序章その3
~~~ 漆黒って中二っぽくていいよね ~~~
闇。 暗闇の中で、歩く少女が一人。 愛羅だ。 愛羅は一人、住宅街を離れ、海岸へと向かっていた。 一体なぜ? 答えは愛羅が行こうとしているその先にある。 このまま行くと、港に着く。 この時間であれば船も来ていないだろうから、輸送用コンテナだけが積まれていることだろう。
そんなところに一体何があるというのか? だが、愛羅は人目を避けるように暗い色の服を着て、街燈の灯りを避けるように港へと向かっていた。 あきらかに不自然な行動だ。 愛羅のアパートとは全く方向が違う。 読者の方も、これを読んで疑問符を浮かべていることだろう。 だが、その答えはすぐにわかる。
だがその前に、愛羅の背後100メートル地点、灯りの消えたビルの屋上から、愛羅を監視する人影がいることを付け加えておかねばなるまい。 この町はそれほど都会ではなく、当然、こんな夜遅くに灯りなどほとんどない。 だというのに愛羅の姿を見つけられるということは、相当な視力の持ち主であるか、専用の暗視ゴーグルなどを使っているかのどちらかだ。
さて、人影は音もなくビルの壁を伝って地面に降りると、愛羅を追跡し始めた。 ピッタリ100メートルの距離を維持したままで、だ。 愛羅は気付くことなく灯りのない交差点を通過。 港へと向かう。 それを追う追跡者の影! 愛羅は気付くことなく灯りのない道路を通過。 港へと近づいている。 それを追う追跡者の影!
愛羅は気付くことなく港へと到着。 積み上げられたコンテナの影へと移動し、姿を消した。 追跡者は───いない! どこかに隠れて、監視しているのか!? いや、それよりも愛羅はなぜこんなことを? 疑問が尽きぬだろうが、愛羅の状況を描写することにしよう。
「時間通りだナ。 ヘヘ、金は持っテきたカ?」
「ハ、ハイ……。 お金なら、ここに」
光を嫌うかのように積み上げられたコンテナ。 その陰に隠れて姿は見えないが、声だけは聞こえてくる。 一方は発音のおかしな男の声。 もう一方は、少女の声───愛羅だ。 爺座酢! これは、闇取引だ!
*注釈:爺座酢は本小説世界における一般的な言葉であり、特定の宗教などとは一切関係がない気がします。
「……」
追跡者はコンテナの陰に隠れて観察を始めていた。 夜目が効くのか、距離があっても問題なく現場の状況が分かるようだ。 追跡者が射貫くような視線を向けるその先には……おぉ! いかにも怪しげな売人の姿! スキンヘッドに赤いシャツの男が、金を受け取って数えているところだった。
その後ろには、黒服に身を包んだ893らしき護衛の男が二人。 いずれも右手を懐に入れている。 このポーズは、武器を仕込んでいるときのポーズだ。 目撃者は発見次第、抹殺するつもりなのだ! ALAS! なんたる無法地帯!
追跡者は、ギリ、と歯を食いしばった。 その姿を月光が照らし出す。 追跡していたのは───雷牙だ。
雷牙は、愛羅の態度に不信感を覚え、ひそかに追跡していたのだ。 これは実際勘が鋭い。 雷牙でなければ、まさか薬物取引に手を出しているなどと考えもしないだろう。
だが、雷牙は裏取引に詳しく、薬物汚染にも詳しかった。 それ故に、僅かな手掛かりから、真実を見抜いたのだ!
”””護衛が二人もつくなんざ、小規模な売人じゃねぇな? 間違いなく、裏には麻薬に手を出してる組織があるな……””” 雷牙の視線が売人の手に向けられた。 売人が手に持っているのは、真っ黒な煙草の箱だ。 「ッ!」 雷牙の表情が怒りに歪む。 その顔はまるで鬼神のようだ!
「イイだロウ。 ホラ、約束のクスリだ」
そう言って売人は愛羅に煙草の箱を手渡した。 その時、はっきりと雷牙の眼には箱に描かれたエンブレムが見えていた。 描かれていたのは、真っ赤な蜂のエンブレム。 轟欄蛾!! これこそは、国際的なマフィアが密輸していると言われている合成ドラッグ───”ヘヴンズゲート”だ!!
化学合成によってクラック系のような即効性と依存性が高められた禁断のカクテル。 その危険性は、一説にはブルーチアに並ぶとも言われている。 この売人は、愛羅のような少女にまで危険な薬を売っているというのか! なんたる非道! なんたる悪事! まさに天をも恐れぬ悪魔の所業である!!
「仕方ねぇ───殺るか」
雷牙は上体を傾けると、発条のように跳躍!