序:1~現世の記憶~
至らぬところが多々ありますが、よろしくお願いします。
誤字脱字ミス知識などありましたら、申し訳ございません。
朝起きてふと考える。もしこの私に少しでも力があれば世の中のために何ができるかを。
世界では今なお紛争や飢餓や環境破壊が行われている。人間は一人一人の力では微かでも皆が力を合わせればその威力計り知れない…と。
私もそう思う。故に。今の自分に絶対的な自信がある。
13歳の頃の私はひどかった。何をしたわけでもなく、ただ奴らの気に障ったらしく平凡な人生は一変する。
靴の裏の味は砂利とゴムの舌触りが印象的でそれ以外はあまり覚えていない。死んだ子猫を口に入れられたこともあった。昼食はだいたいトイレに流されていた。教師は知ってか知らずか…今となってはわからない。
それまでの私は受け身だった。所詮中学3年間の事だ。たいしたことじゃない。親に迷惑をかけるのも嫌だった。あの日までは。
「お前の妹はいくつだ?」
不思議なことに他人のこととなると私はこれまでにないほどの怒りを覚えた。初めての事だった。
奴らが何を思って妹のことを問うたかはわからないが、奴らは反撃する私の拳をかわし私の顔面に鉄拳をくれた。ひどく悔しかった。
次の日から私の鍛錬は始まった。体を鍛え始めたのだ。しかしこれはとても安易な発想で、今となっては忸怩たる思いが込み上げてくる。なぜなら当然奴らには私の攻撃など当たることなく終わるのだ。喧嘩やいじめに明け暮れる奴らにとっていくら身体を鍛えても経験が追いつかないのだ。
そこで私は考えを改めた。
卒業する頃には私も顔に痣を作ることもなく、平然と学校をあとにした。
何をしたかというと、つまるところ奴らの在らぬ噂を流したのだ。
最初は匿名で奴らの悪事を教師にチクるところから始まって教室で盗まれた金品は奴らの鞄から出てきた。学年のアイドルの私物が奴らの一人の鞄から出てきたり、持ち物検査で刃物が出てきたり、退学の一歩手前まで追い詰めた。もちろんその間にも私は殴られ続けた。自分たちの鬱憤を私に晴らすようにして。大切なのは私にアリバイを作ること。それを証明する手立ても必ず用意する。私と奴らの間では関係のない時間でも奴らの行動パターンを頭に入れ、そこでも不自然によからぬことが起こるよう仕向けた。それでも私が疑われることがあった。奴らもバカではない。自分たちが何者かに貶められていることぐらい察しているものだ。
しかしこれも織り込み済みだ。
全ては奴らのリーダー格が行ってきたことだったと、そう仕向けたのだ。理由は考えていない。なのに面白いもので奴らが仲間割れを始めた時、あれやこれやと理由が出てくるのだ。
「お前あの時のこと…まだ根に持ってたのか!!」と。そこまで仕向けた覚えはないのに…。
笑いが止まらなかった。
奴らは自然と瓦解した。学年のみんなが奴らの仲間割れを自業自得とした。私は自然と奴らから解放された。
奴らが今どうしているのかは知らない。高校も辞めたとか。一家離散になったとか。死んだとか。そんな噂だけが飛び交っているが私にとっては我が歴史の恥ずべき1ページに過ぎない。
私はというと、どうも中学の頃のいじめられっ子の称号は高校卒業までひっそりと私について回るので中学ほどじゃないにしろ立場が優位になることもなかった。
よかったのは一人になる時間があったこと。勉学に励み、いつまた奴らが帰ってきてもいいように体を鍛えた。そして密かに暗躍し続けた。教師からの心象を高めるために。ライバルを貶め、学年カーストこそ上がらなくてもいい、だが私の進路に華を添えるために。
私は今、一流企業にいる。もうすぐ昇進する。妹は結婚することになったし、一昨日私も彼女ができた。月並みだがコンパで出会った娘だ。恥ずかしい話初めての彼女だった。恋愛はよくわからないが、なんとなく人から好かれるよう心掛けた。できれば13歳の頃の自分を殺して生き続けたい。彼女にも誰にもバレることなく。
「黒須君。最近どうだ?」
「部長。おはようございます。」
「今度の昇進の件だが私は君を推薦している。」
「ありがとうございます。」
実際には部長だけでなく他の上司からも推薦されてる。無論社内でも私の評価は上げている。この昇進は私の培ってきた人生の集大成。これで私の出世コースは完璧になる。
一人の人間の力は微かだ。
だが私はその僅かな力を100%以上発揮して今ここにいる。
私が蹴落としてきた数多くの者たちの上に私は立っているのだ。
私がデスクで仕事をしている時だった。
「黒須君。きたまえ。」
仕事は一度中断し会議室へ…ついにきた!
「へへ…ペケ!とうとうお前も出世か!」
「ペケって呼ぶなよ。恥ずかしい。」
「同期として鼻が高いぞ!」
「次の昇進の時俺の名前出せよ?」
「分かった。推薦しとくよ。」
仲間たちの声が嬉しかった。
「黒須です!入ります!」
会議室の扉がこんなに重いと感じたことはなかった。
役員たちの目がこんなに冷たく刺すようなものだと知らなかった。
普通の会議とはやはり違うんだな。
違うんだな…。こんなにも…。空気が…。
君が行ってきたことがどんなことか分かっているのか?
すいません。おっしゃる意味がわかりません。
先月退社した中野君を覚えているか?
彼は我々が送り込んだ者だ。
つまり内通者といったところか。
主な役割は社内の風紀を逐一報告し、乱す者を特定したり、人物の査定、問題を知ること。覆面の内部監査だ。
君の話によると彼が会社の金を横領していると…。
はい。事実彼以外考えられません。なぜならその時デスクの帳簿を触れたのが彼…だけ…で…
その時の役員の目は今も忘れない。私の言葉が届く気配がなかった。
中野という男は私より少し先輩で事実、社内の消えた大金は彼でないとどうすることもできないはずだ。
どうすることも…。
気が付いた時私はどこかの歩道橋の上にいた。
いつもここから見る夕焼けが好きだった。しかし今日は違った。
明日からどうするか…。私には分からなかった。
中野は私をハメたのだ。私と同じような奴が他にもいると知ったのが今日だったのが史上最悪の不幸だった。きっと私より一枚も二枚も上手なのだろう。そして素早く私の素質を見抜き、私を貶めたのだ。
「やられた!」と思ったね。金は私が横領したことになっていたらしい。上層部は中野の言葉を信じ切ったし、アリバイが存在した。私には嘘の情報だけ流され、その間に私の身辺を調査し、アリバイを無効になるようでっち上げられていた。逆に中野には立派なアリバイがあることになっていた。事件の日、部長と中野が共に行動していたのだ。もちろん口裏合わせだろう。
最初から自分たちがおいしい思いをするために。私にすべての罪を擦り付けるために…。
どこに向かえばいいのか分からず、ただ道を歩いていた。もはや私に何ができるのだろうか。人ゴミの中に私は確かにいた。いたはずだった。
私の意思がそこにあったかは分からない。気が付いた時には私は瞬くフラッシュの中にいた。人々が足を止めているところに私は目もくれず、ただ歩き続けていたのだ。
まるでこの世界の主役に一瞬なれたような気がした。しかしそれはスポットライトではなくトラックのハイビームだった。私にはあまりにお似合いだ。ふと刹那に私を貶めた彼らに復讐するかという選択肢が降りてきたが、かつて私を苦しめた中学の時の奴らの顔も浮かんだ。因果応報なのだろうか。それにしても酷すぎる。せめて妹だけは…幸せに。