序章その2
~~~ その夜 ~~~
「一丁あがり! さぁさぁ食ってけ。 今日のは自分でもほれぼれするぐらいいい出来なんだ!」
テーブルの中央に置かれたのは、カワハギの煮つけと刺身。 それぞれが大皿に乗せられている。 彩、盛り付け、香り、どれをとっても食欲をそそる感じであり、誰もがこれを見れば涎をだらだらと垂らすだろうと言える出来栄えだ。
「おぉ、すっげぇ!」「美味しそう……!」「俺、他のヤツ呼んでくるぜ!」
テーブルの周りでは、子供たちが笑顔で走り回っている。 年齢は皆、10歳前後といった風だ。 その中で、雷牙と愛羅の二人は身長差があって、目立っていた。
「お前ら、先に手を洗えよー! 後、手が空いてるならご飯よそってこい!」
雷牙が子供たちに指示を飛ばす。 その声は明るく、その表情は笑顔だった。 勿論、テーブルの反対側に座る愛羅も、それを見て微笑んでいた。
「さっき洗ったばっかだもん! きれいだもん!」
「なら、よし。 タクとリリは手を洗ってないだろ? 絵の具ついてるし。 ちゃんと石鹸で色を落とすんだぞー!」
「「はーい!」」
「ふふ。 ライガ、似合ってる。 まるでお母さんみたい」
「なん、だと!? ……まぁ、組の連中にもオカンみたいとは言われるけどな」
愛羅はニヤニヤと笑いながら雷牙を見つめた。
「いいんじゃない? 雷牙はずっとそうだったし。 ───面倒見がよくて、子供好きで、カナヅチで、猫舌で」
「その二つは余計だ。 俺は別に困らないしな。 それに」
雷牙は両手を広げた。
「こうしてメシが喰えれば、俺はそれでいいのさ」
「洗ってきたぜー! 食わせろー!」
子供たちがバンバンとテーブルを叩く。 その顔には笑顔があふれていた。
「まだだ。 焦んなって。 皆、自分の御飯は自分でよそってくるんだぞ。 みそ汁は危ないから俺が運ぶけど、自分でできることは自分でやるんだ」
「もうリュウタが運んでるよ」
「おっけー。 んじゃ、席についてなー」
この子供たちはなにかと思う読者もいることだろう。 では、説明しよう!
ここは孤児院に近い場所だ。 元々はこの家の家主が関わる、とある事件きっかけで始まった場所だ。
その男は子供好きで、面倒見がよく、そして、いわゆる893系の仕事についていた。 といっても、そこまで悪いことをしていたわけではない。
彼がいなくとも誰かは悪事を働く。 そのため、その男のような人間がにらみを利かせることは、最低限の秩序を保つうえで大いに有効だったと言えるだろう。 事実、彼らが麻薬類の密売を監視していることで、それが過剰に広がることはなかったし、そういう事情があったから、警察も表立って争おうとはしなかった。
さて、その男は年を取り、そこそこの役職につき、引退を考えていた。 しかし、衰えたことで、手下たちの中にはよからぬことを目論む者がいた。 そんなある日、男の手下が独自に配合した合成麻薬を使った人々が、命を落とした……!
その時まで誰も知らなかったことだが、その薬は、ある化学物質と反応を起こす性質があり、それによって致命的な猛毒が作られる、というものだった。 偶然にもその物質が男の住む町の工場から不法に海へと流されていた。 そして、それを取り込んだ魚が市場に出回り、その魚を喰った人間が体内で猛毒を合成し、何人もの人が死んだのである。
男はそれを知り、速やかに行動を起こした。 合成麻薬を押収し、関わった手下をまとめて警察に引き渡し、工場に圧をかけ、事態を収束させた。 客観的に見れば、男は最善に近い形で事態を解決したと言えるだろう。 しかし、それで死んだ人が戻ってくるわけではない。
勿論、男は職業柄、人を殺したことが無いわけではなかったが、カタギの人間を死なせたのは初めてだった。 そして、死んだ人の内、一人には子供がいて、その子供はこの事件によって孤児となった。 ───それが、雷牙である。
男はこの事態を悔やみ、償いをしようと考えた。 そこで、孤児となった雷牙を引き取り、六道の姓を与え、養子として育てることにした。 その少し後に、雷牙と比べて一つ年下の少女───愛羅を同じ理由で引き取った。 ただ、養子としたのは雷牙だけであった。 年を取った男にとって、養子縁組の手続きは大変だったからだ。
その後も、親を亡くしたり、親に虐待された子供を見つけると、引き取ってくることが何度もあった。 家は大所帯となったが、男は生来子供好きであったことと、雷牙はその影響を受けて面倒見のいい性格に育っていたため、大きな問題は発生することはなかった。
月日がたち、成長した者は独立していったが、雷牙は持ち前の面倒見の良さのせいでこの家に住み続けていた。 愛羅も独立してアパートを借りたものの、雷牙のいる、この家に通い続けていた。
また、雷牙は親の影響なのか、893に顔が利くようになり、裏社会と表社会を行き来するようになっていたが、愛羅にはその手のことをあまり見せないようにしていた。 自分の意思で選んだ生き方でも、愛羅を巻き込みたくなあったからだ。 愛羅は薄々感づいているのだろうが、それを表立って訊いてくることはなかった。 そうして、現在に至る、というわけである。
「ほら早く席に着きな! 冷めちまうじゃねぇか!」「はーい!」「ほらそこ! 喧嘩するんじゃあ~ねぇ! 飯の時くらい仲良くな!」「だってよぉ~」「話は後で聞いてやるから、席に戻るんだ」
中々に騒々しい食卓だが、雷牙にとってはこれが日常だった。 子供たちも、雷牙を信頼しているのか、雷牙の言うことには素直に従う。
「よし全員席に着いたな? それじゃあ手を合わせて」
「「「いっただっきま~~~す!!」」」
その夜は、いつもより楽しい食事であった気がした。
~~~ 黒駒 ~~~
「なんだ。 もう帰っちまうのか。 泊まってはいかないんだな」
「うん。 宿題とかあるし、それに、もう私も一人暮らしできるようにならないといけないから」
「……そうか。 愛羅も大変なんだな」
食事を終え、子供たちが寝静まったころ、二人は暗い玄関で向かい合っていた。
「それじゃあ、また今度、ね」
「あぁ。 それじゃあ、送ってくぜ」
しかし、愛羅は、雷牙の言葉に対し、首を横に振った。
「ううん。 一人で、大丈夫だから……」
「そ、そうか。 じゃあ、気を付けてな」
「うん。 ……また、ね」
その言葉に、何か、拒絶されているような気がした。 前は、よく泊まっていったし、帰るときにはいつも送っていったというのに。 なのに、最近はなぜか、一線を引かれているような、そんな気がした。
まぁ、雷牙も、二人っきりの状況であれば、愛羅に手を出さない自信はないし、愛羅に警戒されているのかもしれない。
ガチャン。 扉が閉まる音が、寂しい響きに思えた。 その後には、ただ、暗闇と静寂だけが残されていた。