熊将軍と麗しの姫君
短めになります*´-`)
一日の報告を終えた兵は、ゲオルグにビシッと敬礼をするとその部屋を後にした。はじめのうちは逃げるように去っていた兵だったが、10年の付き合いにもなればゲオルグの顔にもなれ普通に会話ができる仲にはなっていた。ゲオルグがこの夜間の警護を任じられたのは10年前。その警護対象は天蓋付きベッドの中で眠る一人の少女だ。
いや、もう少女ではなかった。
彼女は10年の時を経て麗しい姫君に成長していたから。
誰もいなくなった部屋で、男は主人の許しなく天蓋の中へ入り彼女の頰に手を触れる。骨張った硬い指が白き滑らかな肌の上を滑った。誰もそれを咎めるものはいない。
いつからだろうか、こんな風に彼女に触れだしたのは。
いつからだろうか、彼女が聞こえたいないことをいいことに、名前を呼び出したのは。
「エステル…」
それが南軍将軍ゲオルグの警護対象の名。
この国の皇女に与えられた名だー。
サースヘルムの指揮官だった中将時代、第一皇女エステルの10回目の誕生祝いの為にゲオルグは王都に呼ばれた。だが到着後、肝心の彼女は魔女の呪いにより眠りについた後だと皇帝より告げられる。そして皇帝は信頼がおけるゲオルグに、首都でエステルの警護を指揮するようにその名により命じたのだった。
それ以来ゲオルグは今日に至る10年間、エステルの警護に当たっている。途中将軍職の辞を受けたりと仕事が増したゲオルグに皇帝から交代の提案も出たが、彼は即座に首を横に振った。エステルはどんなに大きな音がしようが、体が揺れようが瞼をピクリとも動かさない。そんな無防備なエステルを、大切な姫を、自分以外の輩に任せるわけには行かなかったから。もちろん、昼間警護に当たる兵もゲオルグが直接選んだ。全員が既婚者である。
「よくそんなに眠れるな、エステル。」
フッ、とゲオルグの口から息がもれる。口角が動く事はなかったが、これが彼の笑った顔だった。その笑いは少し寂しげで、独り言だなと自棄な感情をも含ませていた。
10年間、一度も目を開ける事なく、狂わぬリズムを刻む呼吸音だけを鳴らし彼女は眠り続けた。
ただ一つだけ変化があった。
それは、彼女の体が成長したことだ。
食べ物は取らなくても血色は悪くならず、排便もない、だがその体は何故か成長していった。検診をしたフィッシャーも魔女の呪いには触れた事がなく、また人間と魔女の魔術式の構造があまりにも違いすぎてその作用については何も分からなかった。
体の成長に関しては、メリットとデメリットがあると言えた。彼女がこの先目を覚ました際、周りの皆だけが歳をとっていて彼女だけが子供、そんな不憫な状況は避けられる。だが逆に目を覚まさなかった場合、彼女の体は眠りながら死を迎えるのだ。
ー10歳の少女から20歳の女性へ。その体の変化は著しい。
顔立ちはほっそりとして、子供らしい丸さをなくした。逆に体は女性らしく曲線を描き、胸とお尻は少しふっくらと、腰や脚は細くすらりと伸びてその美しくバランスのとれた肢体はまるで人形のようだった。鍛えあげた軍人として鋼の精神を持っているゲオルグでなければ、エステルは今頃どこぞの狼の餌食になっていたことだろう。
ゲオルグは、そんな罪な美しい麗しい姫君を見つめ続ける。また明日も変わらずに眠る彼女のことを会議で変わらずに報告し、変わらない一日を過ごすのだろう。任務についた始めの数年は、彼女が目覚めるのでは無いかと心のどこかで期待していた。だが、それも半分を過ぎる頃には完全に潰えた。今ではもはや、このまま目覚めなければ彼女は誰にも奪われる事なくゲオルグの前に居続けてくれるのでは無いかとさえ考えてしまう。
そんな事を考えるゲオルグは彼女を見つめる自分の瞳が、熱情を秘めた色を滲ませていることにまだ気づいていない。
「エステル…」
と自分が呼んだとき、眠る彼女の長い睫毛が微かに揺れたことに彼は気づいていなかった。
次話…ついに?!え?!
ふふふ、よろしくお願いします!