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勇者ご一行は全部俺!  作者: 塚禎 壱
8/11

7 山地の商人2

名前を考えるのが苦手ですね。

結局、仲間を埋葬した場所の近くでそのまま野営することになった。

おれ、というかモンスター体(クリス)は山の商人ランディと大分打ち解けることができたと思う。

すっかり日の落ちた中、ぱちぱちと燃える火のそばでおれはランディにこのあたりのことを聞いた。


「あなたが通った湖がガラシャ湖で、ここから一里程度山道を登ると峠があります。私は峠から東の山側の街、リュッセルからきました。本当はそのまま道沿いに隣町に行くつもりでしたが、ガラシャ湖に寄り道してしまいました。ガラシャ湖の周囲は危険ですが、水もありますし珍しい植物が手に入ることもあるのです。でも、しばらくは欲張らずに行商の仕事に専念することにします」


「荷車燃えチャッタけど・・・」


「命あっての商売です。荷車ぐらい、どうとでもなります」


「ソ、ソウカ」


おれは前世のことを思い出して少し居心地が悪い気持ちなった。


「死んでしまった仲間のほうが大きいです。代わりはいません」


これは少し気まずいことを聞いてしまったな、と思った。

おれは話題を変えることにした。


「ソレデ、ヒューマの国、というノハどの辺りナンダ?」


「そうですね、まずはこう書きましょうか」


ランディは木の枝で大きく正方形を書き、中に井の字を書く。

ちょうど“囲”のような感じだ。


「右上の1マスがヴァイパーの国、ガルーダ帝国です。右真ん中がリザードマンの国、右下がエルフの国、エンフォード」


ランディはガリガリとヒューマ語で書いていく。


「あとの6マスがヒューマの国トラスト帝国の支配地域になります」


「エェ?東の3カ国全部ノ倍モ支配してイルノカ。スゴイナ」


「はは、これはあくまでイメージ図です。左上のマスの半分は山の民ですし、左下のマスの半分は亜人の住処ですし、真ん中上のマスも半分は未開の地で、真ん中下のマスは海になっています。実のところ、他の3カ国全部より少し広い程度ですよ。もちろん、1マスの大きさも同じではありませんし、その外側もあります。エルフの国エンフォードよりヴァイパーのガルーダ帝国のほうが1.5倍くらい広いですね」


「ホ、ホウ」


いままで未知だった世界の情勢が見えてきて、ちょっと面白い。

だが、覚えるのは難しそうだ。今は、ランディが地面に絵と文字を書いているのでかろうじて分かるが。


「それで今居るのが、この真ん中列上のマスの右端の方です。私が商売をしているリュッセルの街はガルーダ帝国に一番近い街になります。トラスト帝国の中心はこの9マスのど真ん中、王都クラウディウスなんですが、私は王都クラウディウスの北、大都市ヤヌークとリュッセルの間を往復して商売をしています」


「コノアタリの山ハてっきりモンスターのモノダト思ってイタ。ヒューマが住めるノカ?」


「リュッセルの街は山をくり抜いて砦にした“リュッセル砦”を中心に作られています。強力な竜使いもおりますし、モンスターなんて返り討ちですよ。…ですから、クリスさんもこの街には近づかないでくださいね。その…恩人とはいえ、モンスターであるクリスさんを迎え入れることはできないのです」


ランディは申し訳ないような、困ったような顔をこちらに向けてくる。

おれはうなずく。


「ジャア、リュッセルの近くマデ送ればイイカ?」


「峠まで送ってもらえれば、その先は見送らなくてもけっこうですよ。荷物が無ければ、たいていのモンスターはマルティナの足に追いつけないですから」


マルティナというのは彼の愛馬らしい。なんでも、自分が死んでもマルティナだけ街に帰ってくれればというつもりで逃がしたそうだから、まさに愛馬と言ったところだ。

おれが近いと落ち着かないようなので、少し離して休ませている。


「あなたはこの辺りに住んでいるのですか?」


「イヤ、おれハ東の湿地帯の向こうノ森カラ来た。地名はワカラナイが、コノ地図からいくとリザードマンの支配地域ダナ」


ランディが息を呑むのが分かった。


「よく生きてこられましたね。そこはウェルンの森、魔の森というところです。リザードマンたちは残虐ですから対話になりませんし、そこからここまでの山々もワイバーンやドラゴンの跋扈ばっこする非常に危険な地域です」


「ソウカ。確かにソンナ感じダッタナ」


思わず笑ってしまうとランディは少し口調を強くして言った。


「笑い事ではありませんよ。で、今後はどうするのですか?ここから西に行っても、ヒューマの街がいくつかありますし、あなたならガラシャ湖辺りに住んだほうが絶対安全ですよ」


ウェルンの森に戻ったりしないですよね、とランディは言外に伝えてくる。


「森ニハ戻らないガ、この辺りニ住む気モない。オレハ西の果てにあるヒューマの村に行かなくてハならないノダ」


「どうしてですか?そちらにお知り合いでも?」


「ウム。ひとりナ」


そう言ってから、嘘でも探し物があるとでも言えばよかったのに、何故こう面倒な答え方をしてしまうのか。おれは嘘をついてごまかすのがどうにも苦手なのだ。


「もしかして恋人でしょうか?」


それは違う。断じて違う。何しろ、ヒューマ体(ヤタノ)は自分自身だ。


「イヤ違う。恋愛などトイウ一時の流行り病のような気持ちではナイ。オレの魂ガ会うべきヒューマがいると呼んでイルのダ。どんな苦難ガあろうト、そこに行けト。ケッツァーだか、なんだかは知らぬガそいつの居場所がオレは分かるノダ」


ランディの目が鋭くなった。

嘘ではない。決して、モンスター体(クリス)(見た目10代後半)がヒューマ体(ヤタノ)(見たまんま3歳児)を好きとかいう小児性愛でも、己が大好きというナルシストゆえでもないのだ。

もし、もし仮に数年後くらいにランディとクリスとヤタノが一堂に会することがあれば、え、本気マジですかクリスさん、とか言われてしまうに違いない。

であるから、否定する。断固として。


「まるで信じられませんね。ですが、嘘をついていらっしゃるわけでもないようです」


うむ。実に真摯な気持ちでヒューマ体(ヤタノ)を助けに行くのだ。


「わかりました。あなたを信じましょう。して、そのヒューマはどちらの方角にいるのでしょうか?」


目を閉じて探る。今、ヴァイパー体(バレッタ)は森に居たときより少し遠ざかっている。

エルフ体(ルオーナ)は森にいたときよりかなり遠ざかっている。だが、ヒューマ体(ヤタノ)エルフ体(ルオーナ)より少し遠い。


「アノ星とアノ星の間の方角。距離ハ森からここまでの2倍チョット。タブン、この9マスで行くナラ、左下のマスのどこか、ダロウナ」


「ではノーニックという街の可能性が一番高いですね。その方角にある大きな街は王都クラウディウスやオスティーア、サザーランド、ノーニックですが、王都とオスティーアは真ん中のマスくらいの距離ですし、サザーランドは方角が少し違うようです」


「オススメのルートはどこダ?王都のまわりデ目立たない道とかあるカ?」


ランディは額にシワを寄せて言う。


「ありません。王都周辺の平原は人の多い少ないはありますが、モンスターはほとんどいません。強力なモンスターは騎士団や冒険者の討伐対象ですので。このまま9マスの外側まで西に突き抜け、西の国境を南下するのがいいと思います。国境のあたりは荒地や山地が多く、モンスターでもそれほど目立たないでしょう」


「西ノ国はどんな国なのダ?」


おれは気になって口をはさむ。


「西の国は砂漠の国です。たしかゴビというヒューマの国ですが、オアシスを中心に街を作っているので、オアシスを避けて通る分には問題ありません。ありませんが、砂漠の移動は止めたほうがいいでしょう。湿地育ちのあなたには向きません」


「ナルホド」


「実際、山道沿いに進んでもらいますが、キキルクというヒューマの街がありますが、その西は山の民の領域になります。彼らはカチェジュンガ山という大きな山を中心に生活しているので、この山には入らないでください。で、山道沿いに南下するとリステムの街があります。この街は西のゴビ、北の山の民の両方を抑える要所ですので、大きく長い城壁が目安になります。キキルクとリステムの街は両方とも山の民を防ぐ関所がありますので、関所を避けて移動してください。リステムの次はジダールという街ですが、この辺りは治安の良い田舎と聞いています。ジダール近郊までたどり着けば、目的のノーニックは目と鼻の先ですから」


ランディはそこで説明を終え、一息ついた。


「でも、その先はどうするつもりですか?言っておきますが、ケッツァーだろうが、ヒューマ語が話せようがモンスターはモンスターなのです。ヒューマの街には入れてもらえないでしょう。…ってちゃんと聞いていますか?」


ランディが手を振って、こちらを怪訝そうな目で見る。

つい、エルフ体(ルオーナ)ヴァイパー体(バレッタ)の方の会話に気を取られてしまっていた。話は聞いていたが、視線がちょっと斜め上になってしまっていたな。


「大丈夫ダ。マァ、そのあたりハ着いてカラ考えるサ」


実際、肉を調達して渡せさえすれば、ヒューマと会ったり話したりしなくてもいい。

なんとかなるだろうと思う。

視点を切り替えてヒューマ体(ヤタノ)で現地の景色を確認するが、山あいの小さな村だ。隠れる場所には事欠かない気がする。


その晩はそれくらいでお互い休むことにした。

おれはもともと昼寝る習慣なので寝る必要はない。見張り番はしておくと言ったが、ランディが、ではお言葉に甘えてと言って本当に寝るとは思わなかった。案外肝が据わっているのかもしれない。


翌朝、ランディを峠まで送っていった。


「では、旅の幸運を祈って」


「アア、おまえモ元気でナ」


そう言って、別れた。

おれはランディが植物の葉っぱに木の枝で簡単に書いた地図を、皮鎧の隙間に差し込んだ。

皮鎧は死んだ護衛が着ていたものだ。

この鎧を着ていた護衛は比較的小柄な男だったようだが、おれの人型には少し大きい。

剣も背に吊るしているが、これはちょっと邪魔だった。使わなかったら捨てよう。


「イテテ」


1人になると、忘れていた腹の傷がずきずきと痛んだ。ランディから貰った布の切れ端と植物のつるで適当に抑えているだけだから、傷が開かないようにしばらく戦闘は避けていこう。


***


ランディは峠の道でクリスと別れた後、一度だけクリスの方を振り返った。

その姿はもう見えない。だから、わたしは絶対に聞こえないと思って独り言をつぶやいた。


「クリスさん、あなたはお人よし過ぎます。そんなことでは長生きできませんよ」


たった一匹で、あの数のヘルハウンドと戦った。

それも、ただ一人、知り合いでもないヒューマを助けるために。


でも、だからこそ。


「私はあなたのその、不思議な自信に満ちた誠実さが好きです。また会いたいものですね」


ヘルハウンドの爪や牙で傷だらけになったあの姿が、とても美しく、記憶に残った。

もう少し威厳にみちた態度であれば安心できるのに、少女のように無邪気な様をみせるので、余計に心配になる。


「まぁ、当面は他人のことより、自分のことですね」


信頼できる護衛と荷車を失った。信頼できない護衛はモンスターよりおそろしいことを考えれば、当面は荷を減らしてマルティナと2人旅にするか値が高くとも名のある冒険者を護衛に雇うしかないだろう。幸い、ヘルハウンドの毛皮と牙で多少のお金にはなる。


「神のご加護があらんことを」


山の商人さんは名無しにしようかと思いましたが、思いのほか書きたいことが増えたので名前つきに昇格しました。

今回もお付き合いいただきありがとうございます。

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