ノーマルエンディングルート
◇元の世界への帰還 1
道彦は兵士たちを元の世界へ帰還させることを選んだ。
知識の泉の破壊は難しい。それに不死の化け物を外に出すわけには行かない。
外でなら穴を掘って埋めるとか、火山に沈めるとか、冷凍してしまうとかの手が使えるかもしれない。
溶鉱炉に落とすとか、焼却炉で焼いて灰にしてしまうのもいい。
だが今は無理だ。
だとしたら帰還して元の世界とこの世界のリンクを断ってしまうのが一番だ。
キムは再生に時間がかかっている。
今がチャンスなのだ。
「帰りますよ!」
道彦が言うと全員が出口へ向けて走った。
「山岡さん!」
「ああなんだい?」
「ゲート付近の兵も撤退させてください!」
「わかった!」
山岡は走りながらどこかへと連絡する。
エレインは兵士たちを撮影していた。
「エレイン! 僕を映してくれ!」
「はい!」
エレインが道彦にカメラを向ける。
「みなさん、いま僕たちは不死の怪物に追われています! これから異世界との扉を切ります。これで皆さんの世界は救われます!」
道彦は走りながら説明した。
道彦が言うまでもなく怪物になったキムはすでに世界中にライブ中継されていたし、ゲート付近で怪物に変化する兵士たちの惨状、それに赤日や冥日の記者が頭から食べられたのも放送されていた。
すでに全世界が怯えていた。
ネットでは悲観論が大多数を占めていた。
榴弾を喰らいながらも瞬時に再生して襲ってくる化け物をどうやって倒せばいい!
あれが門の外に出たらどうやって止めればいいのだと。
韓国がパニックになっていたこの時、すでにアメリカ、中国、ロシアは韓国への核攻撃を真剣に話し合っていた。
特にアメリカは科学者を呼んで不死の化け物を無力化する方法の意見交換までしていたのだ。
道彦は走った。
世界は祈っていた。
救世主の到来を。
「うおおおおおおおおおおッ!!!」
道彦の後ろで肉塊になったキムが叫んだ。
復活したのか!
道彦は動揺しないように平静を装った。
兵士たちを見ると全員が同じだった。
キムを止める兵力は誰も持っていない。
捕まったら終わりなのを全員がわかっていた。
「はぁ、はぁ、怪物になったキム司令官が、はぁっ、復活しました」
道彦の息が切れる。
キムだった怪物の体が大きくなるのが見えた。
脳を破壊されたキムはとうとうアメーバのような単純な生き物になってしまった。
どんどんどんどん大きくなっていく。
無秩序に肉が増えていく。
肉は辺りを押しつぶし、それでもなお増殖するのをやめない。
道彦たちの後方にまで肉は迫る。
手榴弾も分隊支援兵器も効果はない。
肉の増殖には追いつかない。
回廊の柱が折れ屋根が落ちてくる。
その屋根を肉は取り込んでいく。
肉は全てを飲み込みながら壁を押しつぶす。
壁の破片が散った。
木片がエレインへ飛び、木片が背中に当ったエレインが転倒する。
「エレイン!」
道彦はエレインを助け起こし肩を貸した。
道彦にはエレインを抱き上げる余力はなかった。
それでも二人は走る。
「エレイン、カメラを捨てろ!」
「で、でも、神器を捨てるわけには……」
「いいから捨てろ!」
この時になってようやく道彦は理解した。
友情ではない。
エレインとの絆は友情ではなかった。
エレインが死ぬくらいならカメラなんていらない。
エレインは道彦の顔を見るとなにも言わずにカメラを捨てた。
「道彦様……」
「ようやくわかった。なぜエレインが僕の巫女なのか」
「はい……」
もしゲートを作ったのが神だとしたら、道彦はこのくだらない運命に逆らいたい。
だがエレインとの絆だけは否定することはできない。
たとえ神の作った運命であろうともそれだけは本物だった。
一方、遠藤も同じだった。
落ちてきた屋根の一部で床に穴が空き、そこを踏み抜いてしまったのだ。
「くそッ! すねを切った!」
遠藤のすねに血がにじむ。
足首もひねったらしい。
痛みで走れない。
「おい! アンタ、道彦様の仲間だろ! 大丈夫か!?」
声をかけたのはアリアだった。
「足をくじいた。走れない!」
遠藤がそう言うとアリアは遠藤に肩を貸す。
「行くぞ!」
アリアに助けられた遠藤は気合で走る。
自分一人の命なら自己責任だ。
だがアリアの命への責任も発生したのだ。
痛みなど関係なかった。
「アンタ、痛みを我慢するなんて意外に男らしいな!」
「そうでもねえよ!」
「友達を助けに異世界にやってくるんだから男らしいよ!」
「ありがとよ!」
遠藤は照れていた。
遠藤は今までオタクと呼ばれることはあっても男らしいなどと言われたことはなかった。
オタクというだけで人格を全否定される世界に身を置きすぎて、褒め言葉に弱かったのだ。
「えへへへへへ」
アリアが笑った。
遠藤も笑い返す。
二人はヨタヨタしながらも小走りに走った。
そして一行の目の前に回廊の外が見えた。
「道彦様、あの奥に出口があります!」
エレインが指をさした。
道彦たちは出口を目指す。
だが道彦は知っていた。
自分たちの役目を。
次回も一日休みます。




