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第111話



「…………」


 マロネは黙ったまま、手紙に顔を寄せた。

 においをかぎ、じっと目をこらし――舌を伸ばして、ぺろりと表面をなめる。

 必死になってきたらしいスレイプニルは、もはやこちらを見てもいない。


「……演出過多。ふん……アーちゃん(アードランツ)の悪いクセだからねえ。本物かなあ? テミっちは普通、このタイミングで手紙なんてよこさないよ。どういう意図にしてもね……」


「ぜはっ、ぜはっ、ま、マロネ様、今何回でしたかなっ!?」


「仮にほんとにテミっちの手紙だったとして、こっちは行き先を知ってるわけで。いちばんに考えるのは、これが助けを求める手紙ってこと……だけど、一方的に助けられるのって、あの子のシュミじゃないよねえ」


「マロネ様っ! ひいっ、ひいっ、今っ、何回でっ、ひいっ」


「あ~3回だよ」


「衝撃的!!」


「重しもいっとこっか」


「ぬおっ、ぬおっ、ば、ばっちこおおおおおおおい!!」


 魔力を適度に巻いて固めて、スレイプニルにズンと乗せてやる。

 どうやら懲罰の意味がわかっていないようなので、あとで説教もしてやらねばなるまい。


 この手紙に染みこんだ『ドワーフのにおい』だけで、テミティからのものだと判断したこと。

 手紙に罠があるかどうか、事前に確かめていないこと。

 いや――自分(マロネ)に渡せば、すべてわかると考えたということか?

 万がいち罠が仕込まれていたとしても、マロネは魔王ではないので極論問題ない。わかるが実に腹が立つ。重しを追加するとしよう。

 むしろ、わからないのは。


「このにおいは、確かに間違いなくテミっち……ってことなんだよねえ……」


 白紙の手紙。

 ゼルスに報せるべきか否か、迷う。

 我らが魔王は、すでに当然、最悪の(・・・)可能性も考えているに違いないからだ。


 改めて報せる必要があるのか、その判断が難しい。

 普段ならばともかく、今回ばかりは魔力通信もうかつにはできない――

 相手がその道のエキスパートすぎる。

 万がいち察知され、億がいち妙な気を起こされでもしたら。


「……マロネは平和、きらいじゃないんだけどなー……。アーちゃん……」


 再び遠い蒼穹を見やった。

 流れゆく白い雲のあいだに、ピンクの髪をした少女の面影がちらつく。


 しばしば味わう、感覚のずれ。

 闇の種族の得意な分野ではない。

 これが人間の影響だとするならば、なるほど忌々しいことだ。

 こんなことで、果たして遂げられるのか……?


「魔王がために死なんことを」


 口の中で呟いて、マロネは目を閉じた。

 よろしくお願いしますよ、ゼルス様。



**********



「必ずやっ! かの邪知暴虐の魔王を打ち倒すのだあーっ!」


「「「おおーーー!!」」」


「いざっ! 進めっ! 王国の勇者たちよーーーっ!!」


「「「おおおーーーーー!!」」」


 うおーーーーーーー!!

 やったんぜー!

 このゼルス様がやったんぜー!

 おおおーーーーー!!


「みなぎってきたあー! みなぎってきたあー!」


「ゼルス()様」


「かかってこいー! うおー! かかってこいー!」


「ゼルスン様。ゼルスン様」


「♪オークの女は いい女ーっ!」


「魔王様」


「こらこらアリーシャたん」


 隊列の中で足を止め、俺はとなりのアリーシャをたしなめた。

 馴染みの薄いタイプの風が、俺とアリーシャの髪を強くなぶる。

 独特な香り。潮風というやつだ。

 俺の右手側一面に、はるか遠くまで海が広がっている。


 足もとの感触にも慣れない。

 砂浜、ビーチというわけではない……そこよりはいくぶん海から離れているが、やはり地面がやわらかい。

 歩いているだけでも、想定以上に体力を削られる土地だろうな。

 魔王の俺には、いまいちピンとこないが。


 とことん見晴らしのいい場所ではある。

 しかし50人ほどの俺たちは、わりと密集して進んでいた。

 後ろから来たご同業(・・・)が、小さく舌打ちして俺たちをよけていく。すまんこってす。


「ちゃんと呼ばないとダメだろ? いや違うか、この場合ちゃんと呼んだらダメなのか。うん? どっちだ?」


「おっしゃりたいことはよくわかりますが、わたしの言いたいことも汲んでいただければ」


「お、どうした? ひょっとして疲れたか? 肩車する?」


「いくらなんでも、そこはまずおんぶなのでは。……イールギット様のときのこと、引きずっておられますか?」


「おまえもよく憶えてたな。まあ、うん、どうした?」


「今いちど、ゼルスン様の目的を確認させてください」


「あらやだアリーシャたん、忘れちったの? 俺たちがはるばる何しに来たのか」


「いいえ。はっきりと記憶しているつもりではおりますが、ゼルスン様のはりきりぶりを見ていると、いささか不安になりました」


 不安に……なぜだ……?

 アリーシャたん、お年頃? 音に聞く乙女心ってやつか?

 意味はまったくわからないが。


「もちろん、アードランツに会いに行くためだぞ」


「ゼルスン様の元お弟子様、魔法使いのアードランツ様ですね」


「そのへんもあんまり言っちゃダメっ。この討伐隊にはヒミツにしてるだろ?」


「承知しておりますが、ゼルスン様が先ほど、あまりにもやる気というか闘る気というか殺る気に満ちあふれておられましたので……どう解釈したものかと」


「だってさー! あいつヤバくね!?」


「ゼルスン様、お声が」


「ぶっちゃけ俺、ここ来るまでぜんぜん信じられなかったし!」


「お声が……いいですけれど、もう」


 あいつが。

 アードランツが。


「魔王になってるとかさー!!」


「左様ですね」


「最初に報告聞いたときゃあ、ついにマロネもボケ散らかしたか、って心配になったもんなマジで!」


「ボケた闇の精霊というのも、確かに興味深くはありますが……」


「いざとなれば俺自ら世話してやらねばなるまい! しかしだ、今回もやつの情報は正しかった……アードランツは、あそこで……!」


 この海岸からすでに見えている、ゴツゴツした岩山の奥深くにあるという城で。

 あいつ自身の魔王城で!


「俺が来るのを待ってるんだからな! こりゃ~テンション上がるぜ、うおーたぎるぅー!」


「……その点についてですが、いかがなものでしょうか」


「おうっ? なにがだ?」


「ゼルスン様がいらっしゃるのを、待たれているわけでは……ないのでは、ないかと」


 ふむ。

 ……ふむ?

 えっ?


「ここまでたどり着くあいだにも、ちらりちらりと思っていたことではあったのですが」


「それは~……うんっ? ど、どゆこと?」


「そもそもゼルスン様、アードランツ様に会って、魔王になった理由を問いただすと言っておられましたが」


「おう! だってそりゃ、あいつは勇者になってるはずだもんな!? そう言って俺のトコ旅立ったんだぜ! なにがどうして魔王ったのやら!」


「魔王った……。それで、理由を聞いたあとは?」


「あと?」


「聞いてどうなさるおつもりです?」


 聞いて……?

 理由を聞いて……聞いたら、そしたら。


「お酒とか……いっしょに飲んだり」


「お酒」


「ひざを交えてじっくりと。あいつのグラスにも注いであげちゃったりなんかして。きっとおいしい……」


「久々の再会をよろこぶ親子でしょうか」


「それだ!」


「それだでは……、いえ、失礼いたしました。そのように運ぶとよろしいですね」


「なんだよ、奥歯にドラゴン挟まったみたいな言いかたして。なにか気になってるのか?」


「いいえ。ただ……わたしはアードランツ様にお会いするのは、今回が初めてですけれど」


 いつも通りに冷静沈着なアリーシャの瞳が岩山へ向き、ゆっくりと歩みを再開する。


「ゼルスン様がいらっしゃることは、望まれていないような……そんな気がしますもので」


「……それは。……あいつにも乙女心が、ということか?」


「女性なのですか? アードランツ様は」


「いやめっちゃ男だ。イケメンだぞ、きっと渋くなってるぞ」


「では、乙女心ではありませんでしょう」


 ふむー?

 今ひとつよくわからんが……

 ともあれ、だ。もうすぐ会えるわけだから。


 俺の領土から、はるか遠い南国。

 こうして歩くだけでも蒸し暑く、強い潮の香りが爽やかな情緒を誘うところで。

 魔王アードランツと……

 魔王だけど勇者志望の傭兵のふりして討伐隊に紛れこんだ俺との……

 久々の、再会だ!




お読みくださり、ありがとうございます。


次は12/10、19時ごろの更新です。

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