作戦開始
1982年9月16日。
レバノン、パレスチナ難民キャンプ。
イスラエル国防軍の部隊とレバノン軍の民兵が難民キャンプ襲撃、虐殺を開始した。
虐殺は18日間に及び、犠牲者は最大で3500人と言われている。
諸条件が違うことを考慮に入れたとしても、1982年の予算と技術力で18日間の殺害数は3500人である。
1937年に6週間行われたとされる南京事件の被害者数はあまりにも捏造されすぎていて、事件そのものが否定されるのは当然だろう。
だがここ重要なのは南京事件の犠牲者数ではない。
被害者は永遠に無垢で正しいわけではないことこそが重要なのだ。
いやそれどころか、どの国も同じである。
例えば世界最高の先進国であるアメリカですらも2012年にアフガニスタンで米兵15人による虐殺事件を起こしている。
もちろん彼らは裁かれたが、裁かれていない裁く気もない国も中にはある。
世界最大の被害者アピール国であるイスラエル。
それと双璧をなす中国はウイグルにチベットとやりたい放題である。
それにベトナムで楽しく虐殺をした韓国である。
日本は裁判を受けたし、今でも政治家が反省を口にする。
ところが彼らは全く反省をしてないし、むしろ当事者を英雄として褒め称えている。
つまり『次もやる』という宣言である。
そんな彼らは恐れている。
いわゆる世間の目をだ。
この今ではアフリカの紛争地帯にまでネットが普及した時代。
犯罪の証拠を撮影し衆目に晒すことは難しくない。
海上保安庁への中国軍の攻撃を撮影した映像を海上保安庁職員自らがアップロードした事件は有名である。
傍若無人な彼らも心の奥底ではやましいことをしているという自覚がある。
実際はペナルティがあるかもしれないし、ないかもしれない。
実際、中国は北京オリンピックの聖火リレーで徹底的にメンツを潰されただけで実害はほとんどなかった。
だが彼らは、見られるのを何よりも恐れているのだ。
そういう意味では彼らはまだ国際社会の一員なのである。
たかが映画にテロ予告をした北朝鮮とは大違いなのである。
そしてそれこそが道彦の生きる手段であった。
道彦は全てを撮影し、全世界に配信しようと思ったのだ。
それは天から吊された蜘蛛の糸と言えるだろう。
仏の一存でいつでも断ち切ることができるものだ。
だが道彦はそれを掴むしかなかった。
「じゃあ行くよ」
そう言うと道彦はテントから出る。
そこは森の中だった。
肉の焼けるニオイが漂ってくる。
途端に道彦の鳩尾からすっぱいものが上がってきた。
必死になってそれを飲み込もうとするがとうとう口にまで上がってくる。
道彦は胃の中のものをぶちまけた。
何度も吐き、鼻にまですっぱい胃液が逆流してくる。
一通り吐くと道彦はヨロヨロと立ち上がった。
「すまん。情けないところを見せた」
道彦はそう言うと立ち上がった。
今は生き残るか否かの境界線上にいるのだ。
無理にでも有能に振舞わなければならない。
士気が下がればそれが死に直結する。
エルフたちを落胆させるわけにはいかない。
吐いている暇なんてないのだ。
「いいえ、道彦様。我々の口伝によると勇者は覚醒するまで召喚から数日かかると言われています。道彦様のように呼び出された直後から動かれるのは珍しいのです。このエレイン、さすが道彦様と正直驚いております」
道彦に声をかけたのはエレインだった。
その声に偽りの色はなかった。
道彦はエレインに目を合わせずに静かに言った。
「ありがとう」
目を合わせなかったのは恥ずかしかったからだ。
女性に褒められたことのない道彦は、女性に褒められるのはどうにも気恥ずかしかった。
道彦は耳まで真っ赤にしていた。
恥ずかしく思いながらも道彦の心は少しだけ軽くなった。
「作戦だ。今から連中のやることを僕の世界へ向けて生放送する」
「生放送……とはなんですか?」
「この機械で撮影する。僕らの世界ではああいう野蛮なことは禁じられているんだ。虐殺の証拠さえあればアメリカや日本が動いてくれるはずだ」
たとえ虐殺を配信できたとしても望みは薄い。
それを道彦はわかっていた。
北京オリンピックでのチベット人虐殺への抗議活動。
別名、エクストリーム聖火リレー。
国境なき記者団の三人が北京オリンピック組織委員会の劉淇会長に襲いかかったのを皮切りに全世界で聖火リレーへの妨害が始まった。
有志がフランス、イギリスなどで激しい妨害を繰り返し、激しい小競り合いを繰り返した。
日本でも機動隊が出動する騒ぎになった。
だがそこまでの抗議があってもなお、チベットへの弾圧は続いている。
ルワンダ内戦でも100万人以上が死んだが国連は役立たずだった。
1998年から2003年までの第二次コンゴ戦争では600万人が殺害されたが、その事実そのものを知っている日本人は少ない。
世の中はそうそう甘くはない。
そもそも学校のイジメですら多くの教師は積極的には解決しようとしない。
解決してもしなくても給料は変わらないし、いじめられっ子が苦しむことで教室内に平和が訪れるならそれでいいのだ。
それこそが社会の縮図である。
それを道彦は理解していた。
だからこそ道彦はわかっていた。
ただ撮影するだけじゃ相手にされないのだ。
「演出が必要だ」
そう言った道彦は驚くほど冷酷な目をしていた。
村の近くまで来た道彦は携帯で撮影を始めた。
「いま、村まで来ました」
そこまで言うと道彦は携帯をエレインに渡した。