表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

116/128

第114話



「……!? ……!!?」


「がんばれっ、びびるなっ、戦えゼルスンっ! アードランツの技などこけおどしだっ! きっと疲れてきているぞ!」


「……!! ……っッ……、……!? …………!」


「ほっ、ほれみろっ、やつの様子がおかしいっ! さっきの技はもう打ち止めなんだっ!」


「っ……すー……はー……」


「ゼルスンいけっ! チャンスだっ……ぜ、ゼルスン? 何をしている!? 何だそのポーズはっ、まるで、まるで大グモの巣に引っかかった荒鷲がっ、内心焦りつつ平静を装っているかのようなっ……!?」


 アードランツは、俺を見つめたまま――そっと、深呼吸したようだった。

 メガネを外し、姿勢を正して、ひとつ咳払いする。


「ポドンゴよ……」


「ひいっ!? あっ、しまったびっくりしてしまったっ、い、いきなりちゃんと名前で呼ぶなっ! いや最初から呼べっ!」


「一時的な、和平を……申し入れよう。海水浴中の部下どもを連れ、国に帰って王に伝えるがよい……」


「なにおうっ!? ……へっ? わ、和平っ? 和平と言ったかっ!?」


「こちらの領土に移住を希望する貴国の民を、しばらく受け入れないこととする。それを条件に、この場は退け……わかったな?」


「あっ……なっ……なっ、何を言っとるかっ!?」


「わかったのか?」


「おっ、お前から要求できることなどないっ! 私は国家反逆者であるお前を討伐するためにっ……」


 まばたきにも満たない刹那で間合いを詰められ、隊長が息を詰まらせた。

 両眼を吊り上げたアードランツが、細腕で隊長の胸ぐらを掴み上げている。

 さらには、今日いちばんの大声――いや、でもちっちゃいけど。


「殺すぞ……!!」


「あっ、はいっ、すみません。和平交渉、承りますでございます」


「出ていけ……!!」


「はいっ、失礼いたします」


 妙に背筋をピンと伸ばして、ぎっくしゃっくと隊長が広間を出ていく。

 俺とアリーシャのことは振り返りもしない……いや、今こそ振り返るべきときだろ、おい。

 いいけどもう……


 さて。


「…………」


「…………」


 俺は様子を見ている。

 アリーシャは空気を読んでいる。


 アードランツは動かない。

 なんなら、隊長の胸ぐらを掴んでいた姿勢のまま、彫像のごとく固まっている……

 いや。

 目は動いてるか、眼球は。


 こっちを見……ようとしてやめ。

 またこっちを見……ようとしてはやめ。

 なにやらこう、アードランツにしかわからない葛藤が渦巻いているようだが。


「…………」


 お。

 動いた。

 俺たちに背を向けて、玉座のほうへ戻っていく。


 とさ、と体を投げ出すように座って。

 アードランツはそのまま、暗い天井を仰ぎ――


「殺してください……」


「どした急に!?」


「失態……あまりな失態。この得も言われぬ羞恥心と罪悪感。(たと)うならばそう、足下(そっか)の真理に気づかぬまま世界の狭間を覗き見るがごとき愚鈍……」


「どゆこと!? あっでもなんか、知ってる! 俺の知ってるアードランツだ! おかえり!」


「もはやこれまで……いろいろな意味でこれまで。早すぎる……」


「何を言うんだアードランツ! 確かに今の俺は勇者志望の傭兵ゼルスンだが! ほら見てくれ武器はパチンコなんだ、道中アリーシャたんが作ってくれた」


「パチンコ……我の最期を飾るにふさわしくありますな。終わった……」


「いやいやいやまてまてごめんごめん! パチンコしないからっ、ええいこんなものっ…………壊せなーーーい! 捨てられないそんなことできない、アリーシャたんが一所懸命作ってくれたんだもんな! ごめんなしまっとこうな!」


 あの、と。

 控えめながらしっかり主張した声で、アリーシャが場を制した。


「落ち着かれてはいかがかと。どちら様も」


「う……うん。ついキョドってしまった。あの、パチンコ……」


「お預かりしておきます」


「ありがと」


 考えてみれば、魔王2人をひと声で抑えてのけるか。もはやカリスマだぜ、アリーシャたん……

 魔王2人。

 2人?


 そうだな。

 なにはともあれ、まずはそこか。


「こほん。久しいな、アードランツよ」


「……長々しく不義理をいたしておりました、魔王ゼルス様」


 ゆらりと玉座から離れたアードランツが、そのまま石床に片ひざをつく。

 かしこまったその姿を見ているだけでも、わかるぞ……


 強くなっている。

 魔法使いとしては、ずば抜けたほどに。

 だが。


「おまえさ……本当に魔王か? 魔王になったのか?」


「……ふ。さすがはゼルス様。切り込まれるときには、微塵の容赦も手心もない。ご息災の様子、このアードランツ、分不相応にも安堵いたしました」


「変わってねーなーおまえも。またマロネに蹴り入れられるぞ」


「我の長い話にお付き合いくださるのは、ゼルス様とラギアルドだけでした。まことにおなつかしく……」


「それで、どうした? てかその我っての何?」


「魔王ポイントでございます」


 いきなりカジュアルだなおい。


「何言ってんだおまえ……?」


「ゼルス様。そちらの少女は」


「ああ。おまえの後輩だ、今俺のところで修行してるアリーシャ。いろいろあって連れてきた」


「ただ者ではございませんな」


「わかるか? おまえほんとに強くなったな」


「滅相もございません……我など、ゼルス様の足もとにも及びませぬ。そう……おっしゃる通り……」


 ようやく立ち上がったアードランツが、斜めに構えて前髪をかきあげる。

 うんうん。

 やっぱり俺の知ってるアードランツだ。

 アリーシャたんがいつになく大皿みたいな目ぇしてガン見してるけど、なんだろ、惚れちった?


「我は、魔王ではございません……正確には、魔界の瘴気を受け入れ、闇の血族となったわけではありませぬ。ゼルス様には、ご一見で看破されておりましょうが……」


「看破できてたら聞かねーって。外からじゃわからんしそんなん」


「ほんの戯れに等しい業でございましたが、よもやゼルス様御自らご降臨なされるとは……恥じ入るばかりでございます。いうなれば我は夕闇、ヒトなりて魔を騙る刹那の道化師……」


「つまりなんで魔王名乗ってんの?」


「勇者どもにムカつきまして」


 うわあ。


「ヒトの闇は醜く重い……淀んで浅い……ねじれてキモい……クソだなと……マジでクソだなと……」


「どうどう。あー、あのー、アレか? 勇者パーティを追放された的な……そういう?」


「さすがはゼルス様。あまりのご明察に汗顔の至り。追放されたんじゃなくこっちから出て行ってやったのだ、などと後追い捨てゼリフを吐くことすらもはばかられる、魔王界の一番星……」


「おまえの言い回しは遠距離射撃すぎるんだよ。あとその一番星やめて。マロネに聞かれたら2ヶ月はからかわれる」


「瘴気の海の明星……昏き地の大統領……闇の血族の一等賞……」


「もうバカにしてんだろおまえ!?」


「めもめも」


「メモらないでいいからアリーシャたんちょっとどうしちゃったのキミまで!?」


 こ、このゼルスが翻弄されている!? なんだこの空間!

 魔王アードランツ、おそるべし……!




お読みくださり、ありがとうございます。


次は12/25、19時ごろの更新です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ