その1
BOOM! BOOM! 片田舎の、小さな農村に火が放たれ、村を炎が襲う。
嫌なにおいのする煙が赤い空を焦がした。 悲鳴、死体、泣き叫ぶ子供。
おぉ、なんと惨い光景か!
───真っ赤に燃える景色の中を、盗賊たちが、並んで歩いていく。 まぁ、遠くの敵と戦をするためではないが───
少なくとも、多くのものを奪い去るためなのは確かだ。
盗賊の数は十人にも満たない。 しかし、彼らの周りには、猟犬のような姿の魔物が三体もいる。 三体とも見るからに凶暴で、しかも、そいつらの体高は、盗賊の身長を上回っている。 全長なら、4~5メートルは行くだろう。
「ハハハハハッ! いぃねぇ~、この村はよぉ~。 護りも薄いし、獲り放題だぜ~!」
頭領らしき竜人の男は、笑いながら足元の死体を踏みつけた。 炎に追われながらも、逃げ遅れた少年の死体だ。
グチャッ。 嫌な音がして、死体から血液が零れた。 燃え盛る炎が血液を紅く照らし出す。 とても鮮やかな紅だ。 その色を、頭領は凶悪な笑みを浮かべて見下ろしていた。
「ボス、ありったけの食糧を集めてきやした」
「ボス、使えそうな武器を集めてきやした」
「ボス、高そうな宝石を見つけてきやした」
「よぉし、上々だ。 お前たち、よくやったな」
頭領は満足げに頷くと、手下の持ってきた宝石のひとつを手に取った。 大粒の日長石が鏤められたネックレスだ。
「ふぅむ。 こりゃ上物だ。 良い値がつきそうだぜぇ!」
「ボス、村に火を放ったかいがありましたね」
「おうよ。 さて、火が広がる前にとっととずらかるぞ。 村人も皆、逃げたか死んだかしてるしよぉ。 それに、猟犬どもも満腹みたいだしな・・・、んん?」
何かに気付いたのか、頭領は目を細めた。
「なんだぁ? まだ逃げてねぇのが一人、いるじゃねぇか~!」
頭領の視線の先には、小さな酒場があった。 まだ、そこまでは炎が届いていない。 そして、酒場の前には、巫女装束に身を包んだ、ドワーフの少女が一人。
褐色の肌に、白い髪、そして小柄な躰。 顔や腕にある、火傷の跡。 そして、これだけは、これだけはなんとしても言っておかねばなるまい。 ”その胸は豊満だった。”
少女は不安げな顔で何度も酒場の中を覗いている。
「・・・? なにやってんですかね、ボス。 酒場の中に誰かいるんですかね?」
「さてなぁ。 だが、今重要なのはソコじゃねえ。 年頃の娘は高く売れるってことだ。 売れなくても、使い道はあるしよぉ!」
頭領の言葉に、盗賊たちは下卑た笑いを零した。
「折角だ。 アイツも攫って行くぞ!」
「「「了解でさぁ、ボス!」」」
ザッザッザッザッ。 盗賊たちは少女を取り囲むように迫る。
「……や、やだ」
掠れるような声で少女は後ずさる。 恐怖に青ざめた顔で、反対に逃げようと振り向くが、ナムサン! 反対方向には猟犬が待ち構えている!
「ヘヘヘ……。 さーぁ、嬢ちゃん、こっちへおいで」
盗賊どもは悪意に満ちた笑みを浮かべて少女へとにじり寄る。 後ろは壁。 右には盗賊。 左には猟犬。 八方塞がりだ! どこにも逃げ場などないぞ! 盗賊はもう目と鼻の先だ!!
おぉ、なんということだ! 神も仏もないというのか?
薄汚い手が何本も少女へと迫る。 捕まったら、どうなるかなど、想像するのも恐ろしいことだ。
「……た、助け…て」
少女は、その目をギュッと閉じて───
透き通るように美しい、鈴のような音が響いた。
一瞬の静寂が場を支配する。
「……?」
少女が恐る恐るその目を開けると、おぉ、見よ! そこに見たものは、その胸から鮮血を吹き上げながら倒れる盗賊の姿! ドサッという音がして、静寂が破れた。
「なんだ!? どこから、攻撃してきやがった!」
「て、敵襲だ!」
「クソッ落ち着け、お前ら! その場を迂闊に動くんじゃない!」
「おい、あれを見ろ!」
盗賊の一人が指さした先。 それは酒場の入り口だ。 灯りも消えて暗闇に包まれた店内に、誰かがいるぞ!
「やれやれ。 落ち着いて飯も食えやしねぇ。 人が飯を食ってる間に村が炎に包まれてるってのは初めての体験だな。 アグッ」
フライドチキンを頬張りながら店の奥から出てきた人影がある。 コイツが今の攻撃を行ったというのか? とにかく、人影の外観を描写していこう。
燃えるように紅い髪と、海のように蒼い眼を持つ、獣人の青年だ。 その表情は落ち着き払っているようだ。 首から下は、外套に包まれていて見えない。 しかし、頭領はその挙動を見て気付いた。 この青年の動きには、一切の隙が無い! まるで歴戦の兵士のように、無駄のない動きで全方位の攻撃に対処できる姿勢を維持している。
「悪い。 ルチル、遅れちまった。 怪我はないか?」
「……あ、ら……ライガ。 ……うん、だ、大丈…夫」
少女は、ほっとしたような表情で、青年に寄り添った。 雷牙と呼ばれた青年は、寄り添う少女の躰を抱きかかえると───トンッ、という音と共に、軽やかな挙動で酒場の屋根へと跳び上がった。
その動きに、盗賊たちは思わず絶句した。 脚力だけで屋根へ跳び移るだけでも驚嘆に値することだというのに、それを人ひとり抱えて行うとは、なんという身体能力か! この青年は、自力でジャンプすれば、今の何倍も高く跳躍できるということなのだ!
「怖がらせちまったな。 いやまぁ、周辺住民の避難を無視して飯食ってた俺のせいなんだけど」
「……莫迦」
「悪いな。 お詫びと言っちゃあなんだが、こっからは───すぐに終わらせるから」
ぞわり。 その声を聞いた盗賊たちの背中に、悪寒が走った。 無理もない。 まるで地獄の底から響いてくるような、恐ろしい殺意を秘めた声だったのだから。
雷牙はヒラリと飛び降りると、盗賊たちのど真ん中に、音もなく着地! まるでニンジャのような身のこなしだ。
「さて……俺はお前らに用もなければ恨みもないし、お前らも略奪は好きなだけやった後みたいだし、ここで退いてくれると嬉しいんだが?」
「プ、ククク、ア~ハハハハ!」
「……? 何が可笑しい?」
頭領がその腕を振るうと、盗賊たちと猟犬が雷牙を取り囲んだ。 蟻一匹も逃さないような鉄壁の陣形だ。
「今お前が殺したのは、我ら”マローダーズ”の中でも最弱の下っ端よ! こっちにはまだまだ戦士がいるし、魔獣の猟犬も三頭いるんだ。 見逃すわきゃねぇだろぉ~?」
「……そうか」
雷牙はなにか色々と言いたそうなのを堪えて、ただ、頷いた。 その周辺をまるで煉獄のような炎が燃え盛っている。
「野郎ども、やっちまえ!」
「「「ウォォオオオオオオオッ!」」」
頭領の号令と同時に、一斉に盗賊たちが雷牙に襲い掛かる!
───だが、次の瞬間には、決着がついていた。
ピクリとも動かない盗賊たちの中心で、雷牙は、外套をはためかせて立っていた。
「なん……だと……!?」
只一人残された頭領は、あまりにも唐突な出来事に驚きを隠せないでいる。 今の一瞬の間に何が起きたのか? もしもニンジャ動体視力を持つ者であれば、今の動きが見えたはずだ。
まず、雷牙は魔獣たちを睨みつけた。 動物的直観が危険を感じたのだろう。 睨まれただけで、猟犬はその動きを止め、地面に伏せた。
次に、腰を落とすと同時に、外套を翻して、その腕を───おぉ、見よ! その腕は獣人特有の毛皮に包まれ、そして、その指先には、恐るべき鉤爪がついている!───おもいきり振り回した!!!
雷牙が腕を振っただけで、周辺に発生した衝撃波が盗賊たちを吹き飛ばし、一撃で戦闘不能にしたのだ。 愚霊兎! なんたる怪物的戦闘能力!
「す……凄まじいな。 まさか、一撃で全滅とはよぉ! 久々に驚いたぜぇ?」
冷汗をかきながらも、頭領は、その笑みを崩さないでいる。 仲間が瞬殺されたというのに、この余裕は一体なんだ? 何をかくしているというのか? なにかあるぞ。 雷牙の本能が警鐘を鳴らしている。 そう、なにかが、近づいている。 恐ろしいものが、頭領の後ろから近づいてきているのだ、と。
───来る!
雷牙が身構えようとしたその瞬間、巨大な影が雷牙を包んでいた。
「ッ!?」
次の瞬間、轟音が響き渡り、雷牙の躰は吹き飛ばされていた。 DOOM! DOOM! 雷牙は吹き飛ばされた勢いで、近くの家の壁をぶち抜いた!
DOOM! DOOM! 雷牙はそのままの勢いで、壁をぶち抜いた! DOOM! 雷牙は村の境界まで吹き飛ばされ、教会の石壁にたたきつけられた!! その衝撃で石壁に蜘蛛の巣のような亀裂が広がる。 すさまじい衝撃だ。
常人なら即死しているであろうダメージを受けてなお、雷牙は生きていた。 なんという頑強さか!
「ゲフッ……。 あぁ、クソ、けっこう効いたぜ……」
雷牙は、突然エントリィしてきた敵に視線を向ける。 そこにいたのは、体長5メートルはあるであろう巨大な狼の姿! その巨狼の眼は血走っていて、その前足は、歪なほどに巨大化していた。
「見ろよ! こいつこそ、獣王ギラル様から頂いた魔獣、ヘルハウンド! ただの人間が勝てるわきゃねぇだろぉ~!?」
頭領は勝ち誇った顔で笑う。 そこから少し離れた場所、酒場の屋根の上では、少女がその光景を見ていた。 そう、少女にはただ見ているしかできなかった。
「ら、雷牙……!」
「さぁ、ヘルハウンドよ。 アイツを殺せぇ!!」
頭領が命じると、巨狼はその首を持ち上げ───その口から炎を吐き出した! BOOM! BOOM! 火の玉が雷牙を直撃し、盛大に爆発! 雷牙の姿が爆炎に包まれる!
BOOM! BOOM! さらなる火の玉が直撃! このまま雷牙は焼かれてしまうのか? この村と同じように、炎に包まれて、真っ白な灰だけになってしまうのだろうか!
「さぁ、トドメだ! アイツの心臓を破壊しろぉ!!」
頭領の命令を聞き、ヘルハウンドは、その巨体を跳躍させる。 そして、巨狼はその爪を雷牙へと叩きつけた。 DOOOOOOOM!!! 突き抜けるような轟音が鳴り響き、地面に亀裂が広がる。 大地が割れるほどの衝撃に雷牙は───
いや、見よ! 爪は地面に達していない! 雷牙が自らの爪で受け止めたのだ! 雷牙の周囲にバチバチと火花が舞う。 まるで雷神の怒りを身に纏うかの如しだ。
「こんな、ものでぇええええええ!」
雷牙の両肩の筋肉が盛り上がり、ヘルハウンドを押し返す。
「ば、バカな! なんで生きてやがる! あの爆発だぞ! 生きているはずないだろ!」
「こんな攻撃で、俺が、殺されてたまるかぁ!」
BARIBARIBARI! SPAAAARK! 雷鳴が轟き、電が迸った。 荒れ狂う雷の中心で、雷牙はヘルハウンドの爪を弾き飛ばすと、拳を握りしめた。
「どらあああっ!」
雷牙の拳がヘルハウンドを殴り飛ばす!
「グォオオ!」
ヘルハウンドの悲鳴! 巨狼の躰が高々と宙を舞う。
「何ぃ───!?」
頭領は信じられないといった顔でその光景を呆然と見ていた。
CRAAASH!!
頭領は落下してきたヘルハウンドの巨体に押しつぶされて即死! 地面にたたきつけられた衝撃で、ヘルハウンドも動かなくなった。
「……終わったな。 さて、火の手が広がる前に、戻らねぇと」
雷牙は、少しふらつきながら、相方の少女のもとへと足を踏み出した。