……?」
「ゼルスン様……?」
「ファレンスは勇者だ。なるほどガーゴイルを自らの手で倒すことに、特別な意味があるのかもしれない。それがわからないのは、きっと俺が魔王だからだ」
「いえ! そんな――」
「だが。弓で窮地を救ってくれた仲間を……どういう意味合いの繋がりかはともかく、仲間をむげに扱うことの意味。理由。それがわからないのは……」
「ゼルス様……!」
「俺が、魔王だから……か……?」
意味があるとしたら、いったい何だ?
人間社会に必要なことか?
それは魔王を倒すために有効か?
それは……
勇気を源とすることなのか?
ゴワアアアアアアアッ!!
猛々しい咆哮が、俺の思考を遮った。
……なるほど。
答えを出すのは俺ではない、かもな。
「行くぞ、アリーシャ。予定通りに『最善』を尽くす」
「はい!」
肩ごしに、ちらりとだけ振り返る。
ちょうど、弓ちゃんが顔を上げ、くちびるを噛みしめながら1歩踏み出すところだった。
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